第32話 クセが強い人


 さて、俺は適当に時間を潰すか。


 心の中でそう呟くと、ベンチから腰を上げる。


 立ち上がった俺は、付近にあった自動販売機でジュースを買った後、自分のクラスの教室に足を運び、鞄から弁当を取り出す。


 弁当を取り出すと、教室から出て、中庭に向かう。時刻は、午後12時37分なため、お昼の時間なのだ。


 中庭に到着すると、階段があったので、そこに腰を折り曲げて、腰掛ける。


「1試合しかやってないけど疲れたな」


 そんな独り言を周りを気にせず口にしながら、弁当箱の入った袋を開ける。


 そして、弁当箱は風呂敷に包まれているので、それを解放していく。


 解放し終わった後、すぐに弁当箱を開封する。すると、弁当箱の中身が俺の目に飛び込んできた。


 中には、オムライス、卵焼き、ウインナー、セロリが入っていた。追加としてだが、オムライスには、「ひろくんがんばって」とあまり大きくないオムライスに対して、器用にそのような文字が入れられていた。これを見て、誰がこの弁当を作ったか想像するのは難しくないだろう。


 まぁ、いいか。とにかく食べよう。お腹減ったし。


 そうして、箸箱から箸を取り出し、卵焼きをつまもうとした、瞬間。


「ゴスッ」


 …。


 なんか声が聞こえた気がする。


 …気のせいかな。


 そう思い、再度卵焼きをつまむ動作を行おうとする。すると。


「ゴスーー」


 ………。いや、気のせいじゃないよこれ。しかも、すごく近くから声が聞こえたよ。


 俺は恐怖を感じ、その場から立ち上がり、辺りを見渡す。すると、俺の視界に、中庭の端で仰向けになって倒れている巨漢の男の人がいた。


 俺は駆け足でその男の人が倒れている場所に駆け寄る。


 「大丈夫ですか?」


 焦った口調で男の人に呼びかける。


「ううっ…」


 うめくような声を男の人は発する。声は出せるのか。でも、これは只事ではないがこの人に起こっている。


「大丈夫ですか?今、保健の先生、呼んできますね」


 そう言った言葉を残すと、俺は保健室に向かうため、保健室がある方向に体を向ける。


 早く行かなきゃ。


 そう心中でつぶやき行動に移そうとした刹那。


「はら・・へった、・・・ゴス」


「へっ・・」


 男の人の言葉が俺の鼓膜を刺激した瞬間、俺の行動は停止し、素っ頓狂な声が思わず出てしまった。


        ・・・


「美味いゴス。美味いゴス。」


 さっきまで倒れていた巨漢の男の人は、美味しそうに弁当箱に入った食べ物(俺の)を飲み物を飲むように食べている。


 どうやら、この男の人は、お腹が減りすぎて倒れていたらしい。だから、お腹が減っていたけど、俺の弁当を差し出したら、こんな様子である。


「ふーん。ご馳走様でゴス。」


 少し前の過去を振り返っている間に、食べ終えられたみたいだ。食べ始めて、2分も経っていないはずなのに。


 あまりにも食べ終わるのが早かったので、心中驚いていると。


「ありがとうゴス!これ、返すゴス」


 巨漢の男の人は、空になった弁当箱を俺に手渡してくる。


「本当に助かったゴス。ゴス、君に弁当を貰わなければ本当にやばかったでゴスよ」


 満面の笑顔で俺の手を握ってくる巨漢の男の人。てか、でけぇーな。190センチ以上あるだろ。そして、横もデカい。体重は100キロ近く見た感じありそうだ。それと、力が強いからだと思うけど、握られている俺の手の部位が痛い。


「ゴスの名前は、鷲 棋須(わし ごす)ゴス。この学校の2年生ゴス。よろしくゴス。君の名前は?」


 俺の今の体と心の状態をまったく知らない巨漢の男の人は、自分の名前を名乗った後、俺の名前が何なのかを尋ねてきた。


 ・・・、鷲棋須(わし ごす)?これが名前ってことは、話す語尾に自分の名前を使っているってことだよね・・・。


「ああっ・・、俺の名前は赤森敦宏」


 胸中で生まれた疑問は一旦置いき、俺は自分の名前をフルネームで相手に伝える。同級生だからタメ口でいいよね・・・。


「赤森敦宏君ゴスか。わかった。覚えたゴス。敦宏君からもらった恩はいつか必ず返すゴス」


 鷲君はうなずきながら、俺の顔面を笑顔で見てそのような言葉を発する。


「いや、いいよ」


 俺は即座に断りを入れた。


「ダメでゴス。絶対に返すゴス。返さなければゴスの気持ちがスッキリしないでゴス」


 満面の笑みであるが、絶対に意見は変えないといったオーラが嫌なほど伝わってくる。


「わかった。機会があったらね」


 向こうが折れないと理解し、俺が折れる

ことにした。なぜなら、このまま、両者が意見を通そうとしたとしても、イタチごっこになるだけだからだ。


「ゴス!!」


 動物のような返事を鷲君。


 ここから何か言われるのかな?


 そのようなことが頭に浮かんだすぐ後。


「やばいゴスー!」


 突如、鷲君は焦った表情で大きな声を上げた。


「ど、どうしたの?」


 鷲君の声に驚いき、無意識に口から言葉が漏れて出てしまう。


「午後、試合があったということを忘れてたゴス。早く行かなきゃゴス」


 そう言うと、鷲君は踵を返し、ダッシュで走って行ってしまった。


 10秒経った頃には鷲君の姿は俺の視界から完全に消えていた。


「クセが強いな」


 1人取り残された俺は一言誰もいない中庭でボヤいた。

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