ex 知らぬが仏
(こりゃロイ君、何か隠したな)
占い結果を語るロイを見てカーチェスは内心そう判断する。
自惚れかもしれないが、人間観察は得意な方だ。
それが得意だったからこそ、憲兵庁公安部に所属し現場でそれなりの成果を上げる事ができてきたのだと思う。
流石に今の立場に収まるだけの器ではないと自覚はしているが。
とにかく、そんな自分から見てロイの声音や表情は明らかに何かを隠したものだった。
おそらくそれを伝える事自体が不利益になりかねないのだろう。
こちら側にではなく、アンナ・ベルナールにとって。
果たしてそれは一体何なのだろうか。
裏で問い詰めれば教えて貰えるかもしれないが、流石に此処で背中から撃つような真似は出来ない。
故に考える。
普通に考えてアンナ・ベルナールという人間が別の場所で行動している味方と合流する事が全体で見てマイナスに働くとは考えにくい。
例えば合流する相手が利害関係が一致しているだけで険悪な相手や、そうでなくとも顔も合わせた事のない不特定多数だとすれば話は変わって来るが、どうやらその様子もない。
ただ気の知れた仲間の所に戻るだけ。
そこに戻ってはいけない理由として考えられる事はなんだ。
……単純な危険なら踏み越える意思がありそうなこの女に情報を流さない理由があるとすれば一体なんだ。
考えられる可能性として挙げられるのが一つ。
アンナ・ベルナールの仲間が辿り着く情報が、アンナ・ベルナールにとって致命的な程に都合が悪い場合だ。
知らぬが仏という言葉がある通り、物理的な危険以上に回避すべき何かがある。
当然、都合の悪い情報が一体何なのかは分からないが……それでも仮説の一つも立てられない訳じゃない。
(……近しい人間が悪い意味で関わっているとか、か?)
職務上、アンナ・ベルナールの情報はある程度握っている。
彼女に関わり合いのある親戚筋はいない。
そして母親は随分昔に病に倒れて無くなっていて……残った肉親は父親のユアン・ベルナールのみ。
黒い噂がいくつもあり、公安の監視対象にもなっていた男が一人。
諸々の問題を言動、及び実力で実行しかねない男が一人。
そして上がってきた情報によると、魔正教の本部に優秀な魔術研究の権威が加わったのだそうだ。
……繋がる。
(だとしたら……俺でも止めるな)
当然、ロイが見たのがそうした結果だったのかは分からない。
分からないがもしそうなら。
そうでなくともそれに準ずるものだったとすれば。
(それはオブラートに包んでも伝え辛い)
その関係性が良かろうと悪かろうと、聞いていて気分のいい話ではない。
一体その相手にどんな感情を向けていようと、こればかりは知らぬが仏という事になる。
……願わくば自分の組んだ仮説が的外れであるようにと、カーチェスは考える。
本心として、アンナ・ベルナールに良くない事が起きて欲しくないと思っているのだから。
悪い事をしたと、まともな倫理観を持っていれば関わった全員が思っている筈だから。
☆★☆
「今日はあなたに素敵な出会いが、ね」
とあるカルト宗教が運営する施設の一室にて、新聞の占いコーナーに目を落としながらユアン・ベルナールはそう呟く。
別に占いなんてものを信じている訳ではない。
これまでかつて組んだ未来予知の魔術が示した通りの行動をしてきた彼にとって、結果的に的外れな事が分かっている占いを信じられる訳が無かった。
だけどそれでもこうして目を落としてしまっているのは、かつて組んだ未来予知のレールから外れてしまっているからだろうか。
「妻と娘と出会う事が出来た。それ以上に素敵な出会いなんてないよ」
自分の予知とはまるで違う何かに、全部を壊してもらいたいからなのか。
(……壊せるものなら壊して欲しいよ)
壊して欲しいからに決まっている。
都合の良い事が起きて、自分のプラン以外で全てがうまく行ってくれるならそれ以上の事は無い。
そうした上で、来月にある妻の命日に墓参りにもいけない自分の策略を壊してくれるなら。
娘とまともな会話を交わす事もできない今を壊してくれるなら。
それ以上の事は無い。
─────
今回で4章(表)終了です。
次回より四章(裏)、実質的に四章のメインみたいな話になります。
よろしくお願いします!
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