初体験だって捨ててやる


山本先輩が生徒会に入ってからは、特になんの問題が起きるでもなく、僕が理想とした生活を送れている。


だが、7月10日の夏休み10日前になり、山本先輩が放課後の生徒会室で急に話しかけてきた。


「涼風くん」

「は、はい!」

「久しぶりに話すね」

「そ、そうですね」


山本先輩は生徒会に入ってから今日まで、一度も僕に話しかけこなかったが、それまでの間、光を当てると、ちょっと茶色に見えるかな?程度に髪を染め、茶色いカラコンを付けるようになり、メイクをして、ボブだった髪を片方耳にかけ、だいぶ雰囲気が変わった。


「珍しくまだ誰も来てないから、ちょっと話でもしようかなって!」

「は、はぁ」

「警戒しないで?あれから何もないでしょ?」

「はい」

「いつも梨央奈さんと千華さんと瑠奈さんに追いかけられてるけど、なんでなの?」

「自分で言うのは恥ずかしいですけど、三人共僕が好きなんですよ」

「で?涼風くんが好きなのは?」

「梨央奈先輩ですよ?」

「え、んじゃ、前に言ってたヤンデレかもしれない彼女って梨央奈さん?」

「はい」

「意外だね。梨央奈さん、そんな風に見えなかった」

(やっぱり梨央奈さんか。これで確定だし、今日やってやる......)

「僕も、今でも信じがたいですよ。山本先輩は彼氏いるんですか?」

「睦美でいいよ」

「んじゃ、睦美先輩って呼びます」

「うん!ちなみに彼氏はいないよ!」

「意外ですね」

「そうかな?それより涼風くん」

「はい?」


なんだろう......睦美先輩の雰囲気が変わった。


「そろそろ梨央奈さんも生徒会室に来るよね」

「あー、はい。必ず放課後は来る予定になってるので、急用でもない限り来ますよ?」

「そっか。ちょっとこれ見て」


睦美先輩は携帯を取り出し、ソファーに僕を呼んだ。


「なんですか?」


睦美先輩の横に座り携帯を見ると、画面は真っ暗だった。


「真っ暗ですけど......なにっ⁉︎」


睦美先輩は僕をソファーに押し倒し、僕のベルトに手をかけた。


「いきなりなにするんですか!」

「いいから早く脱いで‼︎」

「はい⁉︎」

「涼風くんの体、私が全部汚してあげるよ」

「僕は梨央奈先輩と付き合ってるんですよ⁉︎」

「だからだよ!梨央奈さんに見せつけて、涼風くんは振られる!悲しいでしょ?辛いでしょ?そう、その不安と恐怖で歪む顔が見たかったの!」


必死にズボンを掴んだが、睦美先輩は僕の手に爪を立て、痛くて離した隙にズボンを下ろされてしまった。


「ほら、パンツも!」

「本当にダメですって!」


頼む!最初に来るのが結愛先輩か乃愛先輩であってくれー!


「睦美先輩!自分を大切にしてください!」

「もういいの。大勢の生徒の前で恥かかされて、プライドも削ぎ落とされて、もう失うことなんてない!涼風くんが不幸になるためなら、初体験だってなんだって捨ててやる!」

「待ってください!僕も初めてなんです!」

「......尚更やる気になった」


そう言って不気味に僕を見つめる睦美先輩は、本気の目をしていた。


睦美先輩はパンツから手を離し、ソファーに倒れている僕の顔の両サイドに手をつき、顔を近づけてきた。


「あ、あの......」


動揺しているうちにキスされてしまい、その瞬間、生徒会室の扉が開いた。


パラパラと、大量の紙を落とすような音がして、梨央奈先輩の声が聞こえた。


「......そんな......」


ズボンを脱がされ、睦美先輩が僕に跨っているせいで、パンツはスカートで隠れ、完全にそういう行為をしているようにしか見えない。


「見られてちゃった♡ごめんね梨央奈さん。涼風くんがあまりにもお願いしてくるから♡」

「違います!梨央奈先輩、話を聞いてください!」


梨央奈先輩は落とした書類をそのままに、どこかへ走って行ってしまった。


「あーあ、振られちゃったね。どうする?続きしてあげてもいいよ?」

「もう満足しましたよね......どいてください」

「どうして......どうして泣かないの?」

「泣きたいですよ。でも、悲しいより怒りが勝ちます」


その頃廊下では、虚な目をしてフラフラと歩く梨央奈を見つけた瑠奈は、茶化すように声をかけた。


「元気ないね!ついに蓮と別れてくれた?......どうしたの?」

「蓮くん、睦美さんとしてた......」

「は?なにを?」

「蓮くん......下半身裸で......上に、睦美さんが......」


瑠奈は目を見開き、梨央奈の胸ぐらを掴んだ。


「それでなにもしないで逃げたわけじゃないよね。もしそうなら......二度と蓮に近づくな‼︎」

「......」

「場所は」

「生徒会室......」


瑠奈は生徒会室へ走って行った。


たまたま二人の会話を聞いていた雫は、廊下の角で小さくため息をついた。

数分後、生徒会室からガラスの割れる音が聞こえ、生徒達の悲鳴が校内中に響いた。


「梨央奈さん、行くわよ」

「雫?今のって......」

「瑠奈さんが暴れているのよ」


瑠奈が生徒会室に入った時、蓮は睦美に首を絞められていて、その場で瑠奈と睦美は殴り合いの喧嘩を始めた。


「なに顔殴ってんだよ‼︎」

「うるさい‼︎蓮に酷いことして、許されると思うな‼︎」

「お前に関係ないだろ‼︎」

「私は蓮の幼馴染みだ‼︎」

「関係ねーんだよ‼︎そもそも私を裏切ったこの男が悪いんだ‼︎もう死んだけどな‼︎」


倒れている蓮を見ると、蓮の指がピクッと動いた。

その時、梨央奈が生徒会室に入ってきて、睦美を感情のままにボコボコにした。


騒ぎを聞いて駆けつけた千華と結愛と乃愛は、生徒会室の前で雫に止められてしまった。


生徒会のメンバーと瑠奈、そして雫も、梨央奈が怒りを表情に表し、感情的に人を殴る光景に驚きを隠せなかった。


そして睦美が動かなくなったのを見て、雫は慌てて梨央奈の腕を掴んだ。


「梨央奈さん、やめて」

「離して‼︎こいつは蓮くんを汚した‼︎離せー‼︎」

「梨央奈‼︎」

「......雫、今梨央奈って......」

「千華さん、救急車を二台呼んで」

「わ、分かった!」


千華が携帯を取り出すと、結愛は割れた窓ガラスから下を覗いて言った。


「三台呼んで」


雫も下を覗くと、一人の女子生徒が割れたガラスの被害に遭い、人集りができていた。


生徒会室はガラスが割れ、机や椅子は倒れ、書類も散乱していた。

救急車で蓮と睦美、そして一人の女子生徒は病院に運ばれ、生徒会室に警察が駆けつけ、この出来事は大問題になってしまった。


乃愛は生徒会室を見て呆然とする雫の手を握り、優しく声をかけた。


「大丈夫。みんなで睦美先輩を信用したんだもん。雫だけが悪いんじゃないよ」

「ありがとう。乃愛さんのその喋り方、とても気持ちが落ち着くわ」


それから土日が過ぎ、月曜日の朝。

いきなり、睦美の母親が学校にやってきた。


「先生!」

「あー、睦美さんのお母様、どうなされました?」

「聞けば、あの怪我は生徒会の人にやられたそうじゃないですか!その子を呼びなさい!」

「いやー、それには色々と理由がありまして......」


雫はたまたま職員室を通りかかり、睦美の母親に声をかけた。


「睦美さんのお母様ですね?私はこの学校の生徒会長です。生徒会室へどうぞ」


睦美の母親は、先生達を睨んで雫に着いて行った。


「どうぞお座りください」


生徒会室は学校が休みのうちに、全て綺麗に直されていた。

そして二人は、テーブルを挟んでソファーに座り、話を始めた。


「い、いったいどういうことです!生徒会は、私の娘にあんな酷いことをする組織なの?」


雫は不登校だった睦美を学校に来させたとこから、今までの出来事を全て話した。


「私は......全ての生徒に、無事に卒業してほしい......それだけなんです」

「でも、貴方はやり方を変えるつもりはないのよね」

「はい」

「こんなことが起きたのに?」

「はい」

「......話にならないわね。睦美に手を出した二人の生徒を呼びなさい!その子を訴えるわ!」

「二人には停学を言い渡してあります」

「停学なんかで済まないわよ‼︎」


その時、生徒会室に顔にガーゼを貼った睦美が入ってきた。


「お母さん」

「睦美!今日は休みなさいって!」

「ごめん。どうしても学校に来たくて......会長」

「なにかしら」

「もう一回......もう一回だけ私を信じてほしい......これが最後の正直」

「なぜ信じてほしいの?」

「病院で目を覚ました時、ベットの横に瑠奈ちゃんが居て、瑠奈ちゃんは涼風くんと話してたんだけど、私が目を覚ましたのを見て、瑠奈ちゃんは言ったの」

「なにって?」

「あの雫とかいう生意気な無表情野郎、本当にムカつくよね。私達をいじめてなにがしたいのって感じだよね。でも私は知ってる。アンタから蓮を守るような優しさを持ってる人だって。そしてアンタを見捨てなかった優しさを持ってる人だって」

「それで?」

「でもムカつくから、ずっと噛みついてやるけどって最後に言ってた」

「そうじゃないわ」


雫は立ち上がり、睦美の目の前に立った。


「貴方をもう一度信じれるわけないじゃない。私以外の生徒会メンバーもそうだし、他の生徒も貴方を再び信じることは難しいわよ?今や貴方の居場所は、本当にこの学校からなくなってしまったの」

「ア、アナタね‼︎どれだけ私の娘をいじめたら気が済むの‼︎」

「お母さん、ちょっと黙ってて」

「睦美......」

「それで?どうやって信用を取り戻すか聞かせてちょうだい」

「......時間しかないかな。時間をかけて信用してもらう」


雫は再びソファーに座り、睦美の母親を見つめた。


「素直で真っ直ぐな娘さんですね」

「あ、当たり前よ!」

「暴力に走ってしまったこと、人の信用を失う行動を取ってしまったこと。それは素晴らしい結果へ繋がりましたよ」

「え?」

「自分の間違いに気づき反省できる。人の痛みを知れる。だから私は思うんです」

「なにがかしら」

「睦美さんは間違っていなかったと。睦美さんは私が責任を持って卒業させます」

「ま、まぁ?睦美が間違えてないって分かればいいのよ。それじゃ責任を持って頼むわね」

「はい」


睦美の母親が生徒会室を出て、睦美も母親に着いていくと、母親は安心したようにため息をついて振り返った。


「いい会長さんね。鬼の生徒会長って聞いてたから、どんな人かと思ったら、あんなに生徒を大切にしてる人、他にいないわよ。会長は、もう睦美のことを信じているわ。関係を大切にしなさい」

「うん」

「それじゃお母さんは帰るから、学校が終わったら早く帰ってくるのよ」

「分かった」


帰っていく母親の背中を見て、睦美は思った。

(私達は、なかなか会長の考えを理解できない。でも、見る人が見れば分かるんだ。梨央奈さんが言っていた、行動の本質を考えてって言うのもそういうことだ。私は冷静じゃなかった......でも、冷静に思い返すと分かってくる)

「会長の優しさが......」

「今更気づいた?」

「あ、千華さん」

「私も最初はね、この鬼!ぐらいに思ってたんだけど、最近は優しいなーって思うことが多くなったの。それは、蓮が生徒会に入ってからなんだけど、良いんだか悪いんだか微妙だけど、問題が起きるたびに雫の優しさが見えてくるんだよね」

「生徒会のみんなは、会長の優しさに気づいてるんだね」

「んー、蓮は微妙かな?結構怯えてることが多い。それで?蓮としたの?」

「なにを?」

「エッチ」

「し、してないしてない!」

「そっか。もう邪魔しないであげてね」

「千華さんも涼風くんが好きなんじゃ」

「好きだよ。でも、蓮は私を見てくれない。だからずっと、一方的でもいいから愛を尽くそうって思ってる!」

「そうなんだ......」


その頃雫は、巻き込まれて怪我をした生徒の家に電話をして和解し、次に梨央奈に電話をかけていた。


「生徒会室の監視カメラを確認したのだけれど、睦美さん、蓮くんと体の関係は持っていなかったわよ」

「うん......蓮くんに聞いた。初めて蓮くんに怒られたよ」

「蓮くんって怒るの?」

「うん。僕はよく分からないけど、雫先輩のことに関して、見えるものが全てじゃないみたいに話してくるくせに、僕の時は最初から疑うんですねって」

「正論ね。仲直りはしたの?」

「したよ」

「睦美さんとは話したかしら」

「うん。電話で少し話した。どんなことを思ってあんなことをしたのかとか全部話してくれて、一応仲直りかな?」

「そう。ならいいわ」

「雫」

「なにかしら」

「久しぶりに呼び捨てで呼んでくれた時、嬉しかったよ」

「あれは思わず呼んでしまっただけよ。梨央奈さん」

「まったく......」


それから夏休み三日前まで時は過ぎ、梨央奈と千華、そして瑠奈は、デートチケットを眺めながらニヤニヤしながら登校していた。


「蓮〜‼︎おっはよー!」

「停学解けるの早っ‼︎」

「なんか問題ある?」

「ないチンゲール」

「ルーマニア」

「しりとりしないでよ」

「蓮くん♡」

「げっ!梨央奈先輩......」

「げっ?」


あんな風に怒っちゃったから、少し気まずいな......


「あ?蓮は私と二人で登校するんだけど。邪魔しないでもらえる?」

「邪魔は瑠奈ちゃんだよ?ねー?♡蓮くん♡」


梨央奈先輩が僕と腕を組むと、瑠奈は梨央奈先輩にドロップキックを決め、プロレス大会が始まってしまった。


「二人共!停学明けから、また停学になるよ⁉︎」

「ふっ♡」

「ふっ?」

「デートチケットもーらい!」


梨央奈先輩は瑠奈からデートチケットを奪い、逃げるように学校に走って行った。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

「怖いよ瑠奈」

「待てゴラァ〜‼︎‼︎」


こうして、もう時期始まる高校最初の夏休みに胸躍らせながらも、不安を抱えて学校に向かった。

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