64 聖女さん達、日常へと戻る。

 その後しばらくして、ルカとミカとも別れて私達は四人になった。


「……しっかし今日は色々ありましたね」


「ほんとにな。マジで疲れた……」


「ほんとそれっすよ。まあ悪い事ばかりじゃなかったっすけど。友達も増えたっすから」


「頭抱えなきゃいけない事も増えたけどね」


 ほんと山程に。

 起きている問題の事もそうだけど……私が全く分からなかった術式の事もね。


 そう考えながら視線を掌に落とす。

 そこにあるのは指輪。

 別れ際にしーちゃんから受け取った。


『これウチが持ってても仕方がないし、あっちゃん辺りが持っていた方が良いと思う』


 しーちゃん達が地上で戦った相手から押収した指輪。

 皆と会話しながら軽く解析してみようと思ったけど……泣きたくなる位に何も分からない。

 ……あの地下に張られていた結界を相手にしていた時と同じような感じだよ。


 ……まあそれは家に帰って一息付いたら考えるとして。

 この四人になったのなら、話しておかなければならない事がある。


「……あ、そうだ。皆に提案したい事があるんだけど、いいかな?」


 とても大事な話だ。


「ん? なんですか?」


「別に良いけどどうした?」


「どんと来いっすよ!」


「ありがと、じゃあ」


 遠慮無く、私は皆に提案する。


「冒険者の仕事受けるの、1日延期しない?」


「「「賛成!」」」


 どんな反応されるかと思ったけど、皆食い気味にそう言ってきたって事は、遅かれ早かれ誰かが提案していたのかもしれない。


「うん、じゃあ明日はゆっくり休もう」


 今日は明日皆で仕事するからちゃんと休むぞーって日だった訳で、それなのにこれまでの人生でぶっちぎりで一番と言って良い位、大変な事になっていて。


 これで明日すぐ仕事は……ねぇ。

 無理だよ色々と。


 そんな事を考えていると、シルヴィが言う。


「でも……そもそも私達って悠長に冒険者とかやっていても良いんですかね? いや、まあ今は他にできる事とか何も無いんですけど」


 気持ちは分かるよ。

 何かが起きているのは間違いなくて、私達に今すぐにできる事が殆ど何も無いとはいえ、言わば日常生活に戻って良いものなのか。

 正直その辺は引っ掛かりはする。

 引っ掛かりはするけど。


「ま、シルヴィの言う通り今は何もできないんだから、いつも通りというか、これからいつも通りにしていけば良いんじゃないかな?」


 この判断はもしかするとちょっと無責任なのかもしれないけれど、それでも。


「私達は私達が動かないといけないようなタイミングが来たら、私達なりに全力尽くしていけば良いでしょ。きっと今はまだその時じゃないよ」


 寧ろその時に全力を尽くす為に、闇雲に動いたりしちゃ駄目なんじゃないかって思う。いろんな意味でさ。


 それに。


「それに私達はもう新しい生活を始めている訳だからさ。そっちを疎かにするのも違うんじゃないかな?」


 皆各々聖女だった時とは違う生活を始めていて……特にほら、シズクなんてちゃんと就活して就職までしている訳で。謹慎中だけど。

 だから責任感を持つのは大事だけど、どっちも大事ならどっちも頑張らないとね。


「ま、アンナの言う通りだな」


「そうっすよ。それに……ボクの場合、こっちを疎かにすると生活費が……」


「えーっと……本当に大丈夫? 少し貸そうか?」


「明後日大丈夫にしに行くんで大丈夫っす」


「そ、そっか……まあそんな感じだよシルヴィ」


 だけど、と私は言う。


「もしさ、どうしても何かやらないといけない事があるってなったら話は別だけどさ」


「やらないといけない事……ですか」


「ほら、私達が聖女としての役職を解任されて追放された事には九割九分裏がある訳で。そうなってきたら事情は変わるでしょ。そういう理由なら、故意で酷い扱いを受けたんじゃないなら、無理してでも国の為に動かないといけないって思うならそれはそれでアリだと思うし」


 私はどういう事情であれ、あんまり乗り気がしない。

 皆の前では言いにくいけど……それはそう。

 だけどルカにも言われた通り。それに頷いたように。

 

 皆がそうじゃないなら、その手助けは全力でしたい。


 下手に動くなと言われていても。下手に動くことが良くない事が分かっていても。

 それでも。


 そしてそれはステラやシズクも同じなのだろう。


「もしそうなら遠慮せずに言えよ」


「ちょっとしばらくもやし生活になりそうっすけど、協力するっすよ」


「……アンナも言ってたけど、少し貸そうか?」


「もし、何かするってなった場合だと……ちょーっと貸していただけると助かるっす。謹慎空けて給料出たら返すんで……それで、どうっすか?」


 そしてシルヴィは言う。


「大丈夫です。無理してまでそういう事をするつもりはないですから。ただちょっとそれで良いのかなって思っただけで」


「そっか。ごめん、変な事聞いて」


 言われて、どこかでそりゃそうかと腑に落ちる。

 結局私達は四人共、それぞれの過去について踏み込んだ話はしていない。必要が無ければあまり詮索するべきじゃないと思ってる。

 だから今回もこれ以上踏み込まないし、結局憶測でしか無いんだけど……納得できるよ。


 シルヴィは私達と出会った時、自分に全く自身が持てないでいた。

 だけど一度の成功体験で、多分私達の中で一番メンタルが強いんじゃないかって位な感じになっていて。

 多分こうなれる子なんだシルヴィは。


 それが私達と出会った時は、あんな事になっていた。

 そうなる状況に身を置いていたんだ。


 だから……そういう回答が返って来るのは当然の事のように思えた。


「そういう事なら明後日は冒険者の仕事を頑張ろうな」


「よーし! 稼ぐっすよ生活費!」


 そういう二人もシルヴィに問いかける側に回っていたんだから、きっと何かがあるんだろう。

 もしくは……渦中に飛び込んでいこうと思えない程度に何も無かったか。

 どちらにしても、ひとまず待機が私達の答え。

 だからひとまず新しい日常へと戻る事にする。


「じゃあ明後日、冒険者ギルドに集合で」


「はい!」


「おう!」


「了解っす!」


 しばらくは冒険者をやっていこうと思うよ。

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