第6話 まがった時、とがった時 その二
カッと白熱する炎のような光が、真昼よりも明るく、あたり一帯を照らした。
光が去ったとき、そこに立っているのは龍郎と穂村だけになっていた。
村人たちは全員入口にひとかたまりになって倒れている。
「死んだ……のかな?」
「いや、心配はいらんよ。息がある。表面の粘液だけが焼かれて消えたようだ。おそらく目が覚めれば正常に戻ってるだろう」
龍郎はホッとした。
おだやかで優しいこの村の人たちが、あんな奇妙なゼリーのせいで死んでしまうなんて許せない。
「行きましょう。ティンダロスの猟犬をあやつっているのは、マイノグーラなんですよね? 早く見つけないと、ますます村人に粘液がひろまってしまう」
龍郎は倒れている村人たちをとびこえて外に出た。
いったい、一晩で何があったのだろう。道路の先のほうで、あちこち、ぼんやりと青く人の形をしたものが光っている。あれもティンダロスの混血種に違いない。かなりの広範囲がすでにやられているらしい。
「マイノグーラ本体はどこにいるんでしょう?」
「私にわかるか。君、匂いでさぐりあてればいい」
「そんなこと言われたって」
だが、その必要はなかった。
「龍郎さん」
とうとつに声をかけられ、木陰から人影がとびだしてくる。見れば、アグンだ。
「英雄さん」
「村のなかが変です。みんな、体が光ってさまよっています」
「よくここまで来れましたね?」
「どうにかして、あなたたちを外に出せないか、ようすをうかがっていました」
どうやら、龍郎と穂村が連行されたと聞いて、昼からずっと留置所のそばで機会を待っていたようだ。
「……英雄さんは家に帰ったほうがいい。家族のことも心配でしょう?」
龍郎は言ったが、穂村は否定した。
「いや。本柳くん。今この状態の村のなかを一人で歩かせるなんて、かえって危険だよ。春崎くんもつれていこう」
「そうですね」
とりあえず、襲ってきそうなほど近くに村人はいない。彼らに見つからないように、龍郎は道脇の木のかげにまぎれながら質問する。
「英雄さん。マデさんの自宅を知ってますか?」
「もちろんです」
「そこに案内してください」
「わかりました」
街灯がほとんどない暗闇のなかを、アグンは迷うことなく進んでいく。途中、何度かティンダロスの混血種と遭遇した。しかし、龍郎が右手をさしつけると、それらはあっけなく地に伏す。動きが遅いので、こっちにとびかかってくる前に失神させることができた。
「スゴイですね。龍郎さん。ほんとに悪魔をやっつけることができるんですね」
「ええ。まあ。村人はあの青い膜みたいなものにあやつられてるだけです」
「よかった。それなら、みんなをもとに戻せるんですね」
「ええ。でも急がないと」
マイノグーラの本体を退魔すれば問題はすべて解決する。そう説明してさきを急いだ。
細い田舎道を右に左にまがり、龍郎だけならとっくに迷っていた。アグンのおかげで、どうにかマデの自宅の近所にまでやってきた。
「あそこです。あの畑の向こうがマデさんの家……だけど、ようすが変ですね」
アグンの言うとおりだ。
畑の向こうに小さな家がある。このへんのふつうの民家にくらべても、ずいぶん見劣りがする。よその家にあるような別棟が見るからに少ない。敷地もせまい。
その粗末な家屋のあちこちから青白い光がもれ、悲鳴がかすかに風に乗って届いた。
「行ってみよう。先生と英雄さんは絶対、おれから離れないで」
いよいよ細くなる脇道に入り、その家に近づいていく。
アンクル・アンクルをくぐったとたん、何かが前方の暗がりからとびだしてきた。
ティンダロスの猟犬だろうかと龍郎は身がまえる。が、違った。マデだ。数人の発光する村人に追いかけられ、こっちへ走ってくる。龍郎たちを見て必死にわめいているのは、どうも助けを求めているようだ。言葉は理解できないが、動作でわかった。ボディランゲージは意外と優秀だ。
「助けてェーと言っている」
穂村が訳してくれたが、その前に龍郎は前にふみだしていた。走りよってくるマデの両腕を左右の手でつかむ。近くに来ると、マデが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしているのが見てとれた。
「助けて! バケモノが……バケモノが襲ってくるんだよー!」
そんなふうに泣きわめくマデを見ながら、龍郎はため息をついた。龍郎自身がにぎりしめたマデの手を見ながら。左手はそのままマデをつかまえ、右手だけ離してみた。
「焼けてない。無傷だ……」
落胆を隠せず、つぶやく龍郎の耳元で、穂村が端的に宣言した。
「この人はマイノグーラじゃないということだ」
「ですね」
のんきに話しているように見えたのか、マデは背後を見ながら自由になった片手をふりまわす。あれを見てくれ、バケモノだと言っているのだろう。
龍郎は左手も離し、かわりに右手をあげた。サーチライトみたいな光が闇を裂き、バタバタと混血種になっていた村人が倒れる。
マデはよっぽど驚いたのか、ポカンと口をあけたまま、その場にへたりこんだ。
「英雄さん。この人にたずねてください。なぜ、おれのことを悪魔だなんて言ったのか」
アグンがうなずき、しばらくマデと言葉をかわす。やがて話してくれた内容はこうだ。
「あなたが日本のバリアンだと聞いて、ナワバリを荒らされると思ったんだ——と言ってますね。ごめんなさい、許してくださいとも言っています」
「別にもういいですよ。留置所からは出られたし。でも、この村に悪魔がひそんでいるのはほんとなんだ。おれはそれを見つけて退治したい。心当たりがないかと聞いてみてください」
しかし、それに対しては“わからない”という答えが返ってきただけだった。
てっきり、マデがマイノグーラだと思ったのに。
だとしたら、いったい誰がそうだと言うのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます