第32話『修学旅行・20・富士登山』


銀河太平記・020


『修学旅行・20・富士登山』穴山 彦   






 けっきょくパルスボードということになった。



 ほら、修学旅行三日目の富士登山さ。


 一昨日の成駒屋の夕食の時から話題にはしていたんだけど、なんと言っても二百年前の昭和平成ノスタルジーには抗しがたいものがあって、水道水の温泉(今どき塩素消毒の水道なんて太陽系で、ここだけだ)、風呂上がりの卓球、歴史的な昭和平成時代の食材による修学旅行メニューの夕食、枕投げに熱中してしまって沙汰やみになってしまった。


 あくる日も上野・浅草の歴史的建造物群で遊び惚けてしまった。御即位二十五周年は、各地で様々な行事が行われていて、食べ物もレプリケーターではなくて、手間暇かけてリアル調理されたものが出されている。どら焼き、人形焼き、キビ団子、もんじゃ、ハヤシライス、メンチカツ、ポークソテー、うな丼、かつ丼、天ぷら……


 全部食べるわけのも行かないので、どれを食べるかで四人は喧々諤々。


「五人か七人でくればよかったよお」


 ミクが発展的にぼやく。


 理屈は分かる。四人だと、二対二になったり四人バラバラになったりで、なかなか決められない。


 三対一というのは、ちょっと気まずい。


 五人なら二対三、 七人なら三対四という感じで別れるにしても発展的だ。


「だっけど、気ままにまわりゅなや、この四人の組み合わせしか考えらえにゃいしい」


 テルの舌足らずの感想も的を射ている。


 けっきょく、ほとんど全てを食べ歩き、一人前を四人で分けて賑やかに盛り上がった。


 さすがに『はなやしき遊園』はバーチャル体験だったけど、昔のVRとは比べ物にならないフルダイブのVRだったので、とてもリアルな体験ができた。


 けっきょく楽しみ過ぎて、富士登山のことは当日の朝になって決まった。



 パルスボードは、昔のキックボードに似ていて、パルス動力で浮遊して、ボードが体の傾斜を感知して動くと言う代物だ。


 自分の足で登るほどではないが、けっこう、あちこちの筋肉を使うので――自分で登った!――という気にさせてくれる。


 そのパルスボードでも七合目でテルはバテてしまい、僕とダッシュで交代で負ぶってやることになった。


「ちょっと、じっとしてろって!」


 キョロキョロするテルを持て余して、ダッシュがぼやく。


「らって、下界がしゅごいのよさ!」


「ああん?」


「あ、ほんとだ!」


 促されて振り返ると、眼下には緑一杯の富士のすそ野が広がり、ちょうど角度のいい太陽に照らされて富士五湖の湖面がキラキラと輝いている。


「これが地球なんだねえ……」


 ミクが目を輝かせる。日ごろは少年みたいなやつだけど、物事に感動した時は、きちんと女の子らしく暖かなかまぼこ型の目になる。ダッシュにたいしても時々こういう目をするんだけど、友だちとは言え、誘導するようなことは言わない。こういうことは当人同士が気づくまでは放っておいた方がいい。


「火星の地表は、まだまだ地のままだからなあ」


 火星の緑化は、まだほとんど実験段階だ。食料になる野菜や観葉植物が、なんとかドームファームで育てられているというのが現状、この富士の裾野のようにむき出しの緑というのはお目にかかれない。


「頂上でサプライズイベントがあるらしいぞ!」


 ダッシュがハンベのアラームを見て山頂を指さす。


「え、なに?」


「時間がねえ、行くぞ!」


「ちょ、かってにいかないでよ!」


「キャッホーー!」


 目いっぱいの前傾姿勢をとって山頂に急ぐ。



 ウワアアアアアアアアアアアアア!



 テルがダッシュの背中で叫んだ。


 なんと、眼下の雲海を抜けてゼロ戦の大編隊が飛び出してきたのだ。


「羽田に着いた時に見たやつだな!」


 そうだ、御即位記念行事に使われることは分かっていたが、富士山上空での編隊飛行とは思わなかった。


 ゼロ戦に続いて雲海を駆け抜けてきたのはジェット戦闘機だ。


 あ、あれは!?


 山頂の人たちからも歓声が上がる。


 古典軍事には疎いので、ハンベに聞いてみる。


『F4EJ4400、空軍の前身である航空自衛隊で2020年まで使われていたファントム戦闘機。ファントムは日本でライセンス生産され、二百年前の今日、最後のフライトを行いました。1966年に選定されて以来50年以上実戦機として使われた記念碑的な機体です』


「レプリカかなあ……?」


『いいえ、ご大典に合わせて整備された実物で、操縦は……』


 オートフライトではなくパイロットが乗っているのにはタマゲタが、さすがに人間ではなく、航空団所属のロボットパイロットではあった。


 でも、その卓越した操縦と飛行に山頂からは大きな拍手が巻き起こった。




 

※ この章の主な登場人物


大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い


穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子


緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた


平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女


 ※ 事項


扶桑政府   火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる


 

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