第48話 7月30日

 男女がキャッキャッしながらはしゃいでいる。ある人は砂浜を仲良く素足で駆け抜け、ある人は海で泳ぎ、ある人はパラソルの下でビニールシートを引いて横たわっている。


 陽射しは抑えることを知らず、砂浜や海の水面に暑さと光を与えている。


 俺は、朝本さん、香恋、新田、朝本さんの友人とともに海に姿を露にしている。各々、普段目にしない私服に袖を通している。


 朝本さんは、肘あたりまで袖が伸びたカーディガンに黄色のTシャツ、白色のイージーパンツを足に通していた。学校では抱くことができないイメージを醸し出しているが、そこに違和感はなく、彼女の容姿とスタイルにフィットしている。一方、香恋は、第1ボタン以外をすべてとめた白の長袖Yシャツに肌色のジーパンを着用している。他にも、新田は上下半袖のコーディネートであり、朝本さんの友人の2人も性別は違うが似たような服装をしていた。


 ちなみに、俺はというと、半袖のネルシャツに膝丈までのチノパンを身に纏っている。


 普段は半袖のシャツを着用しないのだが、地元から離れたところに足を運ぶといった理由で今日はいつもと異なる服を着ている。


「まず一旦、パラソルを建てようか」


 海の直近に設置された出店で借用した2つのパラソルを新田と協力し、試行錯誤で建てると、持参した青いビニールシートをそれぞれ下に敷く。砂に触れる感覚が間接的に伝わってくる。


 その後、皆は小荷物をビニールシートに置くと、時間差に自分達の行きたいところに歩を進める。


 ビニールシートに臀部を押さえつけて、広大に拡がるビーチに視線を傾けると、友人たちと砂浜で楽しくはしゃいでいる朝本さんや単独で砂のお城を創ろうとしている新田が各々の欲求を満たしている姿が見受けられる。


「香恋もどこか行かないの?」


 もう片方のパラソルの下で規則正しい体育座りを形成している彼女に声を掛ける。パラソルには若干ならが日の光が食い込んでいる。


「私は遠慮しておくわ。あの人達みたいに元気が有り余っているわけでもないし」


 香恋は何を考えているか分からない表情で海を眺めている。彼女の瞳には、多量の人間の姿が写像されている。


「そっか」


 そよ風によって髪が無造作に吹き荒れる。俺たちの空気とは対照的に外部では男性の愉快な高笑いがどこもかしこで存在感を出している。


「ちょっと、飲料水買ってくる」


 俺は断りを入れると、返答を待たずに、ブルーシートの付近に脱ぎ捨てられた靴に足を差し込む。


 日陰から抜け、砂浜を2分程度歩くと、複数の出店が集まったエリアがあった。


 俺はそこでオレンジジュースの単品を300円を出して購買すると、焼きそばや焼かれた肉を源泉とした匂いに後ろ髪を引かれながらも、元の場所に向かって1歩を踏み出す。


 日常では体験できない暑苦しい人混みを上手に避けながら、開放的な空間を目指す。


「君すごくかわいいね!俺達と一緒に楽しまない?」


 砂浜の中央辺りで2人の高校生らしき男性が1人の女性を口説いていた。ナンパだ。巻き込まれている女性は露骨には出していないが、迷惑げな空気をやんわりと放出している。背中まで伸びる明るいベージュの髪に、薄いイエローの瞳をした清楚な空気を纏った美少女、髪に付いている花の髪飾りがチャームポイントでもある。


 ・・・。うん?そのような容姿をした人物に見知った顔が。ああ~、嫌な予感は当たるんだろうな。


 脳内で独りごちると、体のスイッチを起動させる。


「あの~、嫌がっている風に見えるんですけど」


 俺はおそるおそる事が起こっている場に突撃する。


「うん?」


 男たちは訝しげな眼をこちらにぶつけてくる。


「なに、お前もこの子狙いなの?わるいけど俺たちが先客なんだわ」


「いや、そういうことではないんですけど」


 相手方の解釈に呆れた気持ちになる。みんながみんな、海でナンパするわけじゃなんだよ。2人とも髪を染めており、ある程度顔も整っており、雰囲気も良い。これは自分に自信を持っているタイプだな。


「ごめんなさい。彼氏が来ちゃったんで。ナンパは望んでいる人たちにやってください」


 朝本さんは、俺の二の腕に両手を絡めるなり、「いこ!」と催促してくる。そこには有無を言わせぬ強引さが実存した。


 男たちの心中など気にせず、彼らの横を横断するように2人で直進する。


「あの、そろそろいいんじゃないかな?」


 男たちからかなりの距離を取れたと思うが、朝本さんは、俺の二の腕を解放して

くれない。むしろ、先ほどよりも密着度が増加している気がする。そのため、朝本さんの両手以外にも、彼女の胸部のあたりに膨らんだやわらかいモノも俺に当たっている状態である。


「ダメだよ。もしかしたら、あの人たちが追跡している可能性もないわけじゃないんだし」


 真剣な眼差しをこちらに向けながら、より一層腕に力を籠める朝本さん。やわらかいモノがより一層押しつけられる。ダメだよ。朝本さん。無意識かもしれないけど。


 結局、俺はテリトリーに帰還するまでずっと朝本さんに腕を取られたままだった。その姿を目にした香恋は、新田や朝本さんの友人とは対照的に不機嫌な感情を顔面に無遠慮な形で出していた。

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