第14話

 

 その日の夜。

 なんのことなしに魔王様は帰ってきました。


「あ、あっ! 明日こそほっぺにちゅうするから!!」


 明日など、もうないというのに……。


「そうですね魔王様。今日は日頃の疲れを取るように、ゆっくりとお休みになってください。来たるべく明日に備えて」


「うむ!! ってそれだけ?! ルー君どしたのさ? いつもの小言はどうした?!」


 私としたことが、これでは感づかれてしまいますね。


「明日は一張羅で行きましょう。お召し物の準備をしておきますので、いつもより早く起こしに参ります」


「うむ! ヨレヨレのTシャツだな!」


 魔王様……。なんて健気な…………クッ。

 ここは話を合わせて、今日はゆっくりしてもらいましょう。


「はい。そうでございます!」


「うむ! がんばる!!」

「では、また明日──」


 ◇ ◇


「なんだ! この服は!!」

「着物でございます」


 今日、勇者は来ない。

 普段のうさ耳リュックにパーカー姿では舐められてしまう。


 かと言って魔王様は魔王衣装をひどく嫌う。


 そしてなにかとピンクを好む。この魔王城が華やかなお城になってしまったように。


 ならばここは、古代より伝わる和をテイストにした、かの歴代最強魔王の衣装で迎えてやりましょう。


「ヨレヨレのTシャツはどうした?! それにこの武器はなんだ? 邪剣クロスソードじゃなくていいのか?」

「ええ。扇子と呼ばれるものでございます」


「う、うむ。なんだか動きづらいな……」


 馬子にも衣装とはよくいったものです。


「魔王様、とてもよくお似合いでございます」 

「そ、そうか? まあルー君がそういうなら今日だけ特別にこれで行くか! 早起きしたし!」


「ありがとうございます。では、参りましょう」


「え? ルー君も来るの? どゆこと?」

「今日は特別な日ですから。ご一緒させていただきます」


「な、なんだ? ひょっとしてサプライズか? サプライズなのか?」


「ええ。そんなところです」


 ああ。言えない。言えるわけがない……。


 ◇ ◇


 そうして勇者との決闘場所、空中闘技場が見えるところまで来ると、その異変に絶句した──。



 ああ、なんと。協定をこうも軽々と破ってきましたか。魔法団体が……ひーふーみー……この数、ガチで潰しに来てます。


 総勢、千人は軽くいますね。空中闘技場が上も下も満員状態とは。


 なんとも、愚かな。これはれっきとした協定違反だぞ。奴らは何も知らずに来た魔王様を全勢力でもってして、一気に叩き潰すということか……。


「なんじゃあれは? お祭りでもあるのか?」


 なにを呑気なことを……。

 いや、こればかりは仕方のないこと。まさかにも勇者が来ないなどと、思っていないのですから。


「魔王様。お気を確かにお聞きください」

「おっ、ひょっとしてサプライズなのか?」


 ああ、言いづらい。

 言いづらくて言いづらくて、いっそ言わないでこのままにしてあげたい。


 でも、時は待ってはくれない──。



 ◇ ◇ ◇



「あぁ、なんだそういうことか。わたしがほっぺにキスをするのをためらったせいで、ルー君のいう通りになっちゃったのだな」


「ええ。左様にございます。どうなさいますか?」


「勇者は元気にしておるのか?」

「確かなことはわかりませんが、おそらく幽閉されております」


「そっか」

「魔王様。お気を確かに」


「わたしが、キスするのをためらったから。キスさえしてれば……」


 あくまでキスは第一段階なので、キスをしてもこの未来は避けられませんよ。とは言える雰囲気ではありませんね。


 さてはて。どうしたものか。

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