第5話 クラスメイト

 その後二日ほどが経過し、俺と先輩が破局したと学校中に広まっていた。

 俺の予想通りに、クラスの連中は嘲笑を向けてくる。


「おまえ新庄先輩に振られたって本当かよ!?」

「え、振られたの? 早すぎね?」

「どうせすぐにエロい事しようとしたんだろ」

「お前には釣り合ってないと思ってたよ」

「短すぎる春だったな。はははは!」


 好き勝手に言いたことを言って去っていく。薄情な奴らだ。完全に楽しんでやがる。

 それだけ先輩の影響力が大きという事なんだろうが、俺としては鬱陶しいだけだ。

 ウンザリするが皆が飽きるまでは我慢するしかない。


 そんなのが放課後まで続き、精神的にだいぶ疲れてしまっていた。

 とっとと帰って休みたいところだが、当然家には由衣が居るわけだ。

 もちろん俺達の関係は改善される事なく、気まずい状態が続いているので、出来る事なら家にいる時間は短い方が良い。

 どこかで時間を潰してから家に帰るのがベストなわけだが……

 しばらく生徒会の活動は休止すると先輩に言われているので、準備室に行くわけにもいかない。

 友達の誘いに乗って遊びに行くのも考えたが、失恋したばかりの身で遊び呆けるのは不味いだろうし、そもそもあまり友達と遊んだりってのをしてこなかったので誘われる事がまず無い。


 そうこう考えあぐねて教室の机に突っ伏した状態になると、強烈な睡魔が襲ってきた。

 ここ最近は深夜の訪問を警戒し、寝るのが遅くなっていたのでその影響だろう。

 考えることを放棄し、目を閉じるとあっという間に眠りに落ちた。



 体感では三十分くらいの間、眠っていただろうか。

 隣の席からの物音で目が覚めた。


「あ、ご、ごめん。起こしちゃった?」

「……あー、いや、気にしないで」


 隣の席の女生徒が申し訳なさそうにしている。

 

 彼女の名前は福山ふくやま日菜子ひなこ

 とてもおとなしい印象のクラスメイトだ。

 彼女は一人でいることが多く、休み時間でも誰かと話しているところはあまり見ない。

 

 時計を見ると二時間以上が経過していた。思いのほか深い眠りについてしまっていたようだ。

 

「珍しいね。こんな時間まで残ってるの」


 俺の記憶が正しければ、福山さんは部活に入っていなかったはずだ。

 いつも放課後になったらすぐに帰っていたと思う。

 

「あ、えっと……宿題、やってから帰ろうと思って……」

「そうなんだ」

「……うん」

 

 まあ家でやるより学校に残ってやった方が捗るってのはあるからな。


「もう終わったの?」

「……うん……だいたい……」


 あまり人と話すのが得意ではないのだろう。

 彼女は会話する時、いつも伏し目がちに受け答えをしている。


「……」

「……」


 そしてあまり会話は長く続かない。

 隣の席という事もあって、世間話程度に俺から話しかけたりするのだが、大抵は長い沈黙で会話が終わる。

 最初は嫌われているのかなとか思ったりもしたんだが、俺以外と話すときも彼女はこんな感じだ。


「……あの、澄谷すみたにくん……」

「ん?」


 ただ、今日は珍しく福山さんが何かを話したそうにしている。

 普段は彼女から質問してくる事などほとんどない。

 だから何を言うのか少し興味が湧いたのだが……


「えっと…………新庄先輩と別れたって――」


 彼女は例に漏れず、その話題を口にした。


「またその話か」

「あっ、ご、ごめんなさい!」


 何度も振られた話題に、つい反射的に渋い顔をしてしまった。

 そんな俺の表情を見て福山さんは慌てて頭を下げる。

 

「こっ、こんなこと聞かれるの、嫌、だよね……」

 

 確かに嫌ではあるのだが、福山さんみたいな人に聞かれるのは意外だった。

 こういった他人の色恋沙汰には関心を示さないタイプだと思っていたからだ。

 

「ああ、いやっ、こっちこそごめん。嫌な顔しちゃって……今日はいろいろ言われて少し神経質になってた」


 福山さんの縮こまって謝っている姿を見ていると、小動物を虐めているような後ろめたさがあり、逆にこちらが申し訳なくなる。

 悪気があったわけじゃなさそうだしな。


「……ううん……ごめんなさい……」


 彼女は声を震わせながらもう一度謝って来る。


「気にしてないよ」

「……ごめんなさい」

「いいよいいよ大丈夫!」


 威圧的にならないように、柄にもなく明るめの声でそう言ってみるが、福山さんはすっかりと委縮してしまっている。


「……」

「……」


 気まずい沈黙が流れる。

 こんな時、気の利いた一言を言える男なら良かったのだが、残念ながら俺にはそんなスキルは無い。

 ここは早めに退散しようと腰を上げる。


「っと……今日はもう帰るよ。気を使わせてごめんね」


 そう言い残し、歩き出そうとしたのだが――

 

「あ、あのッ!」


 いつもの控えめな声量からは考えられないほどの大きな声を出し、彼女は俺の前に立ちはだかる。


「おぅ……ど、どうかした?」


 思わぬ彼女の行動に困惑してしまう。普段の様子からは想像できない大胆さだ。


「わ、私、その……週末に…………」

「えっ?」


 遊園地、と聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 を……見られた……?


「弟が小さくて……その……家族で遊びに行ってて……」

「……」


 何を答えて良いのか分からず、身体が固まってしまう。

 あそこの遊園地の客層を考えれば、クラスメイトに目撃される可能性など無いと思っていた。

 どうしたら良い? どういうつもりで福山さんはこの話を俺にするんだ!?

 言いふらすつもりか? ……いや、そんな事する人には見えない。

 彼女の思惑が分からないのが怖く感じる。

 

「だからね……その……あの……」

「…………」


 思考がまとまらず、俺は声を発することが出来ない。


「元気! ……出して欲しいの!」

「……はい?」

「澄谷くんは素敵な人だと思うから!」

「へ?」


 俺は今、もの凄く間抜けな顔をしているだろう。

 わけがわからなかった。 


「そ、それだけだから! さようならッ」


 福山さんは慌てて勉強道具をカバンにしまい込み、逃げるように教室から出て行った。


「……どういうこと?」


 ……


 …………どういうこと?

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