素直になるために

あいる

短編小説~素直になるために~

 今年の夏はどうやら猛暑になるらしい。

 遅めの朝食に卵サンドを作り、頬張りながらテレビをつけたら、情報番組で天気予報のお姉さんがそう言ってた。

 確かに五月初旬にしては初夏のような汗ばむ陽気が続いているが、数ヶ月後の夏の気温まで予測できるのは、あたり前のようで凄いことだと思う。


 それにしても、お天気キャスターはどうしてこんなに可愛いのだろうか、ドラマに出ていてもおかしくないと思ってしまう。


 こんなに可愛いと計算違いの恋に落ちて失敗したりしないのではないかと自嘲気味に独りごちた。


 今日の天気予報に従い、布団を干して、溜まった洗濯をしてベランダをいっぱいにした。


 軽めに化粧をして、SPF値の高い日焼け止めを塗って出かけることにした。


 こんな風に、平日を過ごせるのは失業中であるからだ。


 去年の冬、大学を卒業してからずっと働いていた小さな会社を辞めた。


 次の職場が決まる気配はない、採用の面接を受けていないわけではないが、どこも決め手に欠けている。

 面接と恋愛は似ているような気がする。

 いいと思った所から採用通知は届かないし、好きになった人からは気にかけてももらえない。

 そんな私が今、恋をしている。

 昔から友達が好きになった男を好きになったことは一度もない、むしろ恋愛対象外になるほうで、男として見なくなるというほうが正しい。

 だから今のこの状況を持て余している。


 親友の優子とは高校生の頃からの親友であり、お互いの今までの恋も隠したことなんて一度もない。



 久しぶりの合コンで出会ったのは信用金庫に勤める地味な二人だった。

 私と優子、葛城さんと山口さん

 その問題の男は山口一真という30歳の眼鏡男子だった。


 陽気な葛城さんとは全く違い、にこにこしているけれど、静かなで寡黙な雰囲気の彼に優子は惹かれていた。


 確かに優子の好きなタイプだと思う。

 少し前まで付き合っていたのも似た感じの人だった。

 私と優子が好きになるのはいつもは全く違う、なのにどうしたのだろうかと今回は自分でも不思議だった。

私も山口さんに惹かれていた。

 合コンから数日後、たまたま行った本屋で山口さんに会った。

 そして彼が手に持っていた本は私の一番大好きな作家の新刊だった。


「私も、つい先日から読みはじめたところなんです、この作家さんの本は大好きで、必ず読んでいます」


「僕もです、高校生の頃初めて読んでから、ずっと読み続けています、ところで今日はお仕事休みですか? 」


 そういえば、合コンの時に失業中だと言う話はしたが、その時たまたま、山口さんは仕事絡みの電話をしていた。


「恥ずかしいけど、いま失業中なんです、失業保険を貰って求職中で……なかなかいい所が見つからなくて、昨日やっと1つ内定は貰ったんですけど……決めきれなくて」


「確かに、それなりの仕事は簡単に見つかるけど、続けていける仕事は中々ありませんからね、ゆっくりと探した方がいいと思いますよ応援しています、僕は今日は久しぶりの有給休暇です、この後、良かったらお茶でもどうですか?」


 その時真っ先に、優子の顔が浮かんだ。


 合コンの最中に『山口さん好きかも』ってLINEが届いた。


 その時に「私も気になってる」なんて言い出せなかった。

 ***

 本屋を出て近くのカフェに入り、美味しいコーヒーを飲んだ、合コンの時とは違い山口さんは饒舌でたくさん話してくれた。

 ほとんどが、好きな本の話や登録している小説投稿サイトの話だけど、久しぶりの男性と二人の会話はすごく楽しいと思った。

あろう事かもっとこんな時間が欲しいと思ってしまった。

 思い切って優子の話をした。


「優子が山口さんのこと好きかもって言ってましたよ、どうですか?優子いい子だし」


 山口さんは眼鏡を整えながら言いにくそうに、言葉を選びながら話した。「確かに優子さんはいい人だと思いますとても気がつくし……」

 所在なげにペーパーナプキンを綺麗に畳みながら山口さんは言った。


「正直に言うと、僕は君の方が気になってました……だから今日は偶然にも会えて嬉しかった」


自分でも分かるくらいに顔が熱くなった、きっと頬は真っ赤になってるはずだ。


 この恋が上手く行くかなんて分からない、でも一番に優子に正直に話さないと。


優子はきっと応援してくれると思う。


 仕事だってそうだ、採用の通知が来ているあの会社で頑張ってみよう。

 そう思いながら、コーヒーを飲み干した。


 ~了~

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