≪天零玖地≫ Zer0×Nin9→21

gaction9969

Dice-00:プロローグは/唐突に


 え? ていうか、ええ?


 ぼやけにぼやけた意識がもぞりと戻ってくると、はじめに目に入ってきたのは暖色の光の粒の連なりだった。背中から尻を通って膝裏まで、感じるのは柔らかな、沈み込むような感触。がくり後ろに盛大に倒れていた首を戻し、ついでに開きっぱなしだった口も閉じる。何処だここ。


 ソファに座った姿勢のままでオチて、しばしのうたた寝から覚醒したかに思えるこの状況だが、そうじゃあ無いことだけは分かっている。「僕」は確かに幡ヶ谷の駅から自宅まで、徒歩で帰宅途中だったはずだ。スマホの画面から目を上げた瞬間に目に入った自家製パン屋の店先に置かれたミニ黒板の<ふんわりチョコクロワッサン焼き上がりました16:30>という旨のチョーク文字も頭に残っている。


 その後は……どうだったっけか。思い出せない。周りを注意深く見回す。ぱっと見、高級ホテルの大ホールといった佇まいの空間……吊られたシャンデリアは豪奢で、真っ白なクロスのかかった円卓はいくつもあってその上にはグラスやらワインだかシャンパンだかのボトルが整然と並べられている……


「……」


 そして他にも勿論、人はいた。老若男女……と言うとそれほどバラエティには富んではいないものの、結構頭数は多い。見かけ……バラバラ。そのほとんどが若者……だ。「若者」とかいう言葉を使ったが、まあ僕も22だからそのうちに入る。いや、今はそんなことはいい。現状把握だ。


 場には落ち着いた感じの弦楽と思われるBGMが流れている。でも何かの祝賀会パーティーといった趣き……とは思えなかった。皆が皆、壁際に設えられたソファに身を預けていたから。覚醒している人もそうでない人も、一様にそこから立ち上がる以降の行動には移っていないようだ。移れていない、か。


 つまりは、この置かれた状況を把握している人はいなさそうだ。


 何らかの手段で何者かに意識を奪われ、ここに連れてこられた……虚構フィクションでは陳腐な舞台シチュエーションなれど、いざ自分の身に起こると恐ろしさと不気味さで身体も脳も硬直してしまいそうになる。


 そんな、僕も含めて澱んだ空気の中で身じろぎ出来ないまま固まるだけの空間に、突如、場違いなほどの声がハウリングしながら響き渡ったのだった。


<よ、よよよようこそ、私のじ、実験室へ!! わ、わわ私が主催者の久我クガですっ>


 聞いてるこちらが不安になってくるほどの緊張をカマしつつ、そんな甲高い声でのたまってきたのは、ホール前方(ステージがあるのでそちらが前と見た)にあった巨大なスクリーンに映し出された、丸顔に度のキツそうな丸眼鏡を掛けたタキシード姿の小太りの男の映像だったのだが。


 「実験室」? その物言いに少し引っかかるところを感じる。しかしとりあえずはこの男の言葉を待つより他は無さそうだ。


 ……この時点では、まだ僕は「これ」の把握を一ミリたりとも為し得てない。


 超絶としか表現出来なくなる、この一夜の出来事。それは、僕の「意識」ですら、簡単に手玉にとるものであったわけで。


 「自意識」、それは自己愛みたいなニュアンスで使われることが多いと思うが、それは正にの「自分」の「意識」したる「世界」であるわけであり。そしてこれから、


 ……その「自意識」を賭けた戦いが始まるのだった。


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