銀河太平記

第10話 序・１０『開戦』

銀河太平記

序・１０『開戦』　　　　

　大阪と京都の境目、天王山と男山に挟まれた地形に似ている。

　京都に当るのが奉天の街で、天王山・洞ヶ峠ラインの南西に広がる大阪平野が漢明国だ。七百年前の山崎の合戦に似ている。

　ただ、漢明国は大阪以西の日本を全部含めたよりも広く、兵力は当時の秀吉の軍の十倍はいる。

　両軍ともパルス動力が使えないので基本的には元亀天正ころと変わらない歩兵戦闘になりそうだ。

　日本軍は天王山にあたるA高地と洞ヶ峠にあたるB高地を扼している。明智軍とは違い、B高地に陣を敷いているのが日和見の筒井順啓ではなく日本軍R兵部隊。いったん命が下れば進撃中の漢明軍を挟撃できる。

　しかし、敵は十倍の兵力。それも、こちらの配置は正確に捉えられているだろう。

　合わせて一万を切る日本軍の中で人間は児玉司令ただ一人。あとは、わたしを含めて全てロボット。

　ロボットではあるけれど、見かけは人間の兵士と変わらない。配置ごとに屯しているが息遣いや身じろぎは人間そのものだ。指揮命令する人間が違和感を持たないように可能な限り人間に似せて作られている。

「まもなく、敵の主力は奉天市街に入ります」

　中佐参謀が告げる。

「敵は仕掛けてはこないな」

「二個大隊が速度を落としてA・B高地の麓を向いています」

「抑えは僅かに二個大隊か、見くびられたもんだ」

「我が方が降りれば後退しつつ先行部隊の到着を待って殲滅戦に入るつもりでしょう」

「通信士！」

「ハ！」

　実直そうな少尉が敬礼してメモ帳を構える。見覚えがある、捜索隊のメンバーの一人だ。

「B高地に連絡。五分後に麓の敵軍に砲撃開始、砲撃しつつ別命を待て」

「『五分後に麓の敵軍に砲撃開始、砲撃しつつ別命を待て』」

「以上」

　復唱が終わると、通信兵は一段下の掩体のあるトレンチに入って発光信号を送る。ロボットなのだから情報を並列化させれば済むことなのだが、あえてアナログな通信手段をとっている。万一の漏洩を防ぐためだ。

　司令には悪いけど、なんだかワクワクする。

　これはグランマの感覚か？

　同時に、ほんの二時間前、グランマの乗った飛行機が墜ちたことを思う。

　エンジンが停まって墜落したのだから生きているはずはないのだけど、悲壮感が無い。

　きちんと、この目で確かめなければ信じない……頑固じゃなくてバネの強い楽観なんだ。これもグランマかな。

　ドドドドド！　ドドドドド！　ドドドドド！

　自分の感受性の変化を探っているうちに砲撃が始まった。

　パルス系の兵器が使えないので、アナログな砲撃を行っている。榴弾砲、迫撃砲と記憶野が教えてくれる。

　知識だけでなく、二分も撃ち続ければ敵に居所を知られて、逆に精密な砲撃が加えられると警告もしてくれる。

　敵は直ぐに反撃を開始、こちらと同じ古典兵器なので、なかなか有効弾にならない、しかし、あと十秒……と思った時に、我が方は俊敏に移動して射点を掴ませない。

　二度ほど射点変更したあと、司令の右手が上がり空気をかき混ぜるように大きく振られた。

　再び発光信号が送られ、B高地にも変化。

　せわしなく砲撃・射撃が繰り返されながら、A高地、B高地ともに後方へ引き始めた。

　撤収？　どこへ？

「JQ、俺を背負え！」

「え、ほんとうに？」

「急げ？」

　訳も分からず司令を背負うと、他のR兵ともども、A高地を捨て奉天の北方向に駆けだした。

「あ、なんで胸を掴むんですか！？」

「振り落とされんためだ」

　シレっと言う。

　確かに時速１００キロは出ているので不安定ではあるのだろうけど、気分は悪い。

　瞬間胸を掴む手が離された。

　司令は、背中の上で両手を振って合図している。

　疾走する部隊は長細くなって二隊に分裂、一隊は散開して追撃に移った敵を迎撃、本隊は縦に長くなりはじめた。

　R兵とは言え、バラつきがあって、型式の古いR兵が脱落し始めたのか？

　いや、日本軍は奉天の街を包囲し始めている。

　包囲戦は敵の三倍の兵力が無ければ勝利はおろか包囲さえできない。

　戦術的にはとんでもない下策、厚さ一ミリの皮でシュークリームを作るように無謀なことだ。

　個々の兵の能力は日本軍の方が上手なようで、追撃してくる漢明軍の威力が落ちてきた。

「俺の作戦が読めんからさ」

　不敵なことを言うと、司令の手は再びわたしの胸を掴み始めた……。