9 黒装束の男、ガードが硬い

「話せる事を全部か……だとすれば殆どの時間を黙って過ごす事になりそうだ」


 どうやら此処まではあり得ない位スムーズにいった訳だけど、流れるように情報まで喋ってくれる程甘くはないみたいだ。

 ……まあ話させるんだけど。


「ちょっと言い方を変えようかな。話せる事を話してもらうんじゃない。私が聞きたい事を話してもらうよ」


「なるほど。これは大きく出たな……で、どうやって」


 落ち着いた様子で元黒装束の男はそう言う。

 ……そこに一切の動揺は見受けられない。

 再会した時のような慌てぶりはもう何処にも見えなくて、完全にリラックスしてコーヒーまで飲み始めている。


「どうってそりゃ――」


「まあおおよそこちらの弱みを握っているからといった所だろう」


「……ッ!」


「図星か」


 ……図星だよ。

 口には出さないけど。


 そして男は言う。


「確かにお前達から見て俺達は何かをやっていた。それもあの山から遠ざけるようにドラゴンなどを使役した上に直接殺害すらも試みた。その事実を否定するつもりはないし、それが暴かれれば俺達の立場は非常に危うい物となるだろう」


「なら……ッ!」


「で、どうやってそれを第三者に立証する」


「どうやってって……」


 反論しようと思ったけど、そこから先の言葉が出てこない。

 あれ? ……それは今の私達にできるの?


「当然と言えば当然だが、俺達が干渉した物に関しては、俺達に繋がる証拠となるものを全て抹消してある。残っているのは精々お前達の目撃証言位だ。それも黒装束の男女二人組という身元の特定に必要な要素が性別と体格程度しか含まれていない曖昧な物。その刃は俺には届かんぞ?」


「ぐぬぬ……」


 確かになんか開き直られてる気がしなくも無いけど、実際問題私達からは黒装束の男女二人組が何かヤバい事をしていて襲われましたとしか言えない。

 背丈が近くて声が似てるからコイツが犯人ですとか言っても、シラを切られれば終わりだ。

 えぇ……これ私の持ってるカード全部無くなっちゃってない?


 ……いや、まだだ。


「で、でもアンタは最初に私を見逃すと言った時に、誰かに言いふらされる可能性を、被りたくないリスクって言った。つまりアンタの特定は出来なくても、私達はリスクを負わせるカードを持っている」


 まあもうギルドで話しちゃってるから、この交渉カードはダミーみたいなもんだけど……さあ、これでどうだ!


「確かに相当やりづらくなる。もうあの場所でやるべき事は終わったが、あの場で何かが行われていた事。あの場で何かをやっていた者がいた事をしかるべき人間が認知すればそれだけやりにくくなる」


 だが、と男は言う。


「やりにくい事とやれない事は同義ではない。それと比べて俺がお前に都合の悪い事を話す事の方が遥かにリスクが大きい。高確率で計画が頓挫する……どっちのリスクを被るべきかは明白だろう」


 駄目だガードが硬い!


「というかそもそも既に誰かに話しているだろう」


「……!?」


 バレてる!


「図星か。まあ話さない理由が無いからな」


「……」


「……」


「……」


「余計なお世話かもしれないが、もうちょっと隠す努力をというか、嘘を貫き通す努力をしないか?」


「いや、ほんと余計なお世話なんだけど……」


 ……しかし参ったよ。

 今のがなんの役にも立たないとなると、私に出来る事なんてもう武力行使しかないじゃん。

 でもそれは此処じゃやれないし……くそ、コイツの都合の良い場所に逆に誘い込まれてないかな私!?


 というかまともに話聞けないなら、なんなのこの時間!?

 ちょっと前に命懸けで戦った男とお茶してるみたいになってるじゃん!

 どういう状況!?


「で、他に俺に話させる手立ては……なさそうだな」


「……糖分が足りなくて頭が回ってないだけだもん」


「だったらほら、ケーキに手を付けたらどうだ」


「……」


 促されるまま一口。

 くそぅ! 凄く美味しいよこのケーキ!

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