57 聖女さん、嘘を吐く

「お待たせ! 娘さん連れ戻して来たよ!」


 喫茶店の中に足を踏み入れた私は、ミカが背負っている女の子のお母さんを見つけてそう言う。

 するとお母さんはハッと顔を上げ、急いで入口まで走ってくる。


「この子で間違いありませんか?」


「は、はい! その子です!」


 ミカの問いにそう答えたお母さんは、ミカから女の子を受け取り抱き締める。

 泣きながら……よっぽど心配だったんだろう。

 まあ普通はそうだよね。

 もし昔の私が同じような目に会っていたらお母さんはこんな感じだったのかな。

 あのクズは多分気にもしないだろうけど。


 そしてまだ眠っている女の子を抱き抱えながら女の子のお母さんは言う。


「あ、ありがとうございます……あ、あの……なんてお礼を言えばいいのか……」


「いいよそんなの。私達は当然の事をしただけだから」


「そ、そうですか……で、でもいつか。いつか何かの形でお礼を……」


「じゃあ今度どこかであったらね」


 このまま拒否し続けても平行線だろうから私がそう言った所で、お母さんが何かに気付いたように言う。


「と、ところで……一緒に居た彼氏さんの姿が見えませんが、大丈夫ですか?」


「彼氏? ……いやいやいや、私達そういう関係じゃ……」


「あ、そうなんですか……すみません。この子を助けに行ってくれるってなった時、とても息がピッタリだったもので……」


「あの、本当にそういう関係じゃないんですよね?」


「違う違う! ……違うよ?」


 な、なんかミカからの圧が凄い!


 と、そこで女の子のお母さんが言う。


「ところで……ウチの娘は一体どういう事に巻き込まれていたんでしょうか? 実はお店の人が憲兵に通報してくれて、同じような事がそこら中で起きているみたいで……」


「えーっと、そうだね……」


 確かに保護者なら自分の子供がどういう事件に巻き込まれていたのかは気になると思う。

 ……だけどどこまで話しても良いんだろ?

 流石に娘さんがテロの道具にされかかってましたなんて事は言いにくいし……というかどう答えても安心させられるような事言えないしね。

 ……うん、まともな事は何も言えないかな。

 言えないけど、これ位は言っておいた方が良いかも。


「それは良く分かんなかったけどさ、とりあえず誘拐犯達はぶっ飛ばしておいたよ。だからもう安心じゃないかな?」


 まあ嘘だけどさ。

 確かに私達皆で各々色々とぶん殴ったりしてきた訳だけどさ、結局親玉らしき相手には逃げられている訳で、果たしてこの子が巻き込まれた一件が本当の意味で解決しているかどうかと言われたら、多分そうじゃないと思う。

 安心かといえば、それは分からないとしか言えない。

 だけどそんな事を言ったって不安にさせるだけだからさ。

 それにその不安を取り除く事だって多分難しいだろうし。


 だから今はこれで良いというか、こうする事位しかできないんじゃないかって思う。


「そ、そうですか。よかった……」


 だけどそうやって嘘を吐いちゃったなら、それ相応の事はやらないといけないと思うから。


「あ、でももしまた何かあったら言ってよ。一応冒険者ギルドの方に登録してるから、私の名前言ってくれればなんかうまく繋いでくれるんじゃないかって思うし。あ、自己紹介してなかったけど、私はアンナ・ベルナール。覚えといてよ」


 冒険者ギルドは私の連絡先までは把握していないけど、それでもシズクの連絡先は当然知ってるだろうし、シズク経由で私に連絡してもらう事もできるんじゃないかな。シズクの家経由で私の家に行く歪な状態になっている訳だしね。


 そうやって連絡が来るような事態になったら、やれるだけの事はやりたいと思う。

 私の判断で嘘を吐いたんだから、その位の責任は持たないといけないよね。


 ちゃんと責任を持てるだけの力が私にあるのかどうかは、結構微妙な所だけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る