ex 受付聖女達、影の男を蹂躙する

 そもそも、この戦いの苦戦は全て最悪な条件が重なったが故の物だった。

 人質を取られた上に近距離での戦闘を強いられ、ミカはシルヴィの魔術によりまともに戦えず、シズクには近距離のノウハウが全くない。

 そういう状況だからこそ酷く苦戦した。


 だけどそもそも目の前の相手は、シズクが付与した強化魔術のみの状態のミカに蹴りを一発叩き込んでも意識を奪えない程度の力しか有していない。


 あらゆる悪条件を払拭したこの状況において、影の男程度では今のシエルは止められない。


 待っているのは一方的な蹂躙だけだ。


 顎への一撃で脳を揺らし、動きが鈍った所に見事な棒術による連撃を放っていく。

 途中影による反撃なども繰り出されるが、物ともしない。

 本当に文字通り、一方的な蹂躙。


「す、すっげえっすね」


 こうなった以上、シズクにやれる事は想定外の行動を取られた際にフォローに入るための意識を向ける事だけ。

 状況に応じた強化魔術の性質変化も必要なく、ニュートラルな状態で方が付く。


 下手な水魔術での援護も邪魔になるだけだろう。

 ……なんて慢心はしない。


(ボクも続くっすかね。さっさとこの戦いを終わらせるっすよ!)


 想定外の事態への対応は当然。

 それはそれとして自身も戦闘に参加する。


 当然だ。

 シエルは大怪我を負っている。

 本来ならば下がっていてもらわないといけない。

 そして一秒でも早く決着を付けて、やれるだけの応急処置をしなければならないから。


 隙間を縫うように追撃を試みる。 


 幸い、どういう訳か周囲に人がいなくなっている。

 距離も取った。


 今ならやれることが山のようにあるから。


 その中で選択する。

 周囲の家屋に影響が出ない、小さく纏まった効果的なやり方。


(とりあえずされた事をそのまま返してやるっすよ!)


 屈み込み地面に手を起き、水属性の魔術を発動させる。


 その時丁度、辛うじてというように男がシエルの攻撃を交わしてバックステップで距離を取った。

 そして男の周囲の影から、これまでの棘のように小規模な物ではなく、背丈程の影の竜を作り出す。

 恐らくそれをシエルへと打ち込むつもりなのだろう。


 ……もっとも、撃ち込まれたところでシエルはきっとそれを回避できる。

 だけど、だとしてもだ。


(んなもんボクの友達に向けんなっすよ!)


 それはその攻撃が向けられて良い理由にはならない。

 だから止める。


 そして次の瞬間。


「ガ……ッ!?」


 男の足元の地面から極小の水の弾丸が、先の影の針の如く射出され男の体にぶち当たる。


(……よし!)


 貫通力は無い。

 あのクラスの相手には然程の殺傷能力も無いだろう。

 だけど無視できない程度のダメージは与え、体勢を崩させ敵の術式を乱す事は出来る。


 故に影の竜は霧散した。


 後はバランスを崩し防御態勢も取れない男の元に。


「倒れろおおおおおおおおおおおおおッ!」


 シエルが棒という名の鈍器を勢いよく振り下ろす。

 それで終わり。


「しゃあッ!」


 男の体は勢いよく地面へと叩き付けれた。


(……勝った)


 酷く苦戦はした。

 あまりにも状況が悪かった。

 最悪な結末も考えないといけなかった。


 だけど何はともあれ、結果良ければ全て良し。


 人質は救出して男も倒した。


 シズク達三人の大勝利である。 

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