ex 身勝手な戦いに身を投じる者達
同時刻、北の山某所。
「追ってくる様子は……無いか」
黒装束の少女を抱えて逃亡を図った黒装束の男……近々二十歳の誕生日を迎える青年、ルカは転移魔術とフィジカルを全力で駆使しある程度の距離を離した所で立ち止まり、背後を振り向いてそう呟く。
(……あのまま追ってこられたら分が悪かった。不幸中の幸いって所だな)
幸い、すぐにこちらを追うという選択肢は向うの少女には無かったらしい。
突然建造されたイカレた配色の結界の柱と、その直後に上がった狼煙がそれを裏付けてくれる。
おそらくアレで仲間とやり取りをしていたのではないかと、ルカはそう判断する。
そして不幸な事。
「……とにかく此処なら治療ができるか」
酷い怪我を負っている。
それに今現在も何かしらの術式の影響化にあるようで、それが衰弱しきった体を蝕んでいる。
この状態を見ると、よく自分の元にまで現れてあの結界を壊すまで意識が保たれていたものだと、驚愕に近い感情を抱いてしまう。
だがその辺はうまく立ち回ったんだろうなと、自分が目にしていない戦いの内容を推測する。
……エナジードレイン。
敵の体力を吸収し、自らが活動する為の力に変える。
この術式で体力を奪った所で怪我が治る訳では無いが、怪我をしても無理が効くだけの気力は得られる。
……それがうまく決まっていなければ、あの瞬間まで意識は保たれていなかっただろう。
(教えた事一つ一つ、うまくやったんだな)
その戦いの事を考えながらルカは治癒魔術を発動させる。
例え目の前の少女から強力な力を託されていたとしても、治癒魔術はそこまで即効性のある力ではない。
徐々に徐々に傷を癒す。根気のいる力だ。
今此処で諸々の怪我を完治させるのは難しいだろう。
だけどそれでも……せめて目に見える傷位は消さないといけない。
そういう怪我は、可能な限り目の前の少女に負わせてはならない。
今自分達が負っている怪我が、全て言い訳のしようがない自業自得な行為から来る物だと分かっていても、それでも。
(しかし本当に……あの三人は一体何者なんだ)
自分達の振るう力はとても大きな力。
並大抵の人間では届かない。
一人で一国の国防の要となる結界を張り維持できる程の大きな力だ。
その力を振るう自分達に、明らかに殺意の無い戦い方で相対された。
……そして。
(あんな馬鹿みたいな事も、並大抵の人間にできる事じゃない。それこそ聖女クラスに結界の扱いに長けていなければまず不可能だ)
先程の虹色の柱。
あんな物、思いついた所で実行に移せる人間などこの世界で一握りだ。
少なくともそれができそうな人間を、ルカは目の前の少女位しか知らない。
となると浮かび上がる可能性が一つ。
(まさかとは思うが……あの三人も聖女だったりするのか?)
自分と対峙した一人は、自分達の事を冒険者だと言っていた。
故にもしそうだとすれば現役では無く元聖女。
そして余程の事が無ければ聖女が冒険者に転職する事など無いだろう。
普通は国が手放さない。
……普通は。
(もしそうだとすれば大事だぞこれは)
もし聖女が病や事故など以外で変わる事があったとすれば、それはその国にそうせざるを得ない程の大きな問題が発生した場合になる。
例えば……クーデターが発生したとか。
それこそ……自分達の様に。
(……調べてみる必要があるな)
当然、そうである可能性など限りなく低い。
だが少なくとも自分達の国があまりにも不可解なクーデターという形で滅茶苦茶にされている以上、他の国でも似たような何かが起きている可能性も十分にあって。
実際に聖女と思われる人間が三人もその任を解かれている可能性が十分にあって。
その二つが合わせれば、その可能性も視野に入れていくべきだ。
そして同じような事が起きているのであれば、話が随分と変わってくる。
自分達が戦うべき相手が、よりスケールの大きな事をやらかしている可能性が出てくる。
(……場合によっては自分達だけの問題では済まないかもしれない)
と、そんな事を考えていた時だった。
「……」
少女の指がピクリと動いた。
「ミカ様……ミカ様! 俺の声が聞こえますか!? ミカ様!」
その呼びかけに応じるように、ミカと呼ばれた少女はゆっくりと仮面に手を伸ばしてそれを外す。
そうして目に映るのは、見慣れた黒髪の少女の笑みだ。
「……良かった。ルカ君生きてる」
「お陰様で……正直来てくれないと危なかった」
「……そんなの外して顔、見せてよ。周りに誰もいないんでしょ?」
「……はい、ミカ様がそう言うんでしたら。多分、まああの連中も此処には来ないでしょうし」
そう言ってルカも仮面を外す。
「……良かった。ルカ君の顔を見ると安心する」
「それは……どうも」
言いながら少し恥ずかしくなり視線を反らす。
反らしながら……聞かなければならない事を聞くことにした。
「……俺、戦うなって言いましたよね」
「……一人なら良い。でも二人三人と、ルカ君の方に行かせる訳にはいかなかった」
「それで結局一人で二人相手にしてるんだったら、言ってることとやってる事が滅茶苦茶じゃないですか」
「……まあ、そうだけど」
「そうですよ」
そして一拍空けてから言う。
「あなたは一国の姫で聖女なんですから。お体は大事にしてください」
「……どっちも元だよ。今はほら……ただの殺人未遂の犯罪者だし」
「……やっぱり此処から先は全部俺がやります。だからあなたは――」
「ルカ君」
ルカの言葉を止め、ミカと呼ばれた元聖女は言う。
「……本当は私一人でやらないといけない事だから。ルカ君一人に押し付けたりなんて事はしない」
「ミカ様……」
「……元より私が始めた身勝手な行動だから。その過程で生まれる罪は私が背負う」
「……」
その過程も。その先にあるものも。
きっと碌な事では無い。
そんな事は分かっている……それでも。
「……俺も背負いますよ」
目の前の少女が決めた覚悟は尊重すべきだと思う。
せめて自分だけは尊重してあげるべきだと思う。
今まで意思が弱く周囲の人間に流され続けてきた少女が、自分自身の尊厳を踏みにじりながら始めた戦いを支えなければならないと思う。
「……ありがとう」
そう言って再びミカは笑みを浮かべる。
そんなミカを見ながら、きっとまだこの山のどこかに居るであろう、ミカと戦ったであろう二人の元聖女に感謝する。
(ありがとう……どこの誰かは知らないが、殺されないでいてくれて)
自分達の戦いは極力その数を減らそうと思っていても、それでも今回の様に無関係の人間を巻き込むケースが生まれてくる。
そうなってしまえば、可能な限り口封じは行わなければならない。
身勝手な事は百も承知だが、身勝手を貫かなければならない。
だけどそういう荒々しく反吐が出る程の碌でもない行為に手を染めるのは自分だけで良い。
今日、ミカは人間を殺害するという可能であれば超えて欲しくない一線を越えかけた。
だけど彼女たちは超えさせないでいてくれた。
その点については感謝しかない。
願わくば、この先もうまく手を染めずに進んで良ければと思う。
今日で計画の第一段階は終了した。
かなりギリギリではあったが、自分達が戦っている間に術式は無事発動したようだ。
後三か所。
その三か所で同様の細工を行う。
そうすれば……全部うまくいくかもしれない。
うまくいくかもしれないのだから。
その過程でこれ以上、本来そういう事からかけ離れた場所に居た筈の人間が、これ以上罪を背負いませんようにと。
治療を進めながらルカはそう考えた。
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