第27話 ワーウルフ ①

「あれ、正人も隼人も居ないの?」

 

赤いが涼やかな七分袖のフレンチリネンシャツと白い短パン姿の桜は、事務所を訪れるといつもなら居るはずの男性二人の姿が無かったので、残念そうな顔をした。


「彼らは仕事で、沖縄に行きましたよ」と、茜は事務仕事をしながら答えた。


「えぇぇぇ、沖縄なの」


「今回の仕事は、お前では無理なのじゃよ。大人しくしておけ、小娘よ」と、いつもの棚のねどこで、だらりと全身の力を抜き両手を伸ばし寝ていた長老が話した。


桜にとって、仕事はどうでも良かった。


ただ、茜の発した沖縄が桜にとってのマジックワードになってしまった。


お日様の光で煌めく、澄んだ遠浅の海のイメージを彼女に与えてしまったのだ。ああ、今年買った新しい水着を着て綺麗な海で楽しみたい、桜は祈る様に両手を合わせると、興奮気味に口から言葉が漏れた。


「私も沖縄に行く!」


「仕事では無いですから、自費で行ってくださいね」


「そんなの、分かっているわ。じゃあ、茜さん2時間後に集合ね」


「私も行くの?」と、茜は人差し指を自分の顔に向け、首を傾げた。


「何を言っているの、茜さんも一緒に行きますよ」

 

単純に桜は一人で行くのが、不安なだけだった。


飛行機の搭乗手続き、ホテルの手配、食事に観光と、一人より二人の方が旅費の節約が出来るし、年上の女性が一緒なら何かと頼りになると考えていた。


だからこそ桜は、巧みに茜の心を掴むキーワードを散りばめ、沖縄旅行に誘った。


「もちろん、こんな機会はめったに無いのよ。正人に茜さんの水着姿を見せたら、きっと惚れ直しますよ」

 

まあと、茜は嬉しさと恥ずかしさで赤くなった自分の頬を両手で包んだ。


二人の会話を聞いていた長老は、自分が留守番をするから行って来いと、躊躇ためらう茜の背中を押した。


長老もこんな機会を逃すのは、正人との進展が遅い彼女にとって、勿体ないと感じたからだ。


「本当に良いのですか?」


「2,3日なら儂が電話番をしておく。遠慮なく、行ってくるのじゃあ。ただし、お土産は忘れるなよ!」


昨日の昼過ぎに時間を戻す。

 

岡山から帰ってきた正人は、事務所に隼人を呼び出していた。彼は岡山から何やら重要な漆塗りの箱を持ち帰っていたのだった。


「沖縄に行くんですよね?」


「そうだよ、今回の仕事は肉体労働になるから、これを君に渡しておこうかと思って」と、正人は漆塗りの箱の紐をほどいて蓋を開けた。

 

隼人が覗き見ると、箱の中には通常は甲冑とセットで使用する日本式の籠手が入っていた。


それは、手の甲の部分は鮮やかな赤色をしており、腕をカバーする部分は光沢のある黒色をしていた。


「これは、籠手ですよね」


「君専用の籠手だ。まあ、龍神だからこそ使える代物だけどね」

 

正人の話しでは、伝説の鎧の一部だと言う。


坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろが、妖鬼阿久良王ようきあくらおうを倒す際に竜王に奉納した金のこう、甲は鎧を指す、の籠手を祀る神社から知人を通し、隼人の為に借りて来てくれたのだった。


「借り物なら、壊すとまずいですよね?」と、隼人は恐る恐る籠手を触った。


「大丈夫だよ、龍に奉納した物だから返してもらったと思えば」


「発想が大胆ですね」


「良いの、良いの。大事に保管するより使える物は使わないと」

 

何気なく隼人は籠手を両手につけて見たが、何の変化も無かった。


もしかしたら、龍の力を使っている時でないと、力を発揮しないのかなと思い籠手を箱の中に戻した。


「今日は、仕事の呼び出しですよね」


「ああ、そうだった。沖縄の米軍基地内で仕事だ」

 

隼人は、沖縄より米軍基地内と言う所に引っかかった。


基地で何があったんだろう?


兵士が相手できないような化け物が基地内で暴れているのかと、彼は想像した。


「日本政府にも内緒で、アメリカ支部を通してこちらに仕事を依頼して来たのだが、基地内でワーウルフが暴れているらしい」


「ワーウルフですか」と、首を傾げる隼人はいまいち理解出来ていなかった。


「小僧、日本ではあまり聞かない獣人の事じゃよ。狼男、聞いた事あるじゃろ」


「長老、物知りですね。狼男なら知っていますよ」


「どう言う訳か、米軍基地内のワーウルフの除去を依頼されてね」


「訳ありですか、理由は何も聞いてないのですか?」


「詮索できないんだよ、多分、米軍の機密事項だろう」

 

軍が関与する仕事に正人はあまり乗り気ではなかったが、準備が整い次第DD本部がアメリカから関西国際空港へ手配したチャーター機に乗ると隼人に告げた。


民間航空会社だと、銃や金砕棒など物騒な代物を装備する彼らを快く乗せてくれないが、申請さえすれば問題は無い。


それをわざわざ本部は、チャーター機を日本に寄こしてきた。それだけでも政治的な匂いのある仕事だと、正人は理解していた。


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