第12話 帰り道

 

 『例の告白を有耶無耶にしよう!』大作戦のため、見目麗しい先輩、新庄綾香しんじょうあやか生徒会長が一肌脱いでくれる事となった。


 外見だけなら完璧な先輩なわけだが、中身に関していえば常人離れした感性の持ち主であり、どの程度俺の力になってくれるのかは未知数である。

 

 ものすごく役に立ってくれそうな感じもあるし、まったく駄目そうな雰囲気もある。


 作戦内容はいたってシンプルで、俺と先輩が恋人のふりをするというものだ。

 

 今現在は作戦実行中であり、先輩と一緒に下校中である。


「こんなに密着する必要あります?」


 俺は先輩に疑問を投げかける。

 なぜなら俺たちは今、がっつりと腕を組んで歩いているのだ。


「なあに? 照れてるの?」


 先輩は意地悪な笑みを浮かべて、腕に力を入れてくる。

 柔らかな女性の感触が、俺の脳を溶かしていく。

 たまらん……


「そ、そりゃまあ、照れますよ……」


 何と言っても先輩は美人だ。

 そんな人とこれだけ密着して歩いていれば、自然と視線を集めることになる。


「ていうか今は別に腕を組んで歩く必要は無いのでは?」

「甘いわね……いつどこで由衣ちゃんと出くわすか分からないじゃない? 万全を期すべきよ」

「それは考えすぎでしょう……」

「君は知らないだろうけど――由衣ちゃんね、あの後しばらく君を探していたんだよ? 帰り道でも探してる可能性はあるでしょ?」

「……そうなんですか」


 俺を探していた……

 ということは由衣は俺に何か話があったって事なんだろうか……

 ……考えただけで少し怖くなった。

 由衣から拒絶の言葉が出てきたら、俺は立ち直れそうもない。


「そんなことより! 私達付き合ってるんだから敬語はやめて」

「ああ、うん……そうだな……」

「それと私の事は名前で呼ぶこと。いい?」

「えっと……分かったよ……あ、綾香……?」


 何これメッチャ照れる……

 なんか恋人みたいである。まあ恋人のふりをしているのだから当然なのだが……

 

 敬語禁止で名前呼び。

 とりあえず俺に課せられた使命である。


「あのね……もうちょっと自然に出来ないの?」


 先輩はもの凄く呆れた顔だ。ジトっとした視線を俺に浴びせてくる。

 

 そもそも女の子とお付き合いをした事の無い初心な男子が、いきなり美人に腕を組まれて自然に出来る訳が無いだろう。そういうもんだ。


「しょうがないでしょ。慣れてないんだから……」

「はあ……まったく、本当にダメダメね」


 というか俺にそんな甲斐性があったら、こんな事にはなってなかっただろうよ。


「それならいつも妹に接しているようにしなさい」

「……え?」

「ほら! 私を由衣ちゃんだと思って!」


 ほらじゃない。

 無茶を言うな。

 そもそも由衣と腕組んで歩かねえよ。


「いや先輩を妹扱いは出来ませんよ……」

「あ! ほら、また敬語になる! あと名前も!」

「くっ……あ、綾香を妹扱いには出来ない、よ」

「そうね。恋人だもんね」


「ん″ン″!?」


 やばい! 


 先輩が組んでいる腕をグッと引き寄せてきた!

 そのせいで俺の腕が先輩の大きな膨らみに当たっているううう!


「あ、あ、あ、当たってるんだけど!?」


 や、やわらかい。

 俺は今、人生でもっとも窮地に追い込まれているはずなのに、その腕の感触だけで幸せになれる気がしてきた。男ってホント最低だね……


「変な気を起こしたら貴志に言いつけるから。あんた殺されるよ?」


 いや怖えよ! 

 あいつなら本気で殺してきそうだからマジで怖えよ……

 ていうか、そんなキレるなら胸を押し付けるの止めてもらってもいいですかね!?

 俺全然悪くないでしょ!


「じゃあ離れて! 俺だって男なんだから!」

 

 なんとかおっぱいの魔の手から逃れようとするが、先輩の込める力は強く、離れそうにない。

 決して俺が名残惜しんで抵抗してない訳ではないよ? 断じて。




「狼狽えないで、前から由衣ちゃんが来てる」


「え?」


 

 視線を前に向けると、由衣がゆっくりとこちらに向かって来ていた。

 まだこちらに気づいた様子は無く、キョロキョロと周りを見渡しながら何かを探しているようにも見える。


 俺は先ほどの化学実験室でのやり取りを思い出してしまい、いっきに頭の中がぐちゃぐちゃになった。


 腕が震える。

 足も震え始めた。


 緊張で前後不覚に陥りそうにすらなる。


 すると先輩が俺の震える手を取り、強く握ってきた。


「しっかりしなさい。男の子でしょ」


 先輩は俺の腕を震えぬようにしっかりと抑え、耳元で優しく囁く。


「私もいるから、大丈夫」


 正直、情けない話だが、先輩の存在が心強かった。

 もし俺一人だったら、また同じ失敗をしていただろう。

 先輩が居てくれて良かったと、心底そう思った。


「うまく合わせて」


 先輩がそう言うと同時に、前方にいる由衣がこちらに気が付いた。


「由衣ちゃーん!」


 先輩は由衣に向かって笑顔で手を振った。

 由衣はこちらに笑顔を返し、手を振り返そうとする仕草をしたが、はっとした表情を見せ、固まってしまった。


 その視線は俺と先輩の固く組まれた腕に向けられていた。


 由衣との距離が少しずつ縮まる。


 先輩はニコニコと笑っている。


 由衣は面食らっていた。当然だろう。ついさっき告白してきた兄貴が他の女と腕を組んで歩いているんだ。


「由衣ちゃんこんにちは。今朝ぶりだね?」

「あ、はい。こんにちは、です」


 由衣の視線は先輩に向いたり、俺に向けたり、組まれている腕を見たりと、定まらない。


「えっと、二人は、その……」

「ほら、優人ゆうと。由衣ちゃんに報告しようよ!」


 先輩が俺を下の名前で呼び、そう促す。

 付き合っていると言え。そういう事だろう。


「そうだな……」


 隣には先輩が居る。

 

 大丈夫、今度は上手くいく。

 

 もしヘマをしても先輩がフォローしてくれる。


 そう思うとほんの少し心が落ち着いた。


 上手くなんて喋れない。

 だから端的に、簡単に言えば良い。


 ゆっくりと口を開く。

 

「俺達、付き合う事になったんだ」


 ――言えた。


 言えたけど、


 由衣の反応を見るのが怖くて、視線を逸らしてしまう。


 だから由衣が今、どんな表情をしているのかは分からない。

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