第14話 狐憑きのち、妹 ①
俺は、勇樹に呼ばれ、京都市北山通にある彼が働くフレンチレストランに来ていた。
そこは、京都府立植物園から近く、桜の通う大学の近くでもある。
最寄り駅の京都市営地下鉄今出川駅から3駅先で電車に乗れば、5分で着く場所だった。
北山はおしゃれな料理店が多く、人気のスポットになっている場所だった。
「隼人、急に呼び出して悪かったな」、ギャルソンエプロン姿の勇気が店のドアを開けた。
勇樹の隣に居た彼と一緒に働く桜の友人、
「ごめんなさい。桜が、小坂君のサポートが絶対必要だと言うから」
「いや、良いんだけど。桜も来ているの?」
店の奥のテーブル席に普段通り赤い服を着た桜の姿を見つけた。
なぜ、桜が俺を呼んだのか察しがつかなかったので、取り敢えず話だけは聞こうと思い、桜の座る奥のテーブルへ勇樹達と移動した。
「やあ、桜、仕事以外で俺を呼び出すなんて珍しいな。嫌われていると思っていたから」
桜は、俺の方を
「私の勘違いだったの、隼人の事は嫌っていないわよ」
「勘違い?何の事だよ」、桜の横で立ったまま俺は話し続けた。
「この間の、歩美の件よ!」
「ああ、食事会の後のビンタの件か」
俺は、意地悪をするために言った訳では無かったが、ビンタと言う言葉に桜は反応し、俺の顔をじっと見つめてきた。
「ごめんなさい」、桜はか細い声を出した。
「えっ、ああ、良いんだよ。俺は別に気にしてないから」、思いもよらない、桜の謝
罪の言葉に、俺は一瞬、自分の耳を疑った。
彼女は、そんな事を気にしていたのか。
初めて見る彼女の一面。
勇樹と雨宮さんは、俺と桜の会話を聞いて勘違いをしたのか、あらぬ事を聞いて来た。
「桜、小坂君とあの後も会っているの?お互い名前で呼び合っているし、何か怪しいな」と、雨宮さんは、にやけながら桜を問い詰めようとした。
便乗するように勇樹は、「隼人、桜さんと付き合っているのか?」
弁解するつもりは無かったが、二人から誤解を招くと桜に迷惑が掛かると思い、俺は彼らの問いを否定した。
「俺と桜は、付き合っていないよ。今、桜も俺と同じアルバイト先で働いているだけだよ」
「ふーん、そうなんだ。桜」、雨宮さんは腑に落ちない顔をした。
桜は立ち上がり、「朱鷺、恋愛の詮索はもう良いから、さっき私に話したことを隼人にも話して!」
雨宮さんと勇樹は、お互いの顔を見合わせてから本題に入った。
「実は、お店のオーナーシェフの様子が先週から変で、昨日からは料理を全く作れる状態じゃないの・・・」と、雨宮さんは言いづらそうな感じだ。
「具体的には?」
「オーナーの奥さんの話では、部屋にこもってブツブツと独りで話をしているらしく、話しかけても反応しないらしい。まるで何かに憑りつかれた見たいで」と、勇樹は心配そうにする雨宮さんの手を握った。
「それで、もしかしたら悪霊とか悪魔の類かも知れないと、桜にお祓いをお願いしたの」と、さらっと雨宮さんは桜に頼ったと言う。
「さ、さ、桜の事を知っているのか?桜は、友人に自分の素性を明かしているのか?」
「そうよ、別に隠す必要ないじゃない。親しい友人には、私はエクソシストの仕事をしていると、話しているわよ」
「はぁ、普通、話さないだろう・・・。まあ、良いか、桜らしいな」
俺は、バカが付くほど、正直な彼女を責めたくなかった。
内心、俺も友人に仕事の話が出来れば、楽になるのにと彼女が羨ましかったから。
もし、俺が全て話してしまえば、この世から消されてしまうけど。
「状況は理解したけど、オーナーシェフは何処に居るのだ?」
「このビルの3階と4階がオーナー夫妻の住居になっているから、案内するよ」
勇樹に連れられて住居スペースに入ると、オーナーシェフの奥さんが挨拶をする。
「初めまして、山崎と申します。変なお願いをしてしまい、ごめんなさいね」と、申し訳なさそうに話し終わると、オーナーの奥さんは目を下に向けた。
悪霊や悪魔憑は、病院に行っても精神異常と診断されるだけだし、奥さんは誰にも相談出来ず、困っていたんだろうな。
桜は俺の前に立つと、話の主導権を握る。
「私達で解決できますから、ご安心ください。旦那さんは、直ぐに良くなりますよ」
オーナーシェフが閉じこもる部屋に案内されると、そこは真っ暗だった。
オーナーの奥さんは、壁のスイッチを入れ、電気をつけた。
4階の書斎、オーナーシェフが自分の部屋として使っている。
その部屋の片隅で体育座りをし、彼は壁に向かって意味不明な会話をしていた。
ぼさぼさの髪の毛、だらしない服装、目がつり上がっている様に見える。
俺は、誰と話をしているのか知りたくなり、目を凝らして壁際を見た。
ぼんやりと白い塊が見える、目が慣れてくると白い狐が彼の横に座っていた。
「おい、桜、あれが見えるか?」
「何言っているの?何も見えないわよ・・・」
「見えない?そんなはずはないだろう、彼の横に白い狐が居る」
「どうして、私には見えないのに、隼人には見えるのよ?」
「分からない、でも、俺には見える。でも、狐憑きのお祓いをやったことあるのか?」
俺の問いかけに桜は、首を傾げた。
やっぱり、エクソシストの桜は、狐憑きのお祓いの経験が無いな。
「狐なら悪霊と同じ様なものね、私が祓うわ」と、ロザリオを手に祈ろうとする。
狐は、悲し気に俺を見つめてくる。
どうしてだ、そもそもお前は悪霊か?
白い狐、何を意味しているのだろう?
桜が祈り始めると狐は上に向かって飛び上がり、天井をスルリとすり抜けるように消えた。
俺は頭の中でしりとりをするように連想ゲームをした。
ここは、京都、狐は、お稲荷さんだよな、稲荷さんを信仰する理由は?
農耕だけでなく、今は商売の神としてもあがめられている。
「そうか!桜、祈るのを止めて。ここには、もう白い狐は居ないから」
「えっ、居ないの?早く行ってよ、馬鹿!」と、桜は頬を膨らました。
「悪い、今、気が付いた。あの白い狐は、お稲荷さんだ。オーナーシェフに憑りついて何かを訴えていたんだと思う」
「お稲荷さん?悪霊か低級悪魔じゃないの?」
「悪霊でも、低級悪魔でもないよ。神様として神社で祀られているだろ」と、俺は桜の手を取り部屋を出て、屋上へと続く階段を探した。
「ちょっと、どこに行くのよ?」
「屋上だよ、そこで問題解決の糸口がつかめると思う」
思った通りだった。
屋上で、お稲荷さんを祀ってあった。
小さな鳥居と本殿、よくビルの屋上にあるやつだ。
風雨に長い間さらされていたのだろう、所々傷みが激しかった。
ここの存在をオーナー夫妻に思い出してもらいたかったのだろう。
オーナーの奥さんに事情を話すため屋上に来てもらうと、お稲荷さんの事を彼女もやはり知っていた。
「私達が、このビルでレストランを始めた頃は、掃除や手を合わせに毎朝来ていたのですが、商売が軌道にのり忙しくなるにつれて屋上に行く機会が減り、今ではすっかり忘れていました」
「そのことを伝えたくて、オーナーに憑りついていたようです」
「そうだったのですか、忙しさにかまけて大切なものを見失っていたのかしら。ここのお稲荷さんは、私達を応援してくれていのでしょうね。夫婦揃って初心を忘れていたからお稲荷さんは、私達を注意しに出て来てくれたのかしら」と、奥さんは昔を思い出すかの様な口ぶりだった。
「ここを綺麗にし、昔と同じように大切にすれば、旦那さんは元に戻りますよ」
「ええ、有り難うございました」と、俺と桜に奥さんは、深々とお辞儀をした。
多分、俺にしか見えていなかったと思うが、白い狐はお辞儀をする奥さんの横に座っていた。
―――正解だったのか分からないが、お稲荷さんを滅さずにすんだ。
勇樹達が待つ、1階の店舗へと階段を降りながら桜と話した。
「そのまま私が、お稲荷さんを祓っていたらどうなったのかしら?」
「どうなったのかは知る由もないが、結果オーライじゃないか」
「今回は、隼人が一人で解決しちゃった様なものね」
桜は階段を降りる足を止めて振り向くと、「やるじゃない」と、俺の胸を軽く拳で叩いた。
俺は照れ笑いをしたが、何か重要な事を忘れている気がして仕方なかった。
1階に降りると、お菓子が用意されていた。
「問題は解決した?」と、勇樹は桜に尋ねた。
「もう、安心だと思うわ。まあ、私じゃなくて隼人が解決したからね」
「え、隼人が解決したの?お前、お祓い何て出来たのか?」
勇樹の質問に俺は、「何となく、勘が当たっただけだよ」と答えておいた。
雨宮さんに俺と桜は席に座るよう促され、何が飲みたいか聞かれた。
「私は、紅茶をお願い。隼人は?」
「俺は、アイスコーヒーで」
しかし、何か忘れている様な気がして落ち着かない。壁の時計を見ると15時を少し回った所だった。
15時か、ゴールデンウィーク、今日が最初の日だよな。
この間、妹から電話があったな。
何だったか?
雨宮さんが用意してくれたアイスコーヒーをストローで飲みながら、方杖をついて考えていると、キッチンの掃除をしていた勇樹がおもむろに聞いて来た。
「隼人、この間、学食で妹が来るとか来ないとか話していたけど、あれはどうなったんだ?」
「へぇ?妹が来る・・・、そうだよ休みを利用して妹の蒼(あおい)が京都に来るんだったよ!たしか、16時に着くと言っていたはず。勇樹、雨宮さん、ごちそうさん。俺、妹を迎えに行くから」
店を出で近くの北山駅を目指した。
地下鉄1本で京都駅まで行けるから余裕だな。
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