第2話
「ベオ!」と名前を呼んで、彼に抱きつく。
彼は驚いた顔を、僕を抱き留めた。手に持っていた本が落ちる。僕は彼の腰に手を回して、その唇にキスをした。
彼はしょうがないな…というように、キスに応える。今日はちょっと煙草臭い。その匂いに、少し興奮した。
唇を離すと、彼は指の背で僕の頬に軽く触れ、小さくつぶやいた。
「本当に戻って来たんだね。」
その言葉に、僕が戻ってこないと思っていたのだと悟る。あんなに「好き」だと、「ずっと傍にいる」と言ったのに…。僕は少しだけ寂しい気持ちになる。それでも、明るい口調で、
「ちょっと荷物を取りに行くだけと言ったでしょ? ほら、見てよ。」
背負っていたリュックサックを地面に置いて、中身を見せた。着替えに、日用品に、ちょっとした菓子に…。パンパンに膨らんだリュックサックを見て、
「随分と持ってきたね…。本当にここに住むの?」
「もちろん、住むよ。と言っても、仕事もあるから、週の半分しかいられないけど…」
持ってきた食べ物をテーブルの上に置きながら、小さくつぶやく。本当は仕事を辞めて、二人で暮らそうかと思ったが、どうしても、それは出来なかった。
彼は僕の顔をじっと見て、
「…よくラドムが許したもんだ。ラドムには、何と言ってあるの?」
心臓が痛いほど跳ね上がる。僕は冷静を装って、
「父さんには、ベオの家に住むとだけ言ってあるよ。」
「ふうん、それだけ?」
「うん、それだけ。」
この話題は息が詰まる。話題を変えようと、リュックサックの中から酒瓶を抜いて、テーブルにどんっと置いた。
「僕の引っ越し祝いに、これ飲もうよ!」
「え、ニズ、まだ未成年でしょ…?」
「…僕、二十歳だけど…。そんなに子どもに見える?」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
彼は何やら言いよどみ、遠い目をして、
「そっか…。君が初めてここに来てから、もう随分と時が過ぎていたんだね…」
しみじみとした口調で言った。
彼にとって、今日も明日もさほど変わらないのだろう。だから、ふとした瞬間、過ぎ去った月日に驚くのかもしれない。
彼はじーと僕の顔を眺め、口を開いた。
「今さらだけど、ニズの誕生日はいつなの?」
そう言えば、僕たちは互いの誕生日も知らない。今まで、彼から聞かれたこともなければ、僕自身話したこともなかった。
「7月7日だよ。ベオは?」
「ボクは…確か……10月…16日かな?」
「…曖昧なんだね。」
「まあ、そうだね。本当に生まれた日じゃないからね。」
その言葉に驚く。
「本当に生まれた日じゃないの? なんで?」
「うーん、なんでと言われたら…、それは出生があやふやだからかな。どうやら、今で言うロシナ国の生まれということは知っているけど、それ以外は何も知らないんだ。両親の顔も知らないし、このベオグラードという名前が、本当の名前なのかも良く分からない。」
彼は何でもない風に答えた。僕は何と言ったらいいのか分からず、口をつぐむ。そんな過去があったなんて、思ってもみなかった。ただ、不老不死になってしまっただけの平凡な青年なのかと、勝手に考えていた。
黙り込む僕の頭を、ぽんぽんと優しく撫で、
「思ってもなかったって顔だね。まあ、今の時代では考えられないかもしれないけど、昔は命の価値に差があって、ボクはほとんど価値のない命だったんだ。だから、こうやって生きていること自体、奇跡みたいなものなんだよ。」
「……そうなんだ…。両親に会ってみたいと思ったことはないの?」
その質問に、次は彼が驚いたような表情を浮かべた。
「そう言われたら、ないね。何というか…、他の人々のように、自分にも親がいると思ったことがなかったんだ。生きるのに精一杯で、そう考える余裕もなかったとも言えるかな。それに、ボクの家系はちょっと特殊なようだし…」
最後の方は独り言だったのか、はっきり聞こえなかった。それでも、複雑な経緯があったのだと理解する。
「でも、ベオは髪が白くて珍しいし、なによりセルシンという名前も、そこまでたくさんいる名前じゃないから、探そうと思ったら、今でも親戚くらいはいるんじゃない?」
軽い気持ちで聞く。すると、彼は「うーん」と困ったような声を出し、
「髪は元から白かったわけじゃないんだ。それに、セルシンは、僕のファミリーネームではなく、アドニの…ボクの恋人の名前なんだよ。ボクたちは、その…結婚していて、ボクはその時にファミリーネームも変えたんだ。」
ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめた。そこで改めて、僕は彼について何も知らなかったのだと悟る。てっきり、彼が「恋人」と言っていたから、結婚はしていないのかと思っていた。夫あるいは旦那というのが恥ずかしくて、恋人と言っていたのかもしれない。
本当に知らないことばかりだ。でも、これから、彼と暮らしていくのだから、もっと知りたい、もっと理解したい、と思う。
彼はぽりぽりと頬を掻き、
「まあ、ボクの話はいいよ。それより、ニズ、一週間前が誕生日だったんだね。遅くなったけど、誕生日おめでとう。」
目を細めて、僕の頭をよしよしと撫でた。優しい表情。その真っ黒な瞳には、今はちゃんと僕が映っている。それが、とてつもなく嬉しい。
また、キスをしたくなって、彼の手首を引っ張って、キスをした。何度も口づけする。
途中で彼が口を離し、「ふふ」と笑って、
「ニズはキス魔だね。そんなにキスが好きなの?」
「うん、だって、これだけで何だか幸せな気分にならない?」
「そうだね。その通りだ。でも、あんまりすると飽きるよ。」
「飽きてもいいいよ。そしたら、別の方法であなたに好きって伝えるから。」
またキスをする。彼はちょっと呆れたようだったが、まんざらでもなかったようで、しばらく付き合ってくれた。
キスをすればするほど興奮が増し、彼の背中に手を入れて、指先で背骨をなぞた。ごつごつしてて、堅い。引き締まっていて、余分なものが一切なかった。手のひらで、あばら骨を撫で、それから、胸に手を伸ばそうとした。
すると、彼が急に目を開いて、口を離した。
「…だめだよ。まだ夕方だし、これから、君の引っ越し祝いをするんでしょ?」
「せっかく盛り上がったのに…」と僕がむくれると、彼が耳元で囁く。
「…しないとは言ってないよ。まだ早いだけ。これから、たっぷり時間があるんだし、焦らなくてもいいよ。」
驚いて彼の顔を見ると、気恥ずかしそうに笑って、立ち上がった。
*
テーブルに、グラスを二つ置く。一つは青、もう一つは黄色。随分と使い古されたグラスに、酒をとくとくと注ぐ。
彼がキッチンから皿を持って現れた。チーズを焼いたものや鶏肉の燻製、ジャガイモを薄く切って焼いたものなど、酒のつまみがテーブルに並ぶ。
彼は僕の隣に座ると、青いグラスを手に取った。ということは、僕のは黄色かとグラスに触れる。淵は透明で、底に向かうにつれて鮮やかな黄色が濃くなるように色付けされている。そのグラスには、今は半分ほど、琥珀色の酒が揺れていた。
彼が僕の方を見て、小さく笑い、
「ボクの家にようこそ、ニズ。それと、お誕生日おめでとう。お祝いできて嬉しいよ。」
グラスを持ち上げた。僕はそれだけで既に胸いっぱいで、
「…とっても嬉しい…。ありがとう。ベオ…」
とお礼を言って、同じようにグラスを持ち上げる。それから、「乾杯」とつぶやき、グラスを軽くかつんとぶつけた。
彼がグラスに口をつけて、一口飲んだ。僕も飲もうと、グラスに口をつける。実は初めて飲む。匂いは悪くない。香ばしい匂いがするだけだ。
ゆっくりとグラスを傾け、舐めるように一口飲んだ。口を中で味わい、ゴクリと飲む。すると、咽喉が焼けるような感覚して、食道がカッと熱くなった。咳き込むほどじゃないが、まるで炎でも飲んだみたいだ。
ふと彼を見ると、面白そうに目を細めて、僕を見ていた。その表情で、すべて見透かされていると悟る。
彼はグラスを置いて、
「初めて飲んだ感想はどう?」
「味はそんなに嫌いじゃないかな。でも、美味しいかと言われたら…、正直あんまり。」
「そうだろうね。最初はそんなもんだよ。その内、好きか嫌いか分かってくるよ。こういうものは、やってみないと自分に合うか分からないから、いい経験になったね。でも、これは結構強いから、たくさん飲まないほうがいい。すぐ眠ってしまうよ。」
チーズをつまんで口に運んだ。
僕はうなづき、もう一口飲む。まあ、悪くない。それに、頭が少しふわふわして、嫌なことが消えていくような気がした。でも、せっかく彼と二人きりでいられるのだから、眠ってしまうのはもったいない。
僕はジャガイモを皿にとりわけ、フォークで食べる。味付けは全部彼がしたが、なかなか美味しい。ちょっと塩辛くて、お酒のお供にぴったりだ。
僕が美味しそうに食べていると、彼は嬉しそうに笑って、
「口に合ってよかった。久しぶりに他人に食事を振る舞うから、少し緊張したんだ。」
「とっても美味しいよ。いい味付けだね。誰から教えてもらったの?」
「これは、友人に。そんなに長く一緒に居た人ではないけれど、とてもいい人だった。」
酒を煽った。そして、空になったグラスに、とくとくと酒を注ぐ。友人とは一体誰だろうと興味が沸く。しかし、何となくそれ以上聞いてほしくなさそうだったので、「そうなんだ」とだけ返事をする。
彼はフォークで鶏肉を差し、ぱくっと食べた。何だか新鮮でじっと見てしまう。彼と食事をするのは今日が初めてだ。実は煙草が食事だと思っていた。
彼が僕の視線に気づき、
「どうしたの? ボクの顔をじっと見て。」
「ちゃんと口から食べてるなぁと思って。」
「…そういえば、一緒に食事をするのは初めてだったね。まあ、こんな身体でも、食事は必要なんだよ。生きるためというよりも、精神的に必要なものかな。さすがに、数日食べないと空腹で精神がキリキリするからね。」
実際に体験したような口調。どうして数日食べなかったのか気になったが、さすがに聞けない。食事も忘れるほど、あるいは食事をしたいと思えないほどのことだ。それはきっと想像を絶するほどの出来事だったのだろう。
彼はぐいっとまた酒を飲み干し、グラスに注ぎ始めた。もう三杯目だ。まるで、水でも飲むようなペースで飲んでいる。そして、顔色はまったく変化がない。一方、僕はまだ一杯も飲んでいなかった。
「すごく飲むんだね。お酒好きなの?」
僕が聞くと、彼は考えるように一瞬黙り込み、
「好きかと言われたら、そんなに好きでもないかな。でも、飲んだ瞬間、ちょっと意識が飛ぶから、それが癖になるだけ。」
またぐいっと飲み干した。
「意識が飛ぶ…」とつい口に出してしまう。
彼はもう一杯注ぎながら、
「煙草も酒も、この世界を少しだけ忘れさせてくれるものだから飲むんだ。これがないと、ボクはきっと狂ってしまうのだろうね。」
何でもない風に言った。次は僕が黙ってしまう。たかが、二十年しか生きていない僕には、到底理解できるはずもない。生の重み、死がないという苦しみ。そんなものに、彼はいつも押しつぶされそうになっているのだろう。
僕はグラスを置いて、彼の肩にもたれ掛かった。ちょっと酒臭い。そのまま、彼の手を握る。彼は「眠くなったの?」と言いながら、握り返した。相変わらず、酒をごくごく飲んでいるが、身体は冷めたまま。ひんやりと冷たい指の感触が、僕を孤独にした。
この時間は、僕にとっては長く幸福な時間だったとしても、彼にとっては瞬く間に過ぎ去る過去に過ぎない。仕方のないことだけど、ちょっとだけ寂しくなった。
彼はグラスをテーブルに置き、僕の髪を優しく撫で、
「ニズの髪は銀色できれいだね。もしかして、ちょっとくせ毛?」
「…うん、そうだよ。」
「そっか。柔らかくて、ボク好きだな。」
僕の髪に指を入れて、きれいに梳かし始めた。触り方が優しい。こうやって、恋人の髪を梳かしてあげたのかもしれない。
彼はしばらく僕の髪を触っていたが、おもむろに立ち上がって、
「煙草吸ってくるね。ニズはゆっくり食べてて。」
と言って、部屋を出て行こうとした。僕はその手を掴んで、
「ここで吸っていいよ。僕は気にしないから。」
「ボクは気にする。そんなに時間かからないから、待ってて。」
有無を言わない口調に、手を離した。本当は片時も離れたくなかった。でも、彼がそれを望まないなら、わがままを言うべきじゃない。
扉がばたんと音を立てて閉まる。僕はぬるくなった酒を飲み干した。
*
ベッドの上で、彼は寝具にくるまって眠っていた。
僕が部屋に入ってきた音で目を開き、むくりと起きあがる。
彼は白い掛ふとんを羽織っているだけで、後は何も身につけていなかった。その姿にゴクリと唾を飲む。
「服…着てないんだね。」
僕が言うと、彼は寝起きのとろんとした瞳で僕を見て、
「…どうせ脱いでしまうから、着てなくてもいいかなって。」
ふわあと欠伸をしながら言う。確かにそうだけど、脱がせる楽しみが…と思いつつ、彼の裸体から目が離せない。
長い髪は女性的だが、平べったい胸と割れた腹筋は男性的で混乱する。肌は真っ白で傷ひとつなく、その中でひときわ赤い唇が、僕を落ち着かなくさせた。
彼は白い髪の隙間から黒い瞳をのぞかせ、僕に手を伸ばした。
「そんなところで立ってないで、こっちにおいでよ。」
僕はこくりとうなづき、ベッドに腰を下ろした。そして、その美しい人の頬に手を当て、そっと唇を重ねる。さっきまで煙草を吸っていたのか、ふわっと煙草の葉の臭いがした。
酔いも回って、ちょっとキスしただけで、恐ろしく興奮した。僕は目を閉じて、貪るように口づけをする。彼の息遣いも荒く、激しくキスを返した。冷たかった身体が一瞬で熱く火照る。
口を離すと、涎が糸を引いて落ちた。彼の顔は赤みが増し、快楽にうっとりとしていた。僕は彼の肩にかかっていた掛ふとんをベッドに落とし、首を舐める。
彼はぴくっと身体を震わせ、つぶやく。
「灯り消して…」
僕は首にちゅちゅっとキスしながら、
「今日は、つけたままでしたい。それじゃだめ?」
「でも…恥ずかしいよ…。ボクすごく乱れてしまうし…、それを見られたくない…」
「僕は見たい。それに、ベオはとってもきれいだから、大丈夫だよ。」
「…せめて、もう少しだけ暗くして…」
恥ずかしそうに口元を手で覆いながらつぶやく。僕はランタンの明かりを少し暗くした。薄暗い景色の中でも、彼の表情がはっきり見えた。
もう一度、唇にキスし、それから、身体に口づけする。少し触れるだけで、彼の身体がびくびくと痙攣した。気持ちよさそうな息遣いに、抑えていた欲求が溢れ出す。
両手で乳首に触れると、彼が「あっ…んっ…」と小さく叫び、身体をくねらせた。そのまま壁にもたれかかる。僕が指先でつまんだり、引っ張ったりする度に声が出て、顔が快楽に歪んだ。それを眺めているだけで、下半身が熱を持って大きくなった。
ふと下を見ると、彼の大きく反り返ったものが目に入った。僕は乳首から手を離し、顔をそれに近づける。手で持ち、舌先でペロリと舐めた。彼の身体がまたぴくっと震えた。だが、何も言わない。
僕は舌先でまんべんなく舐め、それから、大きく口を開いて、かぷっと咥えた。「うっ」と彼が呻く。口の中で何かがじわっと溢れ出した。
ちらっと彼の顔を伺うと、歯を食いしばって何かに耐えていた。その顔が、また性欲を刺激する。
舌で舐めながら、ゆっくりと頭を上下に動かす。ずぼずぼと擦れる音と、高い喘ぎ声が部屋に響いた。
彼は短く息は吐きながら、
「君の口の中…とっても熱いね…。気持ち…いい…」
僕の頭を優しく撫でた。前は暗くてよく見えなかったが、こんなに乱れた表情をするのかと、ついつい見入ってしまう。
彼は「ああ…うう…あ…」と小さく声を漏らした。口がだらしなく半開きになっている。さらに、視線を上げると、薄っすら瞳を開いていることに気づいた。僕が彼のものを咥えている様子を見て、興奮している。それに気づいた瞬間、理性が吹っ飛んだ。
思いっきり吸いながら激しく動かす。彼の身体が大きく痙攣し、
「待って、待って! そんなに激しくしたら出ちゃう! やめて!」
僕の頭を掴んで止めようとした。だが、その手を掴んで、ベッドに押さえつける。彼は「ああああ」と狂ったように叫び、
「出ちゃう、出ちゃう、うっ、ん―――――!」
身体が大きく反り返る。その瞬間、口の中に生温い液体が飛び出した。咽喉の奥に入ってむせる。ゲホゲホと咳んで、口の中の液体を手のひらに吐き出した。ねっとりとした白い液体が、口からぼたぼたと落ちる。鼻の奥が嫌な生臭さに満ちて、ちょっと顔をしかめる。
彼はだらりと壁にもたれ掛かり、身体を痙攣させていた。まだ先っぽから液体が滴っていた。触れると、ぴくぴくと脈打っていた。僕は自分の手をタオルで拭き、それから、彼の下半身を拭った。
彼は、まだ身体に力が入らないようで、潤んだ瞳で僕をぼんやり見つめていた。水を口に含み、彼に差し出す。彼は小さく「ありがとう」と言って、ごくごくと飲んだ。
飲み方が乱暴で口の端から水滴が滴る。それを舐めとると、彼は少し疲れたように微笑んで、
「君、本当に乱暴なんだから…。こんなに激しいのは初めてだよ…」
「…激しくされるの嫌? やめた方がいい?」
「…いいや、嫌いじゃないよ。もっとしたい。まだ、できる?」
「もちろん。」
唇を重ねる。彼の手が僕の頬に優しく触れ、それから、ゆっくりと下に下りて行った。乳首に触れ、指の腹で撫で始めた。実は乳首を触られても、正直あまり気持ちよくない。でも、せっかくのムードを壊しくたくなかった。
しばらく、キスをしながら触り続けていたが、どうやら気持ちよくないと気づいたようで、指が離れる。指先がお腹をなぞりながら、さらに下に下りて行く。
その細い指が、僕の大きくなったものに触れた。分かっていたのに、身体がビクッと痙攣する。彼は握ることなく、パンツの上から指先で優しく撫でた。その焦らすような触り方に、身体全体が興奮で熱くなった。
早く握ってほしい。早く早く早く。
あまりにじれったくて「ううう」と声が出る。すると、彼が急にパンツに手を突っ込み、ぐっと掴んだ。強い衝撃に、口から「あっ!」と叫び声が出る。
いつもは幽霊のように実体がなく、非力に見えるのに、今は強い力で僕のものを握っていた。パンツを少しずらして出すと、一番気持ちのよいリズムでしごき始める。
僕は夢中になって、ふうふうと荒く呼吸しながら、彼と舌を絡め合った。
どんどんと先っぽから液体が溢れているのが分かる。自分でする時と、全然違う。誰かに触ってもらうのが、こんなに気持ちいいなんて…
何度も何度も快楽が襲ってきて出そうになった。でも、それを我慢すると、もっと気持ちいいのよい波が身体を満たすので、ついつい我慢してしまう。
彼はずっとしごき続けていた。普通なら疲れて、スピードが落ちるところだが、いつまでも変わらない。それが、ちょっと不思議だった。
口を離して、ちらっと彼を見る。彼も、それに気づいて目を細めて微笑んだ。きれいだ。あまりにきれいで、彼のすべてが欲しくなる。
僕はその頬にちゅっとキスをして、囁く。
「…入れてもいい?」
彼の手の動きが止まる。少し間が開き、
「…いいよ。」
小さく答えた。僕は「ありがとう」と額にキスし、彼を押し倒す。彼は居心地悪そうに身じろいで、足を立てて股をぎゅっと閉じた。どうせ広げてしまうのに、どうして閉じてしまうのだろうと不思議に思う。でも、拒むように閉じた股を開くのも悪くない。
僕は自分のパンツを脱いで、白くてきれいな足に触れる。毛が生えておらず、すべすべとして気持ちがいい。
その膝小僧に手を置き、力を込めて開く。すぐに、大きくそびえ立つ棒が姿を現した。さらに、両手で膝の裏を持ち、ぐいっと前に押す。
僕は太ももの内側にキスし、それから、指で穴に触れた。やはり柔らかい。
「…準備してたんだね。」
僕が言うと、彼は恥ずかしそうに顔をそむけ、小さく「うん…」とうなづいた。その表情が、また可愛くて、性欲を刺激する。
この前と同じように、舌で柔らかくしようと顔を近づけると、急に彼が僕の額に手を当てて、
「涎だと、ちょっと痛いから、あれ使って。」
ベッドの脇を指さした。指さした先に、液体の入った瓶が置いてあった。何だろうと手に取る。蓋を取って、臭いを嗅いだ。花のような香りがする。手に出すと、冷たくとろっとしている。
そのまま液体を垂らしたら冷たいだろうと、手のひらで人肌ほど温める。そして、液体を彼のお尻にぴちゃっと付けた。彼の身体がぴくっと震える。それから、べとべとした指で穴に触れ、優しく優しく広げるように柔らかくした。既に柔らかくなっていたので、すぐに指が三本入るほど広がる。
僕は自分の固くなったものを持ち、その穴に押し当てた。そして、ぐっと力を込める。すると、彼が「ううう」と低い声で呻いた。
「…痛い? 大丈夫?」
僕が聞くと、彼は少し無理するように笑って、
「大丈夫だよ…。でも、もうちょっとゆっくり入れて…」
僕はぐいぐいと押し込むのをやめ、時間をかけて挿入する。
中に入れば入るほど、きつくて温かくて、気持ちがいい。彼の喘ぎ声を聴きながら、ゆっくり奥まで入れる。
最初は彼を気遣うように、優しく優しく動く。それでも、だんだんと物足りなくなってきて、僕は短く「はっはっ」と息を吐きながら、激しく腰を動かした。この前は彼が動いてくれたので、されるがままだったが、今回は自分で動ける。自分の一番気持ちがいいところ、そして、彼の表情が乱れるところを狙って、ずぼずぼと出し入れする。
あんまりにも気持ち良くて、動きを止めることができない。ベッドに手をついて、ひたすら突き続ける。すると、彼が僕の手を握った。
「ねえ、ニズ、キスして…」
僕はぐいっと身体を前に倒し、彼に顔を寄せる。奥に当たったのか、彼が「あっ!」と短く叫び、顔をしかめる。汗の浮かんだ額。潤んだ瞳。熱い呼吸。目を閉じると、すうと涙の筋が落ちて行った。
僕は彼の額にキスし、それから、唇に口づけした。口を離しても、まだ唇の感触が残っていた。いつもするキスとは違う。不思議な熱さを感じた。
身体を離し、さらに腰を動かす。彼の手が僕の背中に触る。突けば突くほど、彼の手が僕の背中にしがみつくように、爪を立てる。彼の足が僕の足に絡みつく。そうやって、僕たちは長く交わった。
ついに、我慢の限界を迎え、「イきそう…」とつぶやく。彼が小さく「出していいよ…」と言うのが聞こえた。
もう出る…!という時になって、咄嗟に抜く。手で押さえる暇もなく、先っぽから温かい液体が勢いよく飛び出した。少し遅れて手のひらで押さえる。頭の先からつま先まで、しびれるような快楽が走り抜けた。
快楽が過ぎ去っても、びゅーびゅーと止まることなく溢れる精液に、手のひらが汚れる。やがて勢いがとまり、手を離すと、白い粘着性のある液体がべったりとついていた。
興奮で熱くなっていた身体が一気に冷める。何だか頭がすっきりとして、心地の良い疲れに満たされていた。
ふと視線を上げると、彼の身体も精液で汚れていた。僕が抜いたタイミングで、同じようにイッたようだ。
汚れた身体をタオルで拭い、シーツを変え、ベッドに横たわった。僕たちには、このベッドは広すぎる。特に足の先からベッドの淵まで、随分と距離があった。前は身長の高い人が使っていたのだろう。
彼に腕枕しようと腕を伸ばす。彼は頭を浮かせて、首の下に腕を入れてくれた。そして、僕の方を見た。少し恥ずかしそうに、囁く。
「ねえ、ニズ、抱きしめて…」
僕は「もちろん」と優しく抱きしめる。彼は僕の胸に顔を埋め、僕のことを抱きしめた。彼から抱きしめられるのは初めてで、少し驚く。
「…気持ちよかった?」
僕が聞くと、彼はこくりとうなづき、
「とても…気持ちが良かった…。ニズとボクは身体の相性がいいね…」
小さくつぶやいた。こんなに素直に答えると思わず、赤面する。可愛い。ひたすら、可愛い。この人が僕の恋…と思った瞬間、はっと我に返った。違う。彼は僕の恋人ではなく、僕が好きな人。そこをはき違えたらだめだ。
それでも、手を握って、抱きしめて、キスをして、夜にはセックスする。この関係を表すとしたら、やっぱり恋人同士という言葉なのだろう。
でも、彼は僕を好きにはならない。これは、僕が彼の恋人の生まれ変わりだから、成り立っているだけだ。分かってる。分かってるよ。
僕は僕の腕の中で満足そうに眠る彼を眺めながら、顔をしかめる。
それなら、この胸を締め付けるような苦しさは、一体どうしたらいいんだ。
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