第2話 夢、大学、そして孤独。

珍しくもない。夢を見た。だいたいいつも同じシチュエーションだ。道か、家か、今日の夢は大学だった。夢の中の俺は、講義室に1人で座ってイヤホンをつけていた。イヤホンからはなにも聞こえない。曲を流してないから、それもそうだろう。大学にいるときは講義中以外、ほぼずっとイヤホンをつけている。イヤホンをつけていると、遠くでがやがやとうるさいバカな女たちのダベリを聞かずに済む。それに、万が一にも俺に話しかけてこようとする稀有なバカの可能性を排除することができる。俺はバカとは馴れ合わないし、バカと馴れ合って自分までバカになるのはごめんだ。それにイヤホンをしてると──


「ねぇーあそこの人」


…きた


「いつも一人でイヤホンしてるよねー」


「わたしあの人の声聞いたことないんだけどw」


「マジ?w わたし一回あるよ。教授にあてられたときちっさく「すいませんわかりません」って言ってたの聞いた」


「え?それわたしきいてないんだけど」


「だってあんたそんときわたしに代返頼んでたじゃんw」


「そっか!忘れてたw」


 



バカな女たちだ。


陰口を言った気になって、実は全部俺に聞かれてるんだからな。そもそもイヤホンをしてるからなにも聞こえないって考えが浅はかだ。バカだ。女はバカだから嫌いだ。もちろん俺より頭のいい女はいるが、それでもどこかバカだ。クソどうでもいいことで傷ついて、迷惑も考えず泣き散らかす。女のほとんどはバカだ。バカ。男社会なんて言うが、それも当たり前だ。女が作った国なんて女しか住めるわけがない。女性の地位が低いのは、それだけ女がバカであるからだ。ヒットラーが言っていた「生理のたびに意見が変わる女に政治を任せられるわけがない」その通りだとも。


講義が始まってからも女たちはずっとヒソヒソと話している。こうやって大声で喋りたいところを抑えて話しているから許されるみたいな考えも嫌いだ。そもそも講義中に話すことがダメだってことがわかってない、ハナからダメなことでも妥協すれば許されると思ってる。外見の可愛さだけで生きてきたクソ女の甘えた考え方だ。俺は講義中に話したりしない。たまに眠すぎて気づくと寝てしまっていたってこともあったが、基本真面目に講義は聞くし、ノートもとる。


しかし、だからといって内容が分かっているというわけではない。


「ねーていうか今日って小テストあるんじゃなかったっけ」


「大丈夫、過去問もってきたから」


「おっさすがだわw」



過去問を覚えて、ただ書き写すだけ、それがなにになる。俺は過去問なんか要らない。過去問を書き写して丸を貰うくらいなら潔くバツをもらったほうがマシだ。あぁやって1人だとなにもできないところも女のキモいところだ。


女たちはカシャカシャと音をたててホワイトボードをスマフォで撮っている。せめて無音カメラを使うとかそれくらいの配慮もできないのかよ。


小テストは散々な結果だった。必死に板書はとってきたが、それでもわからないところはわからない。ggっても同じような問題がでてこず解き方を身に付けることができない。でも、かといって、講義終わりに教授に聞きに行くようなことはできない。あんまり熱心な学生だと思われたくないし、周りの名前もしらない奴らにそんな姿を見られるのも嫌だ。勉強はその時わからなくても、そのうち一気に要領が掴めるタイミングがくるというし、このまま出来るだけの努力を続けていよう。きっとそれが一番なんだ。


 


講義が終わるとすかさずイヤホンをつける。今度は曲を流しながら。イヤホンをして、曲を聴いている時が、日常生活の中で一番落ち着く時間だ。はじめてイヤホンをしたのは小学生のころだった。それまでゲームしたりアニメをみたりするときは、当たり前のようにテレビから音が垂れ流されるだけだった。そんなある日、親のイヤホンをこっそり借りて、当時流行っていた携帯ゲーム機に入れていた好きな曲を聴いてみた。それはこれまでの音楽体験とは明らかに違っていた。テレビが四方に発散していた音が、ただ一点自分の耳に集中して聞こえてきた。これまで幾度となく聴いてきたはずの曲だったのに、全く知らない音があった。左右に広がっていただけの音楽ははじめて奥行きを持って、今まで感じられなかった高次元の体験を自分にもたらしてくれた。今はもうあのころのような感動はないが、周りの雑音を掻き消してくれるという点では重宝している。イヤホンさえしていれば、ウェイや女のうるさい会話は耳に入ってこない。それにイヤホンは、なんというか、ずっと同じ場所にいさせてくれる。大学でも電車でも街中でもどこだって、イヤホンから曲が連続に流れている限りは、同じ空間になる。周りの音が違うから、別の空間だと認識する。これは俺なりの解釈だ。イヤホンはいつだって自分の好きな空間を守ってくれる。だから俺はほとんどの時間をイヤホンをして過ごしている。


この日も大学では「カレーライス並で」以外の言葉を発しなかった。家に帰るとすかさずTwitterを開いて今日あったことを呟く。


 


「今日もカレーライス以外発声しなかったんだがwwww」


「授業中にカシャカシャ音立てて写真とるやつマジでタヒね」


「まじで今期とれそうな単位10単位くらいしかねぇワロタ」


 


誰に反応されるでもなく、ただタイムライン上を流れていく。家に帰ってとる行動はほとんど決まっている。とりあえず寝転がって、Twitterを開いて、ソシャゲをして、飯食って、風呂入って、抜いて寝る。たまにアニメを見るけど、それだけ。そういえば最近面白い深夜アニメがやっている。「ポプテピピック」といって、話の内容はほとんど意味不明だが、そこがなんか面白い。毎回Twitterを騒がすネタが生まれるところとかも好きだし、ポプテピピックを見てないとオタクを名乗れないまである。早くポプテピピックはじまんねえかな。ポプテピピックがはじまるまでの間、特になにが見たいわけでもなく、テレビをつけてぼんやりと眺めていた。


 


「ハーラマスコーイ」ポプテピピックらしいと言えばらしい、意味不明なOPも今では気に入っている。アニメを見ながら、同時にTwitterの実況も見る。これだけが俺に残された唯一の楽しみだ。昔は頻繁に据え置きのゲームもしていたけど最近はやってない。ゲームを純粋に楽しめなくなったというのが大きいと思う。以前まではゲームをそのまま楽しんでいた。ゲームから与えられる全てが自分の中で正しかったし、ゲームをすることを疑わなかった。でも今は違う。まるでなにかに強制されているみたいな、常に焦燥感を抱いてプレイしてしまう。だからゲームをやめた。手軽なソシャゲを除いて。こうやってアニメを見ているのもアニメを見るということが簡単だからだ。わざわざレンタルビデオ店に行ってまで見ようとは思わない。そこにテレビがあって、当たり前のように流れるから、見ることができる。


今日のポプテピピックも終わってしまった。期待していた番組が終わった後は、言いようもない孤独感に襲われる。まるで、世界に自分だけ取り残されたような…いいや違う。俺は元から世界に取り残されているんだ。狭いアパートの一室で、誰とも話さず、誰ともつながらず。でもそんな孤独を一時的に、まるで世界と自分がつながっているかのように見せかけて振り払ってくれるのがテレビで、だからいつもテレビをつけているのかもしれない。

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