第51話 謁見

 出雲屋で支度を整えたお梅達一行は、輿と馬を用意され堂々

たる出で立ちで大阪城に到着した。

 徳川との戦に備え、急ぎ兵の数を揃える事が急務だった豊臣

勢は広くその人材を集った。

 要請に応じ多くの浪人達も大阪城に詰め掛けたが、中には得

体の知れない輩も多く、乞食同然の格好で入城しようとする者

達もいた。

 この為身なりの怪しげな者は入城を後回しにして、身なりの

良い者から優先的に入城の許可が下りる次第となった。

 お梅達は直ぐに城内に通され、間もなく秀頼と淀の方に拝謁

する為、お春と大助、お梅の三名が大広間に通された。


「よく来てくれた。九度山から此処まで大変な道のりであった

ろう、ゆるりと過ごされよ」

 柔和な態度で上座に座る豊臣秀頼は、小柄ながらも血筋の尊さ

を窺わせる品格と威風を兼ね備えた若者に見えた。

 一方その横で、幾分不機嫌な顔で座す秀頼の母、淀の方はお春

に対し信繁の不在を当て擦る様に述べる。

「信繁殿は随分と勿体つけた登城をされる様で、さぞや支度に手

間がかかっていると見える」

 これを聞いたお梅は内心腹の底が熱くなったが、隣で面を付し

て控えるお春は顔色を変える事なく夫の不在を詫び、必ず登城し

秀頼に忠誠を尽す事を代弁した。

「ふん、先ずは信繁殿ご本人が来てからの話。まさか妻子を此処

に預けて自身は雲隠れとも思えぬが‥‥‥」

「父、信繁は必ず参ります。万が一父が参戦出来ぬ時は私が秀頼

様の御為先陣を切って徳川との合戦に赴きます」

 お梅の反対側に座す大助が臆する事なく、そう宣言するのを聞

いた秀頼は快活に笑うとこう言った。

「大助と申したか、まだ年若いのに中々の武者振り。信繁殿も其

方の様な嫡男がおって心強い事であろう」


 秀頼が好意的に迎えてくれたお陰で、信繁不在の謁見を無事に

終え、お春達は城内に与えられた屋敷へと戻った。

『何と広いお城だろう‥‥‥』

 お梅は母と大助の後に続き長い回廊を歩きながら、見事な細工

の欄間や、途中に見えた広い庭園などを目に留めながら感動して

いた。

 紀伊でも藩主の城に登城した事があったが、大阪城はその何倍

も大きく、内部は迷路の様に複雑な作りとなっていた。

 城内には多くの城仕えの者が行き来していて、さながら街の様な

賑わいを見せていた。


「お帰りなさいませ。如何でしたか?」

 大八と菖蒲をみていたお美代が、お春達を労い茶を入れた湯飲み

を差し出す。

 庭先で、藤次郎と直輔が木刀を手に打ち合いをしている掛け声と

小気味良い木刀の打ち合う音が聞こえてくる。


 お春は茶を一口啜り、ほっと一息つくと母の膝に乗る大八をあや

しながら、お美代に答える。

「阿国殿には感謝しなくては‥‥‥真田信繁の妻子として恥ずかし

くない支度でこうして無事秀頼様と淀君様に御目通りが叶った」

 出雲屋から出発する日、阿国は贅を尽くした打掛をお春とお梅に

用意し、大助にも藍染の肩衣かたぎぬ袴を持たせた。


「淀君様は格式を重んじるお方です。それなりの身なりで参上すれ

ば、心証も違いましょう」–––– と阿国が言ったまさにその通りに、

身分の高さを示す様な輿と馬で登城した一行は門番の衛士達に足止

めされる事なく、すぐさま家臣の大野治長に取り継がれその日の内

に城内の客間を当てがわれ、翌日には謁見する運びとなった。

 多くの者が秀頼に謁見を願い出て、一ヶ月近くも目通りが許され

ない者も多くいる中、秀頼がいかに信繁の存在を重視しているかが

伺い知れる。

「でも、淀君様はあまり父上の事を良く思われていない様に見受け

られました」

 お梅は浮かない顔で湯飲みに口を付ける。

 菖蒲がお梅の前に置いてある菓子を物欲しげに見ているので、そ

れを小さな妹の手に持たせる。

「良いの?」

 菖蒲が姉に期待を込めた目で尋ねる。

 笑って了承するお梅を微笑ましく見つめながら、お春がポツリと

言う。

「お父上は秀吉様のお気に入りだったから、淀君様も色々思う所

があるのでしょう」

「父上と淀君様は仲が悪いのですか?」

 大助が心配そうに尋ねる。

 お春は首を振ってそれを否定する。

「お父上は淀君様には何も思う所は無い筈ですから、仲が悪いとい

うのは違いましょう」

「そう言えば、桐殿と阿久理ちゃんは?」

 お梅は姿の見えない二人を案じお美代に尋ねる。

「それが先程、侍女の方に呼ばれて‥‥以前こちらに居た時のお知

り合いの様で」

「佐助は?」

「佐助はおそらく、此処まで護衛に付いて来た仲間と共に何処ぞで

城内の探索をしているのでしょう」

 お美代が当然の如くそう言うのを聞いて、お梅は佐助が忍びの者

だという事を失念していた事に気付いた。

『父上達は無事に大阪に辿り着けるだろうか‥‥‥』

 お梅は未だ姿を見せない信繁達の身を案じ、薄日の指す屋敷の庭

先の彼方を見つめた。



「おお、あれに見えるは大阪城。ようやく此処まで来ましたな」

 仁左衛門が彼方に聳える大阪城の天守閣を眺め、安堵の言葉を溢

す。

 お春達の登城から数日遅れて、信繁達は国境を越えて大阪の城下

近くまで辿り付いた。

「何とか今日の内には城まで辿り着けそうだ。二人ともよく凌いで

くれた」

 信繁が二人を労う。

「信繁様‥‥俺は此処で、ご武運をお祈り申し上げます」

 才蔵が跪き信繁に別れを述べる。

「なんじゃ、お前も大阪に同行するのではないのか?」

 仁左衛門が不満げに才蔵を見下ろす。

「野暮用がありまして、済んだらまた‥‥戻れるやもしれません」

 歯切れの悪い物言いに仁左衛門が眉を顰める。

「お前、また勝手な事をしに行くわけではあるまいな。お前は真田

家に仕える草の者。その立場を忘れた振る舞いは許されぬぞ」

 仁左衛門が僅かに殺気を滲ませ、腰の刀に手を掛ける。

「仁左衛門、良いのだ。行かせてやれ」

 信繁が仁左衛門の肩に手を掛ける。

 仁左衛門は意を唱え様としたが、既に何かを悟っている様子の主

人にそれ以上何も言えず、刀から手を離す。

 信繁は才蔵の側に屈むと、子供の頃と同じ仕草で才蔵の前髪をくし

ゃりとかき上げる。

「死ぬなよ。必ず生きて戻れ」

 才蔵はコクリと頷くと、未練を振り切る様に素早く身を翻して姿を

消した。

「信繁様は、彼奴に甘過ぎます」

 仁左衛門がぼそりと不満を漏らす。

 信繁は才蔵の消えた彼方を見送りながら、自嘲して呟く。

「才蔵には、二十年前に儂が捨て去った想いを預けたのだ」

 その言葉に仁左衛門がはっと目を見開く。

「侍とはつくづく業の深い生き物よ。愛する者を巻き込むと分かって

いながらも、戦への妄執を捨てきれぬ」

 信繁は彼方に見える大阪城を見据え、来たる徳川との一戦に高揚し

ている己を強く感じた。

 


 







 

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