ex 受付聖女達、食事会というよりは飲み会
乾杯の後に口を付けた飲み物がアルコールだったという事はシズクもすぐに理解できていた。
明らかなオーダーミスだ。
とはいえ別に店員を呼びつけたりはしなかった。
此処で変に指摘して折角の焼肉を食べる空気が盛り下がるのも嫌だったし、何より普段自分からは飲まないが別に飲めない訳ではない。
冒険者ギルドの受付嬢として就職した時に、歓迎会で少し飲んだ事があるが寧ろ嫌いでは無かった。
そしてこの後、アルコールが体内に入った状態でやってはいけない事をやる予定も無い。
だからまあ気にせず飲んで、目の前の焼肉を楽しんでいこうと思い……此処まで楽しんできた訳だが。
(これはちょっと判断ミスだったかもしれないっすね)
シズクはカルビを裏返しながら、周囲の皆に視線を向ける。
「それでぇ! ルカ君が全然振り向いてくれなくてぇ!」
「えー大丈夫だってー、アイツ滅茶苦茶ミカの事大事にしてるってぇ」
「それはわかるけどぉ……わっかるけどぉ! なんか違ぅ……というかアンナさん……なんかこう……ルカ君と距離近いよぉ!」
「えーそんな事無いってぇ……無いよ全然……えへへ」
「怪しい……ほら絶対怪しいよねシズク!」
「ちょ、ちょっと一回落ち着かないっすか? ほら水飲んで水」
どうやらアルコールが来ていたのは自分だけではなく、他の皆もそうだったらしい。そしておそらく同じような理由で申告しなかったのだろう。
結果テーブルに素面に戻ったら頭抱えそうな酔い方をしている面子が居る。
……いや、居るというか、そっちの方が多数派だ。
「あーくそ、なんかいいなぁ浮ついた話できるの! 俺も浮ついた話してえよ! ていうか浮ついた事起きてくれよぉ……」
「考え方を変えたらどうです? 起きるのを待つのではなく起こすのですわ」
「おお、流石唯一の彼氏持ち……なんかそれっぽい事言うな……でも一体どうしたら……モテたくてドラム始めた時だって女の子しか寄って来なかったし……」
「手始めに自分を変える所からしてみたらいかがですか?」
「というとぉ? なぁに変えりゃ良いんだぁ俺は?」
「今のご時世ぃ……こんな事を言うのは良くないのかもしれませんがぁ……立ち振る舞い。そう、立ち振舞いですわ! その男っぽい喋り方をまず女の子っぽくしてみてはいかがですの?」
「な、成程……成程なぁ………………でもこれ俺の内側から湧き出るアイデンティティだろぉ! そのままの俺を可愛いって思って貰いたい!」
「成程……変えろとは言いましたがその考え……嫌いではありませんわ! 自分を強く持って生きなさい。応援いたしますわ!」
「おう、ありがと! ……ちなみにミーシャの喋り方はそれ素?」
「素ですわ! 昔も今もこうですわ!」
「すっげぇ……」
「ああそうだ唯一の彼氏持ちのミーシャさん。私どうしたらルカ君に……好きな人に振り向いてもらえると思いますか!?」
「ノリと勢い」
「ノリと勢い……よーし! 私、アンナさんに負けませんから!」
「え、何の勝負ぅ? あ、すみませーん。レモンサワー追加でお願いしまーす」
「私もお願いします」
「あ、俺も同じの」
「私もお願いしますわ」
「ちょ、皆さん明らかにお酒弱いのにペースが……あ、すみません、お冷ピッチャーでお願いするっす」
オーダーしながらシズクは心中で呟く。
(駄目だ皆タガが外れてる……今は素面じゃ言わなそうな事を言ってるだけだけど、これはボクがしっかりしないと……)
呟きながら思い出す。
ギルドでげっそりしていた、前日上の人間との飲み会に参加していた部長の言葉だ。
『飲み会で酔わねえ奴は損だぞ。話通じるのは素面な奴だけだからな……酒飲んで暴れた奴の代わりに謝ったりフォロー入れたりする役割が周ってくるからよ……くそ本部の馬鹿共、人が謝ってる時に酒瓶で殴ってきやがって……』
終わり際の言葉のような物騒な事はこのメンツでは無いと思う、というか普通は無いとは思うのだが……それでも、酔ってない人間がしっかりしないといけないというのは社会人の教訓として受け取っている。
だから自分がしっかりしないといけない。
(いや、ボクじゃなく……ボク達がっすね)
「そんな訳で変な方向に拗れ始めたらボクとシルヴィさんの年下組でなんとかするっすよ」
「もうだいぶ拗れてませんかね? まあ分かってますよ。あ、ほらアンナさんが育ててた肉、早く取らないと焦げますよ」
(……うん、やっぱりシルヴィさんだけ素面だ)
おそらく流れを考えるとファーストオーダーの段階でシルヴィにも酒が提供されている筈だが、他の皆が最初の一杯でどこかおかしくなり始めていた中、シルヴィに変化は無い。
(というか……マジでシルヴィさんが無事で良かったぁ!)
一人じゃないという事以上に……シルヴィがこういう時に最もどう転ぶか分からないメンバーだったからだ。
それこそ酔って暴れたり、酔って寝て暴れたりしてもおかしくない。
一番大人しそうな見た目と雰囲気なのに、間違いなくこのパーティで一番エキセントリック。
それがシルヴィだ。
「シルヴィさん。ほんと無事でいてくれてありがとうございます。ほんと良かったぁ」
「え、大袈裟じゃないですか? なんかこう、酔ってないの一人だけじゃなかったというよりは、私が酔ったら大変な事になりそうって思ってたタイプの安堵じゃないですか? ……これってまたいつもの悪質な冗談だったりします? もしかしてシズクさんも酔ってるんじゃないですか?」
(……シルヴィさんのとぼけっぷり、これ普段から酔ってるんじゃないですかね)
だからアルコールが入っているのにいつもと変わらないんじゃないかと、冗談のように考えて。
そして思う。
(それにしても……シルヴィさん、酔って皆さんが変わっちゃってるのと同じくらいには、素面な状態で色々変わってるんすよね)
シズクがシルヴィ達と本格的に関わり始めたのは、パーティーに誘われてからだった。
だから出発前の三人に受付嬢として接っしはしたが、その時はそれぞれの内面を深く知れた訳では無い。
だけど最初の依頼の際、シルヴィが弱気で自分に自信が持てないような状態に陥っていた事を殆んど人伝ではあるが知っている。
それは今のシルヴィを知れば知る程信じがたく思えてしまう事だ。
それだけの大きな変化だ。
あまりに乖離している。
だけど人はそう簡単には変われないのは、今まで生きて来た中で良くも悪くも自他ともに学んできたつもりで、実際最初の依頼がシルヴィに劇的な変化を齎せた可能性は否定しないけれど、そんな単純な話ではないのではないかと思う。
あの依頼がきっかけで元に戻ったのではないだろうか。
自信を持てないマイナス思考な状態から、今のシルヴィに。
変化ではなく、回帰。
今のシルヴィこそが混じりけの無い本来の状態なのではないかと。
表立って聞くような真似はしないが、それでもそう思う。
……そう、今まであまり聞けていなかった。
(なんかいい機会かもしれないっすね)
一応自分達にもアルコールは入っている。
だからラインを見定めながら、酔ったふりして少し位触れても良いのかもしれない。
シルヴィだけでなく皆の。
聖女をやっていた頃の話を、ラインを見定めながら少しだけ。
そう、少しだけ。
きっとそう簡単に触れてはいけない、デリケートな話もあるだろうから。
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