第66話『児玉元帥の決意』
銀河太平記・054
『児玉元帥の決意』 児玉元帥
ミイラの発見は伏せておくべきだった。
発見されたということは、発見した者がいるわけで、いくら情報を操作しても、いつかは知れる。
だが、戦時であったとはいえ、同胞が無残な目に遭った事実を隠す気にはなれない。
マーク船長とも意見が一致し、マーク船長と繋がりのあるキャラバンが発見したことにしてある。
嗅ぎつけた天狗党が、マス漢大使館の初代マス漢大統領像の首を吹き飛ばして、ここ三日ほどは火星中の空気が張り詰めている。
「承知しました」
拭いた眼鏡をかけ直すと、静かに殿下はおっしゃった。
「軍事も政治も分かりませんが、人の心は少し分かります。元帥は、こんどは地球だとお考えなんですね」
「はい、合理的な情報に基づいているわけではありませんが、予感がいたします」
「奉天会戦の時のようにですね」
「いささか」
「奉天会戦では、見事に漢明を撃破されましたが、元帥も一度戦死されました。どうかお気をつけてください」
「はい、この次はありませんから」
「そうですね」
奉天戦では、開戦間もなく致命傷を負って、一か八かでJQにソウルダウンロードをさせた。
ソウルダウンロードはPD(パーフェクトダウンロード)とも云われる通り、人間の魂(ソウル)をロボットに移植することだ。
普通、ロボットは、人間の情報としての記憶とスキルをコピーすることで本人に化ける。
本人ソックリには成れるが、単なるコピーだ。コピーしたスキルや能力以上のことはできない。コピーであるがゆえに、その思考や行動は予測可能で、勝つことを命題づけられた軍人には完全に不向きだ。
霊的にも魂(ソウル)を遷せなければ、元の人格は死んだことになる。
わたしが、元の児玉とは似ても似つかないJQのボディーとなっても元帥として遇されるのは、いつにかかってPDが成功したという一点によっている。
その、わたしのソウルが――今度は地球だ――と告げている。
「やっぱりお戻りですか?」
船長が来るかと思ったが、ラウンジに姿を現わしたのはコスモスだ。
「すまん、奉天戦の時のような予感がするんでなあ」
「統制派に担がれたりはしませんか?」
「怖れはある、しかし、わたしが戻れば、なんとか日本を分裂させずには済むかもしれない」
「今上陛下をお守りになるんですね」
「当然だ。女系天皇に反対していたとはいえ、それが、いまの政体であり国体なんだ。断固として守るさ。そのために殿下も火星にこられたんだからな」
「……承知しました。ファルコンZを出すわけにはいきませんが、船長のツテがあります。今夜、ニューラスベガスから出発いたします」
「連合国からか?」
「はい、扶桑からでは足がつく恐れがあります」
「分かった」
「船長の命令で、わたしも同行しますので」
「コスモスが?」
「はい、必要なものは出発までには揃えておきます。では……」
ラウンジを出ていくコスモスに悪い予感がするが口にはしない。
フフ
「なにか?」
「もうしわけない、僕は、ちょっとワクワクしてきた」
殿下がお笑いになる。
このお方なら大丈夫。
偉そうに予感などと言っておきながら、一番緊張していたのは、このわたしだったのかもしれない。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
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