ex 受付聖女、冷静になる

(……さて、どうするっすかね)


 恐らくマルコを説得する事は難しいだろう。

 クライドの言っていた一般人の女子供云々はともかく、怪我人がいるというのは事実で。 

 最低限その治療が終わるまでは、目の前のマルコという人間は絶対にシエルを危険な場所に向かわせたりはしないだろう。

 もし逆の立場なら絶対に行かせない。怪我が治っていてもだ。

 特にマルコの場合シエルに対しての当たりは強いが、この人結構普通にシエルの事を心配していそうなので、その辺は多分鉄壁だろう


 そしてシエルの治療の為があるから自分も動けない。

 唯一ミカだけがうまく理由を付けてこの場から抜け出せるかもしれないが……現状ミカはシルヴィの魔術の効力でまともに戦えない。

 そんなミカを一人にしておくのは、シズクからしてもまずいとは思う。


 ……もしミカが行くなら、絶対に自分も付いていかなければならないとは思う。


 ではこの場で取れる選択は何なのだろうか?

 強行突破だろうか?

 そんな考えが一瞬浮かんできたが、すぐに撤回する。


(……ここで暴力沙汰は避けたいっすからね。ましてや協力してくれてる人達相手に)


 それは一般常識的に考えて、絶対にやってはいけない事だ。

 自分の我を通す為に善人……かは分からないが協力してくれている相手にそんな事はできない。


(あ、そうだミカの転移魔術。それなら……いや、ちょっと待つっすよ)


 それも思いついたが、考えている内に少し冷静になってくる。

 冷静になって、自分の中での矛盾に気付いた。


 今回の一件に対する自分の認識は変わった。

 ただでさえスケールが大きい今回の一件に、アンナと同等とも言える力を持つルカが援軍を要請している。

 それだけ危険度が高い。

 冒険者ギルドが出す依頼に照らし合わせると、最上位の危険度。

 否、その更に先とも言えるかもしれない。


 そんな場所に。


(……そんな場所にこの二人を連れて行くつもりなんすか?)


 先程、自分が逆の立場なら絶対に行かせないと思った。

 シエルが例え怪我を負っていようと負っていなかろうと。

 そして万全なミカならきっと止めはしないだろうけど、今のミカはまともに戦えない。


 絶対にそんな場所に連れて行ってはいけない。


(ああ、なるほど)


 理解した。

 危険度が完全に振り切った時点で、自分はもう逆の立場に立っている。


「……ルカ君、大丈夫かな?」


「あっちゃんも結構ヤバいかも……」


 今の状態の二人をそんな危険地帯に突入させる訳にはいかない。


(……止める側っすね、ボクは)


 自分は行くべきだと思うが、この二人は駄目だ。

 故に此処では二対二。

 何かあった時にうまく説得しなければならない。

 ……とはいえ。


(でもミカさんに転移魔術を使われたら手の打ちようが無いんすよね……)


 出入口を塞いでもミカなら出られる。

 そして脱出する素振りを見せずに脱出できる。

 ……だが。


(でも今の時点で何もしていない時点で、一応は留まってくれる感じなんすかね?)


 別に読心術を使える訳でもない。

 知り合ってあまり時間も経っていないから、その不安げな表情の裏で何を考えているのかも分からない。

 だけど……今は踏み留まってくれている。


(……まあこう言っちゃなんすけど、今のミカはボクの強化魔術が無いとまともに戦えないっすからね)


 その魔術はもう解いてあるし、仮に掛かっていても目的地まで効果範囲が届くかも分からない。

 ……流石に何もできない丸腰状態で。

 ルカの足手纏いにしかならない状況で突っ込むつもりはないのかもしれない。


 だからこちらは余程の事が無い限り大丈夫かもしれない。


「ああ、駄目だ心配だ。マコっちゃん。ウチも行かせてくれないかな」


「だから駄目だって。怪我人は大人しくしてろ」


「そんな事言ってたら今度ウチの伝手で取ってあげるって言ってたライブのチケット、取ってあげないよ?」


「それでもだ」


「駄目だ全く動じない……」


「これで動じるような倫理観持ってる奴は此処に居ねえよ」


「あーじゃあどうしようかなーッ!」


 シエルの方はまだまだ出ていく気満々みたいで。


(……これ意図的にゆっくり治療した方が良いんじゃないっすかね?)


 まあそんな事はしないが。


 もっともミカと違いシエルが強硬手段に出た場合は止められる筈だ……多分。


 と、二人を警戒していた所でマルコが言う。


「ところでだ。ギルドの受付嬢……お前、色々聞いておきたい事があるんじゃねえか?」


 まるでシズクだけでも外へ出る意識を逸らさせるように。

 ……実際もう何もされなくても逸れているのだが、確かに聞きたい事は山のようにある。


「まあ……そうっすね」


 ……本人不在の所で聞くのは若干気が引けるが、これで二人の意識も逸れてくれればと思いながらシズクはマルコに問う。


「部長はなんでマフィアのボスなんて……いや、逆か。なんでマフィアのボスが一企業の中間管理職なんてやってるんすか? まさかとは思うっすけど、冒険者ギルドってマフィアのフロント企業だったりするんすかね?」


「いや、冒険者ギルドはウチとは関係ねえ真っ当な企業だ。もしウチのフロント企業だったらあの馬鹿を中間管理職なんかにしとくか。ったくギルドの上層部の野郎共舐めた事ばかりしやがって。一体何処の誰に暴言吐いてると思ってんだマジで」


 キレ気味にそう言うマルコ。


(……多分これマジギレの奴っすね)


 さっきシエルに怒鳴ってたのとは雰囲気が違いすぎる。


「じゃ、じゃあそれこそなんで冒険者ギルドになんて……」


「此処があの馬鹿の実家。で、アイツはマフィアだとかそういうのは好きじゃない。だから普通に就職した。それだけだ」


「それだけって……でも結局マフィアのボスをやってるんすよね?」


「……ダブルスタンダードって奴だ。嫌いな反面この組織が必要だとも考えている。例えば今日みたいな事もあるからな。だから親父さんが亡くなった時に紆余曲折有ったがアイツが継ぐ事になった。アイツが継いだおかげで元々甘々な組織だったのに、それに拍車が掛かっちまったよ。実質憲兵より憲兵らしい事やってんじゃねえか」


「でもそれならなんでまだ中間管理職なんて……」


「根っこは真っ当に生きたい人間だからだろ。そこは俺達も尊重したいし、アイツが表で一般人として生活する事に支障が出ねえよう目立つことはやらなくていいようにしている。実は反社の頭でしたってなったら企業のコンプラ的にクビ跳ぶからな」


「た、確かに……」


 別に正体がバレても現場の人間は気にしないし、寧ろ総出で擁護しそうな気もするが、流石に上層部が良しとはしないだろう。


(色々あって謹慎中のボクより危うい立場っすね……)


 とても綱渡りな社会人生活だ。


「まあアイツに関してはそんなもんだ。だから……まあ、そうだな。アイツの事は他言無用で頼む」


「は、はいそれは勿論……色々とお世話になってるっすから。お陰様でクビにならなくて済んだし」


 で、そこまで話してもう一つだけ気になった事を問いかける。


「それで、もう一つ聞きたいんすけど……」


「なんだ?」


「えーっと、今部長たちが向かおうとしている所ってとんでもない危険地帯になってると思うんすけど……部長達、大丈夫なんすかね?」


 今の状況下でシエルとミカをその場所に連れていく事には強い躊躇いを覚える。

 だけど同じように、クライドを含めたこれから突入しようとしている面々に向かってもらうのも正直躊躇う。

 一個人の実力だけを考えれば、少なくともクライド達がアンナ達程の強さを持っているとは失礼かもしれないけれど思えなかったから。


 見ただけで分かる程の振り切った強さを持っていない事は、シズクには分かってしまうから。


「さあな」


 マルコは言う。


「だけど俺達はそういう修羅場を何度も何度も乗り越えてきた。隣にいる誰かが大丈夫なように、皆必死こいて頑張るんだよ。だから……大丈夫だって思いたい」


 そう言ってマルコは苦笑いを浮かべる。


「そんな訳だから本当は俺も行きてえんだけどなぁ!」


「あ、じゃあウチ達と一緒に行かない?」


「お前らが居るから行けねえんだよなぁ……」


 と、軽くため息交じりでそう言ったマルコは、一拍空けてから諭すように言う。


「まあ各々友人達が危険な事に手ぇ出してんだ。全員無事に帰ってくるように祈っておこうぜ。俺達に出来んのは今の所そんだけだろ」


「……まあそうっすね。今の所はそうする事にするっすよ」


「え、シズクちゃんそれで納得しちゃった!? ってミカちゃんも祈り出してるし……うわすっごい様になってる」


「ほんとっすね……」


 別に現実の聖女は創作物みたいに滅茶苦茶祈り捧げてます! みたいな役職では無いのだが……なんというか、凄く聖女みたいだ。

 結局例の喫茶店を出てから色々話す予定が潰れてしまって、ミカが黒装束の片割れという事だけ分かっていて、聖女だったかどうかは確定まではしていない訳だけれど……自分を含め最近であった聖女の中で一番聖女感が凄い。


 そしてそんな風に聖女聖女しているミカと、そこまで聖女感の無いシズクを見てシエルが言う。


「これ……三対一の構図だと思ったのに、いつの間にか一対三になってない?」


「まあまあ。とりあえずシエルさんは自分の怪我治す事を考えるっすよ」


「ソイツの言う通りだ。特にお前はマジで安静にしてろ。変な動き見せたらあれだからな。睡眠薬でも服用させて医務室のベットに寝かせるからな!」


「妙に現実的な手法でこっわ」


「後そのコーラ飲め。態々俺の空けたんだからよ」


「この中に睡眠薬とか入って無いよね?」


「入れてる訳ねえだろアホか……」






 と、なんやかんやこの場の全員が、今回の一件に関わっている人間の無事を祈っている頃。






「いいか! 此処から俺がアイツを殺してもそれは俺が一人で勝手にやった事だからな!」


「いや、それは共犯でしょ! 勝手に一人で背負うな!」


 最悪な事態を想定してこの場に援軍を要請したルカ・スパーノと、共同戦線を組むアンナ・ベルナールは、最悪な事態に発展しかねない相手との戦闘を開始した。

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