3流リーマンがテイマーでポリマー(改訂版)

ちょり

第一章

第1話

「これは一体何事……?」


 会社から帰宅し、ポストに突っ込まれていた不要なチラシ類を捨てようと、紙類専用ごみ箱に近づいたところで”それ”を見つけた。


 マンション共用部にあるゴミ箱の横には赤色と黒色の2匹のスライムがいた。

 赤色はよく見る紙類専用エコスライムだ。管理タグシールも貼られている。

 紙をエサとしていて、しかも一定量食べたらリサイクル可能なパルプ材の塊として排出してくれるというトンデモスライムだ。

 

 今ではほとんどのマンションに置かれている。維持費もかからないし世話も不要。

 しかも放っておけば勝手に分裂して数を増やしてくれるらしいからな。

 そういえばエコスライム導入当初は、郵便をエコスライムに食べさせて仕事サボってたのがばれてニュースになってた奴とかもいた。

 と、そんなもはや生活にかかせないポジションとなったこのエコスライム。

 こいつが、ダンジョンが世界に生まれてからもう20年になる。


 よくあるラノベのように、ダンジョンからは様々な産出物があった。

 丁寧にバナナの葉で包まれた肉塊でドロップするモンスター肉、モンスターの素材、果ては金属インゴットなど。その中にエコスライムなどモンスターの卵もドロップされた。それら卵から孵化したモンスターは、当初恐れられた。だが、これらのモンスターはどれもが一様に小さく、そして基本的に無害だった。

 今ではエコスライムのように生活に欠かせないモンスターも存在する。

 それらはダンジョンのモンスターと区別されるように管理タグを貼られ、エコモンスターと呼ばれた。


 と、そんなエコスライムだが、俺が知る限りは赤色の個体しか知らないんだけど…?

 どう見ても目の前には赤と黒の2匹が存在していた。そして黒色には管理タグシールが貼られていない。


「お前もエコスライムなのか?」


 そう声を掛けながら手に持ったチラシを近づけて見る。

 俺のよく知るエコスライムなら口を開けてくれるはずなんだけど…。


 目の前の黒スライムは全くチラシに興味を示さない。

 なんだったらその横にいる赤スライムがめちゃくちゃ口開けてるけどね。


 赤スライムにチラシを食べさせながらどうしたものか…と少し考えたが、すぐにやめた。どうせ明日には誰かに見つかってその誰かが保護・通報してくれるだろう。というのも今のこの状況。本来ならダンジョンなんたら法に基づいて通報しないといけないはずだ。が、俺は休み前のこのタイミングで通報したくない。もしコイツの第一発見者だった場合、どの程度拘束されるのか判断が付かないからだ。

オレ、アシタヤスミ、イエ、カエリタイ。オーケー?


 スルーする事にした。俺は何も見ていない。何も見つけていない。厄介ごとはマジ勘弁。

 踵を返し、部屋まで歩く。いつもより僅かにだけ早足で。だが怪しさを感じない程度の速度で、だ。ドアを開け、可及的速やかに閉める。鍵を閉めて念の為チェーンまで付けた。


「ふぅ…」


 そこまでやってやっと一息ついた。

 やべーやべー、あんなの通報した日には何時間かけられるかわかんねーからな。


 さてさて、飯食って酒でも飲んだらさっさと寝ましょうかね…と先程見たスライムをとっくに記憶の彼方に吹っ飛ばしながら靴を脱いで部屋に上がる。


 ふと、背後に気配を感じた。嫌な予感が背筋を伝う。

 ちらっと振り向くと、そこには奴がいた。

 チラシを食べるでもなく赤色でもない、黒スライムが何故か俺の部屋の玄関に、いた。



◆◇◆◇


「コイツ、どうしてくれようか…」


 思わず俺はそう口に出してしまった。

 机の上には黒スライムが乗って?座って?いる。つぶらな瞳で俺をじっと見つめて…。

 あ、ちょっとだけプルッと震えた。くそっ、ちょっと可愛いじゃないか。


 スライムはその愛くるしい姿から、ごく一部では愛玩動物として飼育されているとも聞く。

 とはいえ、定期的に分裂して増えてしまう事からそれほど多くは個人飼育されていないらしい。

 気付いたらスライム50匹に囲まれて暮らしてました、とか笑えないしね。


「とりあえず、風呂入って飯食うか」

 俺は問題を先送りさせる事にした。ここまでの一連の流れであまりにも俺が色々な事柄を簡単に流し続けているのかって?疲れ切ってんだよ言わせんな。


 風呂からあがって部屋に戻る。なんとなくいなくなってないかなー?と思っていたがやっぱりいた。机からは下りたようで、帰ってきて点けっぱなしだったテレビを見ているようだ。

 見てて意味わかんのか?

 成長するスライムとか聞いた事ないけど。とはいえ、まだ見つかって20年弱しか経っていない。

 正確な生態系は不明だから、俺が知らない習性を持っていても不思議ではないが。


 テレビでは今売り出し中のダンジョン向け武器のCMが流れていた。

『探索者に超人気ブランド、エミール社から今冬新作が発売!フレイムドラゴンの背骨を丸ごと使った豪華素材でどんなモンスターも一撃!なんとお値段はお手頃価格の128万円からご用意致します!お求めはお近くのエミール公式ショップへお越しください』

 

いやいや、十分にたけぇよ…。食い入るように画面を見続ける黒スライムは何を考えているんだろう?


 

ふと思い出し、本棚にあった『サルでもわかるダンジョンハウツー本』を見てみる事にした。探索者協会発行の無料配布物だ。ここにダンジョンに関する事が大まかに記載されている。

ぱらぱらと流し見しつつ、晩飯をツマミに酒を飲んでいると段々どうでもよくなってきた。


「おーい、黒スラー。お前何食うんだよ。紙食わねぇのかー?」

コンビニの袋に入っていたチラシをテレビにかじりつくように見ている黒スライムに向けてひらひらと振り回してみる。黒スライムはちらりとこちらを見たが、やはり紙には興味がないのかすぐにテレビに視線を戻してしまった。


「ホントになんもいらんの?腹減ってないのか…?」

なおも食い下がって声を掛けてみるが反応無し。

 人差し指でつんつんしながら話しかけてもやはり反応はしない。視線を『サルでもわかるハウツー本』に戻した。


「えーと、なになに?ダンジョンに関する通報義務について……?」

「【ダンジョンおよびモンスター等における通報条約について】ダンジョンおよびモンスター等における生態系やドロップ物資等については不明な点が多く、未解明がそれらほとんどを指す。市民は特異点および発見について早急な通報を義務とする。重大違反の場合は程度によっては刑罰に処される場合もあるぅ……!?」


 通報義務がある事は何となく知っていたけれど、まさかここまでとは…。ぶわぁっと汗が出てくるのがわかった。

 

「だめだ。もう寝よ」

 とりあえず寝る事にした。

 逃げるが勝ち。三十六計逃げるに如かず。

 食べ散らかしたままの弁当箱やビール缶などを放置してそのまま布団にダイブした。

 眠りに落ちる一瞬前、手錠を掛けられる自分を思い浮かべてブルっと震えたが、疲労と現実逃避とアルコールがすぐにそれを上回り、俺は微睡みの中へ落ちていった……。



 翌朝、倦怠感と頭痛で目が覚める。二日酔いだ。

 猛烈に喉が渇いてきたので何か飲み物をと思い、布団に寝転んだまま昨日スーパーで買いこんだ袋に手を伸ばした。二日酔いで苦しむであろう明日の自分を想像し、事前にスポーツドリンクを用意しておいたのだ。うむ。


 机に手を伸ばす。ぷにぷに。ぷにぷに。

 手には確実にペットボトルではない感触。

 あ、若干ひんやりしてて気持ちいいかも…。

 もう一度手のひらを動かしてみる。ぷにぷに。ぷにぷに。


「ぷにぷに!?」

 慌てて起き上がって机を見て、昨日の事を思い出した。

 机の上には俺の右手の中で少し潰されながらも、つぶらな瞳でこちらを見る黒スライムがいた。



◆◇◆◇

 飛び起きた拍子で床に転がっていたスポーツドリンクを半分ほど一気に飲んで一息つき、改めて机の上に居座る(もう俺にはどう見ても居座っているようにしか見えなかった)黒スライムと対面した。


「お前、やっぱりまだいたんだな…。まぁそりゃそうか…」


 黒スライムは昨日同様に時折ぷるぷると震えながら俺を見る。

 試しに近くに落ちていたチラシを口元に持っていくも、やはり黒スライムは何も反応しなかった。

 せっかくの休みだったはずなのにテンションは右肩下がりだ。どう考えても厄介ごとの臭いしかしないし。しかも昨日のバカな俺が即座に通報しなかったせいでさらに罪を重ねているバカな俺。ペットボトルでツンツンしたら、ピク、と身じろぎしたがすぐに反応しなくなった。


「あー…なんかどうでもよくなってきた。いきなり起きたから気持ち悪いし」

 ついさっきまで昨日のバカな俺を罵っていたのに、またしても明日の俺に罵られる事が確定的な俺。

 残りのスポーツドリンクを飲み干して机に置く。さっきよりはちょっとスッキリしてきたかもしれない。


「……なんで机の上に何も無いんだ?」

 ふと、何も置かれていない机を見て違和感に気付いた。

「昨日は帰ってきてコイツを見つけて、とりあえず現実逃避して風呂入って、あがったらやっぱりコイツがいて、飯食って酒飲んでそのまま寝た」

ふーむ……?


「お前が片付けてくれたのか……?」

 いや、そもそもどうやって片付けるというんだ?それに万が一億が一にそうだったとしてもゴミがあるはず。だが周りをざっと見てもそれらしきゴミは見当たらない。

 念のためにキッチンと玄関を見たが、やはり昨日のゴミは見当たらない。

 食べっぱなしの弁当箱、ツマミで食べてた柿ピーの袋にビール缶も無い。訳がわからん。

「どういう事よ?」

 玄関から戻って黒スライムに声を掛けると、黒スライムは視線を俺から外し、先程飲み干したペットボトルをちらっと見た。

 少しぷるぷると震える。

 俺を見る。

 またペットボトルを見てプルプル震えた。

 すると、黒スラは赤のエコスライムがそうするように大きな口を開けるとペットボトルを一気に飲み込んでしまった。


「えっ……えっ」

 紙を食べるはずのエコスライムはなぜかゴミを食べるエコスライム?だった。


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