嬉しそうな先輩


3月2日、卒業式まで今日を含めて残り22日......だか、僕は卒業式の前に、14日のホワイトデーのことも考えなければいけなかった。


「林太郎くん」

「なんだ?」

「今日の放課後、ショッピングモールに付いて来てくれない?」

「いいぞ、俺もホワイトデー用に瑠奈にプレゼント買いたいし」

「ありがとう!」


そして放課後、今日は瑠奈と花梨さんに部活の見回りをさせ、僕達はショッピングモールにやってきた。


「林太郎くんは何買うの?」

「そうだなー、ぬいぐるみとか?」

「小さいのだといいけど、あまり目立つ物は学校に持っていけないよ?」

「確かに、でも今年のホワイトデーは土曜日だし」

「そうだっけ?」

「うん」

「んじゃ、なんのぬいぐるみ?」

「ウーパールーパーかな。よく、花梨と一緒にウーパールーパー眺めてるからな」

「いいね!」

「でもさ、ぬいぐるみって意外と高いんだよなー」

「一年に一度だし、奮発しなよ!」

「そんな蓮は何買うんだ?」

「またヘアゴムでもいいかなって、前にプレゼントしたやつ、ずっと腕につけてるからさ、結構古くなってるんだよね」

「分かってないなー」

「なにが?」

「雫先輩は古くなっても、新しいのに変えたりしないと思うぞ?」

「そうかなー」

「ヘアゴム以外で考えろ。んじゃ、俺はあっちの店行ってくるから」

「了解!後で合流ね」

「OK」


林太郎くんと別れ、僕は一人で雑貨屋に向かった。


雫先輩が貰って喜びそうな物......

考えても分かるはずがなく、勇気を出して女性の店員さんに声をかけた。


「すみません」

「はい!どうなさいました?」

「今、女子高生に人気なものとかってありますか?」

「それですとー、この店では、こちらを買っていかれる学生さんが多いですね!」


店員さんが手に取ったのは、口紅?リップクリーム?


「これなんですか?」

「リップクリームです!クリーム部分がハート型になっていまして、桃の香りがして人気が高い商品になっています!」

「あ、んじゃそれ買います」

「ありがとうございます!他にお探しの物はございますか?」

「他に人気のある物とかって......」


全部店員さんに任せてしまっているが、こういうのは気持ちだから大丈夫だと自分の中で自己解決した。


「因みに質問なんですけど、ホワイトデーのお返しかなにかですか?」

「は、はい!ホワイトデーで......」

「素敵ですね!それならこちらはどうでしょう」

「......いや〜......」


店員さんが次に手に取ったのは、シルバーカラーのシンプルなペアリングだった。


「お気に召しませんか?二人でつけたら素敵だと思いますよ?」

「......い、一応買います......」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、お会計お願いします......」


勧められたものを断れない、かなりいい客になってしまった......


「こちら2点で、6200円になります!」

「え⁉︎そんなにですか⁉︎」

「こちらのペアリングが5600円になりますので」


てことは、リップクリームもいい値段するし......最近のお小遣いは月5000円......お年玉はゲームソフトに注ぎ込み、財布の中身は6300円......


「あ、あの、指輪なんですけど......」

「はい!」


指輪だけ買わないことにしようと思ったが、店員さんの笑顔を見て、断るのが悪いことのような気がしてしまった。


「いえ、買います......」

「ありがとうございます!」

「ラッピングお願いします......」

「ラッピング代金100円を頂戴いたします!」

「......はい」


僕は全財産を失った。

だが、リップクリームと指輪は別々にラッピングしてくれたことだけは救いだった。


プレゼントが入った袋を持ち、林太郎くんがいる店に行くと、林太郎くんは丁度買い物が終わった時だった。


「お!蓮も買ったか!」

「なんかいいのあった......?」

「ウーパールーパーのぬいぐるみあったわ!てか、元気ないな」

「あぁ、気にしなくていいよ......」

「そ、そうか。せっかくだしゲーセン寄っていこいぜ」

「いや、帰る......」

「わ、分かった。気をつけて帰れよー」


ゲーセンで遊ぶ金もない‼︎もう嫌だ‼︎


そしてホワイトデー当日、僕は朝から雫先輩に電話をかけた。


「も、もしもし?」

「雫先輩、今日遊びましょ」

「あ、遊ぶ?梨央奈さん達からは何も聞いていないわよ?」

「いや、二人でですよ」 

「ななな、なぜ?」

「いいから遊びましょ。10時に雫先輩の家行きます」


それだけ言い残して電話をきった。半ば強引にしたのは、断られてプレゼントが無駄にならないためだ。


そして雫は、今日がホワイトデーだと知っていて、色んなことを察して、大慌てでクローゼットから大量に服を出し、鏡の前で体に服を当てていた。


10時ぴったりに雫先輩の家のチャイムを鳴らすと、雫先輩は制服姿で出てきた。


「い、いらっしゃい」

「家でも制服なんですか?」

「たまたまよ」

「とりあえず、雫先輩の部屋にレッツゴー!」

「......」


雫先輩の部屋にやってくると、雫先輩はずっとソワソワしていて落ち着きがなかった。


「トイレでも我慢してるんですか?」

「ち、違うわよ!」

「そ、そうですか。早速ですけど、チョコ美味しかったです!」

「そ、そう」

「それで、これ!今日はホワイトデーなので!」


リップクリームが入った袋を渡すと、雫先輩は少し俯いて、とても嬉しそうに袋を見つめた。


「あ、開けてもいいのかしら」

「いいですよ!大したものじゃないですけど!」


服を開けて、リップクリームを取り出すと、雫先輩は困ったような表情で僕を見つめた。


「勿体なくて使えないわよ」

「いや、使ってくださいよ。じゃないと、財布だけじゃなくて僕も泣きますよ?」

「財布は泣かないと思うのだけれど」

「とにかく使ってくださいね!クリーム部分がハートになってて可愛いですよ!桃の匂いがするらしいですし!」

「た、大切に使うわね」

「特別な日だけつけるの〜。てきなやつですか?」

「な、なにを言っているの?」

「さっきから冗談伝わらなすぎですよ。あと、バレンタインの日のことなんですけど」

「なにかしら」

「僕は会いたいですよ!雫先輩が卒業しても!」


言う予定になかった言葉が、何故か口から溢れた。


「......え、えっと」

「なんですか?」


自分が言った言葉の恥ずかしさに死にたくなりながらも、冷静なふりを貫いた。


「あの日はごめんなさい......」

「い、いいですよ!全然大丈夫です!」


雫先輩は頬を赤くしながら、呼吸を整えるように、ゆっくり呼吸をして言った。


「私も......会いたい......です」


その瞬間、雫先輩の部屋のドアが勢いよく開き、部屋の前には雫先輩のお父さんと二人の黒服が立っていた。


「男を追い出せ‼︎」

「はい!」

「えっ、え⁉︎」


急に二人の黒服に両腕を掴まれ、その場に立たされた。


「お父様‼︎なにするの‼︎」 

「私に嘘をついたな。今後一切、涼風蓮との接触を禁じる‼︎蓮くん、君も雫には近づくな」

「そんな‼︎」

「雫、蓮くんから貰ったものを渡しなさい」

「嫌です!」

「早く渡すんだ」

「こ、校長先生!」

「なんだい?」

「どうしてそこまで雫先輩を縛り付けるんですか!」 

「雫が幸せになるためだ」 

「......う、嘘つくな!そんなの綺麗事だ!」

「なんだと」

「自分の娘の前でハッキリ言ってみてくださいよ......お金のためだって‼︎」

「いいかい、蓮くん。今の君はパーフェクトじゃない。君はこの街から出て行ってもらう。お金は全て私が払おう」

「え......?」

「会長になれたのに残念だが、学校も転校という形をとってもらう」

「お父様......そんなの許せません......!」


雫先輩は感情的になり、僕の腕を掴む黒服に手を出そうとしたが、お父さんに腕を掴まれてしまった。


「やめなさい」

「......」


雫先輩が今にも泣き出しそうな時、トントントンと、足音が近づいてきて、聞き覚えのある声がした。


「朝から騒がしいわね」

「お母様!」

「雫先輩のお母さん!」

「久しぶり、蓮くん。もっと仕事が長引く予定だったんだけど、思いのほか早く終わったから日本に帰ってきたの。そしたら騒がしい声が聞こえてね」


雫先輩のお母さんは、サングラスを少し下げ、雫先輩のお父さんをギロッと睨みつけた。


「お、お帰り!会いたかったよ!」

「雫と蓮くんを離しな。命令よ」

「は、はい!」

「さて、四人で話しましょうか」


それから四人でリビングに行き、僕と雫先輩が隣同士、向かいに雫先輩のお父さんとお母さんが座り、3分ほど沈黙が続くと、雫先輩のお母さんが小さくため息をついた後に喋り出した。


「蓮くん、決まりは決まりなのよ。それを変えたいなら、それなりのお金と覚悟が必要なの」

「結局お金ですか」

「お金持ちっていうのはね、稼いだから、後は遊んで暮らそうじゃないの。お金を持つというのは、そこに至るまでに繋がってきた人達、今繋がっている人達というのが大きくて、お金持ち同士の契約には、蓮くんが想像できないほどの大金と、沢山の会社同士の繋がりがあるの」

「......つまり?」

「蓮くんが雫の結婚を取り下げようとするということは、その全ての責任を背負うってことよ」

「......」

「蓮くん、今、アルバイトは?」


雫先輩のお父さんに聞かれ、僕は下を向いたまま答えた。


「してません」

「何か言うなら、もっと社会を知ってからにしようね」

「......」


僕が何も言わなくなると、雫先輩が立ち上がった。


「蓮くんを追い出すとか、転校させるとかは辞めてください」

「それは雫の答え次第だ。結婚はするか、反抗するか」

「......し......します......」


僕が雫先輩を見上げると、雫先輩はどこか悲しそうに、口元だけを少しニッコリさせた。


「蓮くんも、結婚の邪魔だけはしないと約束してくれるかい?」

「......」

「ん?」

「はい......」

「よし、それじゃ今日はもう帰りなさい」

「はい、いろいろと......失礼しました......」


そして雫先輩の家を出ると、小走りで雫先輩のお母さんがやってきた。


「待ちなさい」

「あ、えっと、前は嘘とかついてすみませんでした......」

「過去は過去。ちゃんと詩音と会えたみたいね」

「はい」 

「それができた君なら大丈夫。頑張りなさい」

「......」


その「頑張りなさい」という言葉は、なにを頑張ればいいのか僕には理解できなかったが、それを聞く元気は今の僕には無かった。

とにかく家に帰って、早く一人になりたかったのだ。


「送って行こうか?」

「大丈夫です。お邪魔しました」

「雫はね」


僕が歩き出した時、雫先輩のお母さんは僕の歩みを止めるように話しかけてきた。


「なんですか?」

「蓮くんを相当気に入ってるわよ」

「そうですかね」 

「あの子の母親だもの、分かるわよ。それと私の旦那はあんなんだけどね、あの人もあの人で、詩音の時に失敗してるから、それなりのトラウマがあるのよ」

「でも......許せません」

「許す許さないじゃない。その考えは蓮くんが子供の証拠」

「んじゃ、どうすればいいんですか?」

「どんな人間も、自分が損しないように必死なの。それが誰かの悪であり、誰かの得なのよ」

「悪であり、得......」

「そう。蓮くんだって自分が損しない道を選びがちな人生を送ってきたんじゃないかな?」

「意外とそうじゃないところもありますよ」

「あはははは!だから君はいいね。時には、自分の損になると分かっていても誰かの人生を背負う。それが愛だよ」

「雫先輩のお母さんは、僕の味方なんですか?」

「どちらでもない。ただ、私の愛する娘の為に、雫の父であり、蓮くんにとっての校長に向かって、あんなことが言える君は好きだよ」

「す、好き⁉︎」

「だから頑張りなさい。じゃあね」

「は、はい......」

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