第40話『カルデラの陰』


銀河太平記・028


『カルデラの陰』 ダッシュ  






 二十三世紀の今日、月は地球にとって同じ敷地にある別棟の作業小屋のようなところだ。


 火星のように大気を作ることができない(大気を留めておけるほどの引力が無い)ので、人間が活動できる空間は、地上にせよ地下にせよカプセルで覆わざるを得ない。また、引力の弱さは長期滞在者の骨を弱らせてしまい、地球に戻った時に回復するのに三か月を要し、その間、月の滞在者は使い物にならない。


 二百年前に武漢ウイルスによって、世界各国は鎖国のようなことをしなければならなかった。多少見通しがついて、ビジネスなどの往来は復活したが、外国に行っても二週間の隔離が義務付けられ、用事が済んで帰国しても、自国で二週間の隔離観察が義務付けられて、たった一日の用事でも四週間が無駄になるので、三年後に克服されるまでは、実質行き来出来ない状況だった。


 そのために、同じ敷地にありながら、火星に比べると作業小屋程度の発展に留まっている。


 それでも、地球の姿が拝める表側はゴールドラッシュごろのカリフォルニア程度の賑わいはあって、地球との往来も頻繁で、大きな宇宙港が十二も開かれている。


 俺たちを乗せた13号艇は、その十二ある宇宙港をパスして、月の裏側にある第十三宇宙港を目指している。


 正確には、第十三宇宙港の外れにあるヴェスビオクレーターの中だ。


「え、宇宙港には行かないのかニャ?」


 最初に気付いたテルがキャノピーにとりついた。


「再生たこ焼は流通ルートが違うんだよ」


 宮さまは楽し気におっしゃるけど、すみれ先生、元帥、ヨイチの三人は、周囲の警戒に余念がない。先生の肩越しにダッシュボードを見ると、オートが切られてマニュアルの操作になっている。


「先生、マニュアルになってゆよ」


 テルが、正直な心配顔で囁く。


「うるさい、黙って座ってろ」


「怒られたあ~」


 体に似合わないデリケートな操作で、13号艇はカルデラの中で首を巡らせる。


 キャノピーの四角い枠の中を左から右に闇が迫って来る。まるでスクリーンに真っ黒な幕が広がっていくようだ。13号艇がカルデラの陰の方向を向いているのだ。


 キャノピーの2/3が真っ黒になって、ようやく、闇の中でうずくもっているものが見えてきた。


 それは、つぎはぎだらけの船だ。


「退役した軍艦か……」


「千鳥級の駆潜艇か……」


 俺よりもヒコのほうが詳しい。テルとミクは、その薄汚さに眉をひそめている。


「ひょっとして……」


 これに乗るのか!? 


 思っても口に出さないのは、宮さまや大人たちがいるからだろう。


「元の艦名が読める……」


 はげっちょろげの塗装の下に読めたのは『トモヅル』であった。


「え、トモヅル!?」


 ヒコが息をのんだ……。


 闇に慣れてきたのと、ごく間近まで接近したので元の艦名がほのかに読めた。




※ この章の主な登場人物

•大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い

•穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子

•緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた

•平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女

•姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

•児玉元帥

•森ノ宮親王

•ヨイチ               児玉元帥の副官


 ※ 事項

•扶桑政府   火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

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