ex 世界の命運を捻じ曲げる者
時間は一日前。
四人の元聖女が奇跡の邂逅を果たした日の午前中に遡る。
(……やっぱりこうなった)
アンナ・ベルナールという少女が聖女を努めていたドルドット王国の謁見の間にて、二十歳という異例の年齢で大臣を勤めている青年ロイは、目の前で起きている状況に対して内心ため息を付いた。
「なんだお前! 俺はお前への誕プレのつもりでこのポスト用意したんだぞ! それを平手打ちで返すのかお前は!」
「張り倒した後に馬乗りになって殴り掛かってないだけまだ優しいとは思いませんか!? このクズ野郎!」
謁見の間にて。
アンナ・ベルナールの代わりに聖女となった抜群のプロポーションの美人女性……王の交際相手であるミーシャがブチ切れていた。
こうなるに至った理由は極めてシンプルだ。
ミーシャという女性はまともな感性の持ち主だった。
アンナ・ベルナールが追放された理由を知っている者からすれば、理解すべき理由などそれで十分すぎる。
……そしてそれで十分だという判断が取れる位には、ロイという青年は王の側近の中では比較的まともな感性の持ち主だった。
(……やっぱり止める方に回るべきだったかな。多分俺以外にそれできる奴いないだろうし)
自分を含めた現政権は酷い有様だとロイは思う。
王の周りにいる人間は基本的に王を全肯定する者だけでほぼ固められていて、そしてこのレベルでアホな王をナチュラルに肯定できる人間なんて碌な人間がいない。
たまに会話していると、まるで理解のできない言動が飛んでくるのだから、本当にそうだと思う。
そしてそんな人間ばかりで固めるからより暴走する。
だからせめて、この現状が歪だと理解できている人間が止めなければならないのだが……それはロイにはできない事だ。
仮にロイが優秀であるが故に異例の若さで大臣を務めていたのなら、まだ何か知恵を回して馬鹿をコントロールしたりできたかもしれない。
だがロイは元々この城で働く平の執事の一人でしかなかった。
色々な奇跡が重なり王と雑談を交わす事となった結果、歳が近かったからなのか会話の波長が合ったからなのかは良く分からないが気にいられて、各省庁の大臣を含めた側近を一新する際に加えられただけに過ぎないのだ。
滅茶苦茶な人事の中で、最も滅茶苦茶なのは他ならぬ自分なのである。
故に回せるだけの知恵がそもそも無い。
回せたとして、実行に移せる勇気が無い。
(でも仮に余計な事を言って、クビにでもなったら妹達の学費がなぁ……)
彼は元々執事をしながら副業をいくつも重ねて金を稼ぎ、三人いる妹の学費にその大半を当てていて、今のポストに付いたおかげでその生活にもある程度の余裕と緊急時の貯えを行えるようになった。
故に軽率な発言は、最愛の妹達の未来を奪う事になってしまう。
(……せめて『占い』で一人だけ反対しても大丈夫っていう風になってくれればなぁ)
占い。
大した学も何もない彼を支えているのがそれだ。
ロイの占いは驚くほどに的中する。
的中率は約八割。
そして的中しなくても、僅かなズレが起きるだけ。
真逆な事など起きた試しが無い。
その占いを参考にこれまで行動してきた結果、生活していくだけでやっとだった自分が城の雑用として雇用される事になり、気が付けば執事となっており、最終的には大臣だ。
行動をそれに委ねるには十分な代物と言える。
その占いで今回、この王の愚行に賛同するべきという結果が出た。
当然、普通に考えればろくでもない事なのは知っている。
例え王に媚を売って今のポストを維持できても、この国が無くなる様な事になれば何の意味も無いし、自分の命はともかく妹たちの命が危ない。
聖女を追放するという事は、それだけ愚かな行為なのだ。
だけど自分の占いが、そうすべきだと言った。
それはつまり自分程度が考えられる安直な未来以外の何かが、この先に広がっているという事になる。
ここでアンナ・ベルナールを追放しておく事が、何かいい結果を齎すという事になる。
だから従った。
……今の目の前の惨状を見ても見なくても、とても自身の占いが正しかったとは思えないのだが。
「クズ野郎ってお前、それが一国の王に向ける言葉かよ! 俺の一声でお前なんてどうにでもできるんだからな!」
「やれるもんならやってみたらいかがですか?」
「き、気が向いたらやってやるよこの野郎!」
まあそういう時は来ないと思う。
平手打ちされてもまだ部下に命じて取り押さえさせようとしていない時点で、そう確信できる。
少なくとも重要なポストに付ける為に裏で工作をしまくる位には、このアホ王の恋心はマジな奴なのだ。
そこだけは安心できた。
……で、そこから先も激しい口論は続く。
基本的に無茶苦茶な事を言う王を、ミーシャが正論でぶん殴るといった形で。
そしてそれがしばらく続いた後、ミーシャは言う。
「ああもう分かりました。とりあえず聖女としてやれるだけの事はやります。流石に誰かが代わりをやらなければならないのは分かりますから」
「まあ軽く頼むわ。実際今の世の中中々に平和で結界なんてそこまで重要じゃねえと俺は思ってるからな。お前はこの先楽なのに凄いポストを貰えた事の大きさに気付くだろうよ」
(凄い、最初から最後までアホな事しか言ってない)
確かに結界の外の平原などが地獄の様な有様になっているかと言われればそうではなくて、実際結界は有事の時の守りの要だ。
実際有事が起きなければ不要の産物と言える。
……実際起きるか分からない事が起きるからこその有事なのに。
「……呆れた」
そう言ってミーシャは視線を……ロイへと移す。
(……なんで?)
まさかこの口論に巻き込まれるのだろうか。
巻き込まれる理由は、先程の王の発言に頷いていた他の馬鹿共と同じ位ある以上否定できない。
だけど始まったのは口論では無かった。
「大臣さん。前任の聖女……アンナさん、でしたよね? 彼女が今どこにいらっしゃるか分かります?」
「え……そうですね」
特に答えない理由も無かったので、その問いに自分なりの私見を答える事にした。
「いくつか候補は上げられますが、一番可能性が高いのは隣国のラスカ王国ではないかと思います。あの国は移民の受け入れも盛んなんで……」
そしてその読みは当たっている筈だ。
最悪頭を下げに行かなければならなくなった場合の事を考慮してそこも事前に占っておいたから。
(……でもそれを確認してどうするつもりだ?)
それは分からないが、ロイからその情報を告げられたミーシャはロイに頭を下げる。
「ありがとうございます」
そして踵を返した。
「おい、どこへ行くミーシャ!」
それを王が止めるが、ミシャは言う。
「アンナさんが張った結界がとても丈夫なのは、私も感覚で理解する事位は出来ますから。時間的猶予は思った以上にありそうですし、ちょっとアンナさんを探して謝ってきます」
「連れ戻す気か?」
「まさか。こんな滅茶苦茶な職場に引き戻す気なんて更々ありませんわ」
「えーっと、では何をしに?」
ロイの問いにミーシャは答える。
「こんな滅茶苦茶な事で彼女は国外追放までくらっているんです。そしてその原因が私にもあるのでしたら、謝罪の一つや二つはしておかなければならないでしょう。人として当然の行動です。結界の引継ぎはそれからで良いでしょう。では私はこれで」
「あ、ちょ、おい待て!」
王様の静止を聞かず、ミーシャは走り出していなくなってしまう。
(……すげえ、立派だあの人。なんであんな人がこんなアホと交際してるんだ?)
そしてミーシャがいなくなり静寂が訪れた謁見の間で王は言う。
「あーくそ。誕プレ作戦大失敗だな。なんかブチギレられたし……これはなんとか仲直り作戦を考えねえといけねえな。そう思わないか? ロイ」
「あ、そ、そうですね……」
(辞めたいこの仕事……辞めないけど)
表面上はにこやかに笑いながら、ロイは内心深いため息を付いた。
付きながら思う。
(まあこのアホだからこのポジションにいるんだけど……可能なら別の国で似たようなポジションの職に就きたいなぁ。流石に他の国の王様は、こんな私的な理由で聖女追放させたりしないだろうし)
別にこの考えは占いによって導き出されたものではない。
あくまで常識的考えから導き出された答え。
そして現状、全世界で合わせて五人の聖女が国外に追放されている彼の想定を超えた世界情勢の中で、彼の導き出した答えは正しかった。
結論。
私的理由から聖女を国外追放するような頭のおかしい王は、世界中を見渡してもこの王ただ一人。
グランという男ただ一人である。
故に、イレギュラーが生じた。
「……なるほど、これは完全に未来を変えられたな。本来起きる筈が無いでかいイベントが起きちまった」
某国地下にある研究室。
そこで高級な椅子に腰を沈めながら、白衣を着た三十代後半程の男が。
「この世界のどこかに、常識を軽く踏み越える程のエキセントリックな思考を持ち、尚且つ世界に大きな影響を与える事ができる馬鹿が居る。一体どこのどいつだ……? そしてこれから一体何が起きる」
ユアン・ベルナールというマッドサイエンティストはそう呟いた。
◇
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ここまでが一章。
次の話から二章となります。
ここまでの話を面白いと思って頂けたら★などで応援していただけると嬉しいです。
では二章からもよろしくお願いします!
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