第65話 破壊

 その日の早朝、大きな爆破音が大阪城内に響き渡った。

屋敷内で眠っていたお梅達は飛び起き、敵勢が総攻撃を掛けて

来たのかと、慌てて外の様子を伺った。

 程なく屋敷の守りに付いていた藤次郎がやって来て、北の本

丸付近に砲弾が落ちたと報せた。

『本丸には、桐殿が–––––』

 お梅は寝間着のまま、屋敷を飛び出して淀君とお千の方が居

る本丸へと走った。


 大阪城の本丸の周りには人口の堀を廻らせ、限られた場所か

らしか中に渡れない様に作られていた。

 外敵からの侵入を阻止する為の入念な造りが、この砲撃で逃

げ様とする城の者達には裏目に出てしまう。

 堀に渡された四方の橋は、たちまち本丸から逃げ様とする者

と救助に駆けつけた城内の兵達で押し合い、混乱を極めていた。


『これでは、本丸へ渡れない。どうすれば』

 堀の手間で焦燥に駆られながら、お梅が堀の手間で立ち尽く

して居ると、再び二軒先の本丸の中に黒い球が吸い込まれ、大

きな爆炎が起きる。

「お梅様!」

 誰かがお梅に被さり、その場に身体を伏せさせられた。

 爆音に思わず耳を塞いで目を閉じていたお梅は、恐る恐る

目を開け、自分に覆い被さる者の顔を見上げる。

「佐助?」

 よく知る丸顔を目にして、思わず安堵したお梅は直ぐに自分

を被った佐助の様子を確かめる。

「其方、怪我は無いか?」

 お梅の代わりに粉塵を被った佐助は、煤に塗れた丸顔に苦笑

を浮かべる。

「私は大丈夫です。お梅様こそその様な格好で、こんな所まで

危のうございます」

 佐助は自分の羽織をお梅に掛けて、屋敷へ戻るよう諭すが、

お梅は首を横に振り、桐の安否を確かめると言い張った。

『まさかお梅様は–––––』

 お梅の只ならぬ様子に、佐助はため息を溢して言った。

「私の側を絶対に離れてはなりませんぞ」

 お梅が力強く頷くのを見届け、佐助はお梅の手を取って立ち

上がった。


 

 最初の砲弾が落ちた時、桐はお千の方の寝所に隣接する侍女

達の部屋で身支度をしようと、起き出した所だった。

 ぶおぉんと何かが空を切る音が頭上に響いたと、思う間も無く

突然激しい揺れと、爆音になす術も無く桐は布団の上に倒れ込ん

だ。続いて起こる衝撃の波で障子が吹き飛び、侍女達の悲鳴が起

きる。

 揺れが収まり顔を上げた桐は、同室の侍女達に怪我は無いかと

声を掛けながら、恐れ慄き蹲る彼女達を跨ぎ越し部屋の外に出て

辺りを伺った。

「‥‥っ!これは––––––」

 桐はすぐ側の渡り廊下から先の続き部屋が、粉々に崩壊してい

る様子を見て愕然とした。

 後に続いてその様子を見に来た他の侍女達も悲鳴をあげて、そ

の場にへたり込む者も居た。

 桐は直ぐに自分の荷物から、予備の藁草履を取り出し足に履き

他の者達にも素足で移動しない様に注意して部屋を出た。

「お方様と、淀君様の安否を確かめに参ります。直ぐに来れる方

は付いて来て下さい。動けぬ方は無理をしないでこの近くで、出

来れば建物の外で身を伏せていて下さい」

「ここに居たらまた、あれが落ちて来るのでは‥‥‥」

 侍女の一人が不安そうに呟く。

「砲弾は同じ所には続けて落ちる事がまずありません。むしろ無

闇に動いて、次の砲撃を受けてしまうかも知れません。何処から

飛んで来るのか分かるまで、ここに居た方が良いかと」

 桐の落ち着いた物言いに、皆納得して其々身支度をし始める。

「私は桐殿と同行致します」

 浜路が桐の元に来てしかと頷く。他に二名の侍女達が同

行を申し出た。

「では参りましょう。皆様、離れずに付いて来て下さい。先程の

音が聞こえたら、直ぐに身を伏せて」

 粉塵を吸い込まぬ様、桐達は手拭いを口元に巻き付け、かつて

渡り廊下だった残骸を迂回して、本殿へと向かった。


 本殿の中では、突然の轟音と揺れに慌てふためいた宿直とのいや、城

務めの侍達が、右往左往して混乱していた。

 元より戦慣れした強者達の大半は、三の丸の外で敵勢に対峙して

ていたので、戦場から最も安全とされていた本丸が、直接攻撃され

ようとは誰も思わなかった。

 最も早くこの事態を冷静に受け止め、素早く家臣に指示したのは

以外にも淀君だった。

 彼女は秀頼の身柄を十六夜達甲賀衆に託し、直ぐに本丸の外へと

避難させ、次にお千の方を保護すべく数名の侍女と共に、奥の間に

向かった。

「千、千、何処じゃ」

 最初の砲弾で渡り廊下が崩れ落ち、淀君達は中庭を周りお千の方

の部屋へ入ったが、既にそこはもぬけの殻となっていた。

 実は数刻前に辿り付いた桐達と共に既に避難していたのだが、行

き違いになった淀君達は、他の者達よりも本丸に留まり過ぎた為に

間近に砲弾の被害を受ける。

 屋根を突き破り大きな球が床板を直撃すると、辺りに大きな爆破

が起こった。

 爆風に飛ばされて淀君達は倒れ込み、侍女の一人が崩れた梁の下

敷になった。

 激しい耳鳴りを堪えて淀君は立ち上がり、直ぐに梁の下の侍女を

助け出そうとするが、女の細腕ではどうにもならない。

「淀君様!」

 お梅と佐助がそこへ駆けつけ、佐助の手を借りて何とか侍女を助

け出したが、侍女の娘は既に事切れていた。

 お梅は半目に開いている侍女の瞼を塞ぎ、身なりを整えてやると

そっと手を合わせた。

 淀君も側に膝を突きそれに倣う。

「私に付き従った故に、可哀そうな事よ‥‥‥」

 淀君は静かに目を伏せ、暫し侍女の死を悼むとお梅に尋ねた。

「其方、何故こんな所まで来たのじゃ。危なかろう」

「真田家の者が、お千の方様の侍女として此処に仕えているのです

安否を確かめに来たのですが、姿が見えず‥‥‥」

「千と一緒ならば、既に何処かへ逃げ伸びた筈じゃ。此処には居ら

ぬ」

 瓦礫の山と化した辺りを見回し淀君は立ち上がると、周りの者達

に命じた。

「長居は無用じゃ。直ぐに我等もここから退くぞ」

 幼い頃から戦火の中で育った淀君は、臆する事なくしっかりとし

た歩で瓦礫の中を進む。

 その様子を見ながら後に続くお梅は、この様な有事であっても毅

然とした振る舞いを崩さない淀君の胆力に感銘を受けていた。



 



 




 

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