第24話 生霊 下

橋を渡り切り先斗町に入る、桜は隼人が消えた場所で足を止めた。


「ここで隼人は、幽霊に連れ去られたの」


「暫く待ってみるか」と正人の言葉に長老は、「そうじゃな、闇雲に歩き回っても見つからんじゃろうからな」と正人の肩から飛び降りると猫又に変化した。

 

桜は、長老の体にもたれながら誰も居ない真っすぐ伸びる通りを眺めていた。

 

チリーン、チリーン・・・チリーン。

 

鈴の音が近づいて来た。


「鈴の音が聞こえる・・・」と、桜が耳を澄ましていると、通りの奥から隼人の手を引く女の幽霊が現れた。


「おい、放せよ。いったい俺をどこに連れて行く気だよ!」

 

荒々しい口調の隼人が、幽霊の手を振り放した。

 

隼人を見つけた二人と一匹は声を揃えて彼を呼んだ。


「隼人!」

 

桜、正人さんと長老も居る。

 

みんな、俺を探しに来てくれたのか。

 

走り出した隼人は、桜と正人の元へ通りを全速力で駆けて行く。


逃がすまいと女の幽霊が宙に浮き滑る様に彼の後を追いかけて来た。

 

隼人が仲間の元にたどり着くと、彼らをかばうように長老が女の幽霊の前に立ちはだかった。


「不味そうだが、喰ってやろうか?」


「くっ・・・妖か」と、女の幽霊は宙に浮きながら隼人を追いかけるのを止めた。


「どのような理由があって、彼をさらったんだ?」


正人の問いに女の幽霊が答える、「愛しているの、彼は私を見捨てたりしないはず、もう二度と離さない」


「残念だが、隼人は君が探して居る彼とは違う」


「いいえ・・・、本当は分かっている・・・誰かにすがりたくて・・・助けて」

 

女の幽霊は、両手で顔を覆い隠し泣いているように見えた。


哀れに思った桜は、「何があったの?ここまで来たのだから教えて」


「三条大橋で偶然、彼が違う女と一緒の時に会ったの。声を掛けたら、私の事を知らない女だと言って、笑いながら歩いて行ったの」

 

女の幽霊の悲し気な表情が、鬼の形相に変化した。


「悔しくて、彼を追いかけて行ったら・・・車・・・、思い出せない」


「お前、もしかして生霊か?」と、正人は呟いた。

 

そう、彼女はまだ死んでいませんと、天女の様な姿の女性は、地面に落ちていた鈴の付いたカンザシを拾い上げた。


女の幽霊の後ろに立つ怪しげな天女は神々しい光を纏っていた。


「私は、菊理媛くくりひめ。死んでいない者が、何故ここに居る?此処で騒ぎを起こしてはなりません」


菊理媛命くくりひめのみこと・・・申し訳ございません、ここに迷い込んだ仲間を連れ戻しに来ていました」と、正人が答えていると菊理媛命に驚いた長老は、たちまち猫の姿に戻り、イカ耳、耳が横にピント張った状態、になり正人の後ろに隠れた。

 

正人の横で話を聞いていた隼人の言葉が漏れた、「彼女も死んでいないなら、どうやれば元の体に戻せる?」


「思い出させるのです。彼女が生にしがみつくように」


「思い出させる・・・、あんた、まだ生きているんだよ。悪い男の事は忘れて、新しく人生をやり直せよ」と、女の幽霊に向かって隼人が言葉を投げかけた。


「私、まだ、生きている?」


「そうだよ、思い出せ、男を追いかけてから、どうなったのか」


「思い出す・・・頭が痛い、車・・・車が目の前に・・・」


「頑張って、悪い思いを断ち切って。もっと良い人に巡り合えるから!」

 

桜が声を掛けた時、女の幽霊は全てを思い出した。彼女は、男を追いかけ交差点に飛び出し交通事故に遭っていた。


病院に搬送され命を取り留めたものの生霊となって彷徨ったために未だ意識は回復せず、集中治療室に入っていた。


「私、まだ、生きているんだ。そうよ、あいつの事を忘れて、もっといい男を見つけて幸せになってやる!」

 

菊理媛命の手にあったカンザシがピシと音を上げると粉々になり、女の幽霊はガッツポーズを取った。


その姿に隼人は、女は怖いと感じた。


どうした、男への未練が無くなるとそう言う発想になるのか?


生霊になっていた割に、切り替わりが早いぞ。


はあ、ため息交じりで菊理媛命は、「鬼神の子よ、随分前にもこちらへ来ていたが、一緒に居た少女は元気か?」と、正人に問いかけた。


「元気です、あの時は迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


正人と菊理媛命の会話を聞き、桜と隼人は同じことを考えていた。

 

正人さんは、ここに来たことがある?

 

一緒に居た少女とは、茜さん?


「ふ、ふ、ふ・・・まあ、良い。過ぎたことだし」と、菊理媛命は思い出し笑いをした。


では、あなた達は現世うつしよに帰りなさいと、菊理媛命が手を払うと、全員風に包まれて半ば強引に黄泉から追い出された。

 

時を同じくして集中治療室で寝ていた女の目が開いた。

 

涙がこぼれるが、どうしてだか分からなかった。


彼女にとって生霊の経験は、夢の中の出来事となり、ほとんど覚えていなかったからだった。

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