浮気の疑い


指輪の件に関してみんなに頼る前に、雫先輩が寝ている間に指輪を取れないかチャレンジしてみることにした。

そっと左手に触れて指輪をズラしていくと、雫先輩は寝返りをうち、手を布団の中にいれてしまった。


「ダメか......」


その後、梨央奈先輩にメッセージを送ったが、さすがに青森に帰ってこれないと言われ、みんなにも連絡したが、明日予定が空いているのは乃愛先輩と結愛先輩だけだった。


翌朝、バイトが無いのに出かける準備をしている僕を見て、雫先輩は首を傾げた。


「どこか行くの?」

「ちょっと遊んできます!」

「林太郎くん?」

「は、はい!」


雫先輩は目を細めて僕の目の前まで詰め寄った。


「怪しわね」

「あ、怪しくないですよ?」

「林太郎くんだけ?」

「浮気とかしないですから」

「そんなこと聞いてないわよ?やっぱり怪しい」

「し、仕事遅れますよ?」

「そうね。早くこの状況を逃れたいみたいだし、仕事に行くわね」

「行ってらっしゃーい......」

「行ってきます」


完全に怪しまれてる‼︎雫先輩の浮気の基準がどこからか分からないけど、最悪、乃愛先輩と結愛先輩に会ってたってバレても大丈夫だよね。多分......


二人とはショッピングセンターの雑貨屋で現地集合の約束をしていて、僕も出かける準備を済ませて向かい、ショッピングセンターの雑貨屋に着くと、結愛先輩が一人でぬいぐるみを物色していた。


「結愛先輩!」

「久しぶり」

「乃愛先輩はいないんですか?」

「携帯忘れて取りに帰った」

「そうなんですか」

「で、頼みって?」

「あ、それなんですけど、雫先輩の指のサイズが知りたくて、僕が買ったペアリングがこの店にあるはずなんですけど、その指輪がピッタリの人を探してて」

「私か乃愛がピッタリなら、その指のサイズ測れば分かるってことね」

「そういうことです!」

「それで、その指輪売ってる?」

「だいぶ前に買ったので、それも不安なんですよねー」

「アクセサリーショップじゃないの?」

「確かにこの雑貨屋で買ったんです」

「私、店員さんに聞いてくる」

「お願いします!」


結愛先輩はレジに行くと、店員さんに誘導され、僕の方を見て手招きをした。


「ありました?」

「指輪はここにあるのだけだって」

「えーっと、多分これです!値段もこれくらいだったので!」


指輪を手に取り、なにも考えずに結愛先輩の左手の薬指に指輪をはめてあげた。


「ピッタリじゃないですか⁉︎」


結愛先輩はニヤけるのを我慢しているような顔をして、僕は自分がしていることのヤバさに気がついた。


「ごめんなさい!」

「いいよ。雫のためって言っても、ちょっと嬉しい」

「嬉しんですか?結愛先輩って僕のこと好きでした?」

「......」

「今だから言いますけど、乃愛先輩のふりしてキスしましたよね」 

「バレてたの⁉︎」

「あ、結愛先輩の大きな声、久しぶりに聞いた」

「そうじゃなくて!」

「気付いてましたよ?あの時の僕ならー、結愛先輩が好きって言ってくれてれば、きっと付き合ってたと思うんですよね」

「......なんか、今の聞いて死にたくなった」

「い、生きてください⁉︎」

「死にたいなー......私の人生ってなんなんだろう」

「えぇー......」


その時、慌てた様子で乃愛先輩がやってきた。


「遅れた!って、結愛からただならぬ負のオーラを感じる」

「乃愛はいいよね......蓮と付き合ってたんだもんね......」

「れ、蓮?なにがあったの?」

「結愛先輩のためにも、乃愛先輩だけには言えません!」

「ま、まぁいいや」


乃愛先輩にも協力をお願いして、結愛先輩がはめていた指輪をしてもらった。


「ピッタリだ!」

「さすが双子!同じサイズなんですね!」

「うん、そうそう小さくて哀れでしょ......」

「結愛先輩、胸揉む仕草やめましょうね......指の話なので」


アクセサリーショップで指のサイズを測ってもらう前に、結愛先輩の元気を取り戻さないとな......


「とりあえずクレープでも食べましょうか!今日は奢りますよ!」

「食べたーい!」

「結愛先輩もどうですか?」

「食べる」


三人でクレープ屋に行き、僕はチキンとシーチキンの甘くないものを注文し、二人はイチゴ生クリームのクレープを注文した。

そしてクレープを食べ始めると、結愛先輩のテンションも戻っていった。戻っていったと言っても、元々テンションが高い人じゃないから、いまいちテンションを掴みづらい人ではあるけど。


「そういえば乃愛先輩って、保育園の先生になるんですよね」

「うん!もう資格取った!」

「おめでとうございます!」

「ありがとう!てか聞いて!結愛が働いてるカフェ、昨日潰れたの!」

「え」

「潰れた......私、ニート......」


あ〜‼︎‼︎せっかくテンション戻したのに〜‼︎‼︎‼︎


それから、駄菓子食べ放題の店も奢って機嫌を直してもらい、アクセサリーショップにやってきた。


「すみません。二人の左手の薬指のサイズを測ってほしんですけど」

「かしこまりました!」

「ちょっと雑貨屋に戻るので測っててくれます?」

「いいよ!」

「了解」


二人を店員さんにまかせ、僕は雑貨屋に戻ってきた。

浮気を疑っていた雫先輩に、ちょっとしたものをプレゼントするためだ。


雫先輩、未だにオレンジのヘアゴムを腕に付けてて、さすがに汚れてるし......ヘアゴム買ってあげよ!


120円の白色のヘアゴムを購入し、アクセサリーショップへ戻った。


「測れました?」

「うん!8号だって!」

「蓮、雫に指輪買うの?」

「はい!」

「ペアリングあるのに?」

「結婚指輪ですよ」

「......」

「......」

「え、なに」


二人は「えー⁉︎⁉︎」と大きな声を上げ、僕に詰め寄ってきた。


「結婚するの⁉︎」

「するの⁉︎」

「いつかですよ!いつか!買っておいた方がいいかなってだけです!」

「なんだ、ビックリした!」

「子供でもできたのかと思った」

「そういうこと全然してないので」

「それは......」

「それで......」

「いや、別にいいんですよ!」

「蓮がいいならいいけど」


指のサイズを測り終わり、ショッピングセンター内にあるゲームセンターでプリクラを撮り、夕方までメダルゲームで遊び尽くした。


「久しぶりに楽しかったですね!」

「うん!」

「また遊ぼう」

「はい!」


結局その日は指輪を買わなかったが、白いヘアゴムを持って帰宅した。


「ただいまー!」

「遅かったわね」


雫先輩は玄関で腕を組んで待っていて、異様な空気を感じ取った僕は、慌ててポケットからヘアゴムを取り出すと、同時にプリクラがヒラヒラと床に落ち、急いでプリクラを取ろうとしたが、雫先輩は素早くプリクラを手に取った。


「林太郎くんじゃなかったのかしら」

「それは......昔のです!」

「蓮くんの今日の服と同じだけれど」

「たまたまです......」

「たまたま、私が先週買ってあげた服と同じ物を昔も持っていた。そう言いたいのね?」

「......」

「ご飯できてるから勝手に食べて」

「し、雫先輩?」

「嘘をつかないと約束したのにね。ショックだわ」


雫先輩は僕が乃愛先輩達と遊んだことを怒っているんじゃない。僕が嘘をついたことを怒っているんだ。でも、指輪のことは言えないし、なんて説明しよう......


雫先輩は二階の寝室に行ってしまい、少し時間を置いて寝室へ行ってみると、雫先輩はベッドに座りながら小説を読んでいた。


「雫先輩」

「なにかしら」

「これ、プレゼントなんですけど......」

「プレゼント?」

「オレンジのヘアゴムが古くなっていたので......」


雫先輩にヘアゴムを渡すと、雫先輩は白のヘアゴムをオレンジと黒のヘアゴムと同じく左腕につけて、淑やかに微笑んだ。


「これを買いに行ってくれたの?」

「はい」

「そう。それを口実に二人と浮気ね」

「え⁉︎違いますよー‼︎」

「私とプリクラを沢山撮る刑」

「ん?」

「私以外の女の子とプリクラを撮った罰」

「嬉しい罰ですね。そしてなんか可愛い。嫉妬ですか?」


僕がそう言うと、雫先輩はベッドに座ったまま僕をギロッと睨みつけた。


「いや、え。てか、オレンジのヘアゴム外さないんですね」

「宝物だもの」

「嬉しいこと言いますね!鬼のお面はまだ持ってるんですか?」

「もちろん。実家の私の部屋にあるわ」

「え、さっきつけてるんだと思いました」

「はい。私を怒らせた」

「はい。ごめんなさい」


その日、僕は雫先輩に全身を拘束され、クローゼットに閉じ込められた。


「雫せんぱーい。出してくださいよ〜」

「調子に乗りすぎなのよ。明日までそこで反省していなさい」

「嫌だ〜‼︎‼︎出して〜‼︎‼︎」

「うるさいわよ!」

「大好きなので出してくださ〜い‼︎」

「き、今日は絶対に許さないわ」

「そんな〜......」


退屈しない日常もそれなりに大変だ。

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