38 黒装束の男、普通に強い
私は本気でぶん殴るつもりで拳を振るった。
だけどあれだけの攻撃を放てる相手がそのまま棒立ちでされるがままになるのかといえば、そんな筈が無くて。
だから私の拳に合わせて小型の結界を張られた事に、然程の驚きは無かった。
結界を張られる事に対する意外性もなかったし、そして……驚くような強度でもない。
……叩き壊せる。
次の瞬間、破砕音と共に男の結界を拳で叩き割る。
見ただけで分かった。
聖属性の結界の面積を小さくして強度を底上げはしてあるけど……精々聖属性の結界に関しては一応使える程度の適性みたいだ。
強い攻撃魔術を放てる魔術の高い素養が有っても、私の攻撃を止める事はできない。
的を完全に絞っても、私の拳の勢いを若干緩める程度の硬度でしかない。
だから私の拳は止まる事無く黒装束の男へと向かう。
軌道は鳩尾に向けて。
だけどそのまま綺麗に拳は叩きつけられはしない。
男は結界で私の拳の勢いを緩めると同時に、結界を叩き壊される事を前提で腕をクロスさせて防御態勢を取り、拳の勢いを殺す為にバックステップする。
そんな男の腕に拳は叩きつけられた。
「ぐ……ッ」
男の口から苦悶の声が漏れ、そのまま弾き飛ばされる。
地面を何度かバウンドし、そのまま崖の下へ。
普通の相手ならこれで少なくとも気を失わせる所くらいまでは持って行けてると思う。
……だけど私の攻撃に可能な限り完璧に順応してきた相手が、これで戦闘不能になるとは思えない。
そう確信できる位には、目の前の相手は強い。
だから……間髪空けずに追撃する。
地面に着地する瞬間に、足元に風の塊を作り出してそれを踏み抜いて加速。
一気に崖まで接近して、そのまま男を追うように飛び降りた。
そして下方向。視界の先。
「……やっぱり居た」
そこには結界を足場にして待ち構えている黒装束の男が立っている。
それも……どこから取り出したのか分からないような剣を手にして。
……所謂暗器って奴かな。
持ってる剣は……なんだあれ。あんまり見ない珍しい奴。
名前なんて言ったっけな……そうだ刀だ。随分マイナーで珍しい物を持ってるね。
……ってそんな事言ってる場合じゃない!
「……っと!」
接近してぶん殴るつもりだったけど作戦変更。
流石に私の動きに着いてこれる上に刃渡りがある刃物持った相手に素手で接近戦はマズイ!
掌から風を噴出させ、大きく横に軌道を反らして刀が届かないように間合いを取る。
そして掌に風の塊を作り出し、男に向けて打ち込んだ。
「……」
対する男は結界から飛び降り冷静に回避。
……うん、確実にこっちの攻撃に順応されてるね。
単調な攻撃じゃまず当たらない。
そしてそれは向うも感じているんだと思う。
下手な反撃は撃ってこない。
そしてそのまま私達は互いに警戒しあいながら下へと降りていく。
私は風で勢いを殺しながら。
男は飛び降りる為の足場を随時作りながら。
そして互いに警戒し合ったまま近くの開けた山道に着地。
再び私は拳を握り、男は刀を構える。
……さて、どうしようかな。
これはもうドラゴンの群を相手にしてたのとは危険度のレベルが違う。
さっきからの身の熟しを見ても、強化魔術の出力も私達程じゃないにしても、その1ランク下位はあるのは間違いない。
少なくともSランク冒険者のハーレムパーティーの皆さんとは全く比べ物にならない。
これはちょっと……アレだね。
倒せない……事は無いと思うけど、下手すれば普通に怪我はしそう。
一応シルヴィとステラに合図送っといた方が良いかも。
……いや、でも結構距離離れてるし、まだここ二人の居る所より標高高いからね。
そもそもそういう合図を送る為に下手な隙は見せられないし……さてどうしたもんかな。
と、私が考えていると男が刀を構えたまま声を掛けてくる。
「始める前に一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ、ご自由に」
無視する理由も無いのでそう返すと、男が訪ねてくる。
「一体どこで俺達の事を嗅ぎ付けた。一体どこまで調べは進んでいる……答えろ」
「……は?」
突然意味の分からない事を言われて思わずそんな声が出る。
「とぼけるな。態々こんな所にまでお前達の様な強者が足を運ぶという事は、つまりそういう事だろう」
「……」
あーうん。分かった。
目の前の男が何企んでいるのかは分からないけど、それでも一つだけ分かった。
「いや、あの……私達冒険者で、此処に黄金草っていう薬草を採取しにきただけなんだけど」
「……は?」
目の前の男は色々と盛大に勘違いをしているみたいだ。
そして私がそう言うと、男が急に間の抜けた声を出す。
「い、いやいや……ちょっと待て…………その話、本当か? 嘘だろ?」
「嘘じゃない。本当本当。私が此処に立ってるのも、不自然な程に魔物の大群に襲われるわドラゴンの群と遭遇するわで何かあるなって思った所に罠仕掛けられてて狙撃までされたから迎え撃っただけで」
「あ、そうか……嘘を言っているようには見えないな。なるほど。なるほどな……」
そして困惑するようにそう言った男は、一拍空けてから酷く力の抜けた声で呟く。
「えぇ……マジかぁ……」
「いや、あの……なんかごめん」
私全く悪くないと思うけど……なんかごめん。
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