梨央奈の涙


千華先輩が生徒会長になって月日は経ち、5月7日。

雫先輩から解き放たれた反動で、学校の風紀は乱れていた。


生徒会室では、会長の椅子に座る千華に梨央奈は笑顔で話していた。


「ピアスを開ける生徒、髪にワックスを着けたりする生徒が増えてきたよ?掃除の時間はみんなお喋りばっかり。さぁ会長?どうする?」

「自由でいいんじゃない?」

「千華はみんな平等にって言ってたけど、強い生徒と弱い生徒が出てきて、いじめも起きてるよ?成績が悪い生徒への差別も生まれてる」

「し、雫が会長の時から差別はあった。むしろ、雫が差別的な環境を作ってたじゃん!」

「なんの意味も無く、雫がそれを作り出していたと思う?」

「......どういうこと?」


梨央奈はポケットから棒付きキャンディーを取り出し、千華に咥えさせた。


「な、なにこの飴」

「今日まで会長をやり抜いたご褒美!」

「さっきから言ってる意味がよく分からないよ?」

「雫が動くなら、そろそろだと思うから」


その日の昼休み、千華先輩の挑戦的な弁当を食べずに済ませるために、メロンパンを持って屋上に向かった。

すると、雫先輩が一人でベンチに座っていた。


「あっ......」


気まずっ‼︎あれ以来会ってなかったし‼︎


「久しぶりね」

「お、お久しぶりです〜」

「座っていいわよ」

「......ありがとうございます」


雫先輩の隣に座ると、雫先輩は弁当を片付けて話しかけてきた。


「最近の調子はどうかしら」

「まぁ......楽しいですよ?」

「生徒会は?千華さんが会長になって、どう?」

「かなり楽です!やることないし!」


やっべ〜‼︎雫先輩にこんなこと言ったら罰を与えられるんじゃ‼︎


「怯えなくていいのよ。私は今、なんの権力も持っていないのだから。今は」


なんですか⁉︎その意味深な最後の今はって‼︎


「体の調子は?」

「元気ですよ?」

「100周も走り抜く生徒、私は初めて見たわ」

「あの時は死ぬかと思いましたよ」

「あの時は、その.......」

「なんですか?」

「なんでもないわ。これからも楽しい高校生活が送れたらいいわね」

「は、はい......」


そして雫先輩は、静かに校内へ戻って行った。


「ん!このメロンパン美味しい!」


雫は久しぶりに生徒会室に訪れると、そこでは梨央奈が雫を待っていた。


「お帰りなさい!雫会長!」

「ただいま。次の授業が終わったら、全校生徒を体育館に集めてもらっていいかしら」

「了解だよ!」


予定通り、授業が終わったタイミングで、梨央奈は放送を流した。


ピンポーンパンポーン

「至急、全校生徒は体育館に集合してください」

ピンポーンパンポーン


「蓮、この感じ久しぶりだね」

「うん。今のって梨央奈先輩だよね。瑠奈、なんか知ってる?」

「私が知るわけないでしょ?」

「だよね。とりあえず行こうか」


その放送を聞いて、千華も体育館へ来ていた。


「梨央奈?この集まりはなに?」

「一瞬で体育館が凍りつく瞬間が見れるよ!」

「ん?本当、今日はよく分からないことしか言わないね」


体育館に全生徒が集まり、みんな呑気に会話している時、一人の男子生徒の怯える声が響いた。


「うっ、うわ〜‼︎」


その声を聞いた二年生と三年生徒は、体育館の出入り口を見て、座りながら後退りし始めた。


そこには雫先輩が立っていて、目の前に座る、髪を茶色に染めた先輩を見下ろしていた。

それに、二年生と三年の反応を見て、雫先輩がいかに恐れられていたか再確認できた。


「なっ⁉︎雫⁉︎.....梨央奈!どういうこと⁉︎」

「だから言ったでしょ?まぁ、凍りつくって言うより、恐怖の方が正解だったみたいだけど」


雫先輩はステージに上がり、マイクのスイッチを入れた。


「さて、しばしの自由は楽しめたかしら。今日からまた私が生徒会長をやります。みなさんは勿論、千華さんも驚いているでしょうけど、千華さんには言っておきます。私は代理で会長を任せたのであって、書類上は私が会長です」

「そ、そんなの聞いてない‼︎」

「関係ないわね。そう言えてしまうのが契約書の力よ」

「そんな......」

「ピアスを着けている生徒は今すぐ外しなさい」


大半の生徒は怯えてすぐに外したが、髪に金メッシュを入れて、左耳にピアスを開けた一人の男子生徒は雫先輩に盾突き始めた。


「い、いきなり戻ってきて命令するな!」


雫先輩は睨むでもなく、冷静に淑やかな表情でその生徒を見つめた。


「貴方は、三年三組の......ごめんなさい。影が薄くて名前を忘れてしまったわ」

奏多かなただよ‼︎先輩の名前ぐらい覚えろ‼︎」

「覚える価値の無い名前を覚える脳が勿体ないわ。貴方、元々は暗くて大人しい生徒だったわよね」

「だ、だからなんだ!俺は変わったんだ!」

「ピアスを開けてもいい、髪を染めてもいい環境でそれをしただけよね。それで強くなれた気でいるの?見た目通りカッコ悪いわね」

「う、うるせぇ‼︎」

「何故貴方がそんなに必死になるか、教えてあげましょうか?」

「なんだよ」


雫先輩は、奏多先輩に向かって歩きならが話をした。


「貴方はずっと冴えない学校生活を送っていた。勉強しても成績上位に入れなく、この学校での自由を手に入れることもできなくて、自分より上の人間を妬みながら生きてきたの。そんな時、千華さんが会長になって学校のルールが変わった。チャンスだと思ったのよね?」


雫先輩が奏多先輩の前で立ち止まると、奏多先輩は雫先輩の迫力に腰を抜かした。


「そして貴方は変わった。周りの生徒も貴方を慕うようになった。戻るのが怖いんでしょ?あの日の惨めな自分に」

「お......俺は......」

「一度自由の味を覚えた人間は、それを失っても、また自由を手に入れようと努力するものよ」


雫先輩はしゃがみ、周りの生徒に聞こえないように耳元で囁いた。


「大丈夫よ。貴方ならできるわ」

「......会長......」


雫先輩は立ち上がり、全生徒を見渡した。


「他に、前のルールに戻すことに反対の生徒はいるかしら?......いないようね。明日の朝、全生徒の身嗜みチェックを行います。それとこの後、生徒会メンバーは生徒会室に来なさい。それでは、解散」


え、僕も行かなきゃいけないのか。


言われた通り生徒会室に行くと、全員座って僕を待っていた。


「座りなさい」

「は、はい」

「明日は全員、1時間早く学校に来ること。私は校門前で生徒の身嗜みチェック。蓮くんと千華さんは、中間で持ち物チェック。梨央奈さんは下駄箱前で見落としがないか最終チェックをお願い」


すると千華先輩は立ち上がり、雫先輩の目の前に立った。


「てかさ、また雫が会長やるなんて聞いてないんだけど!」

「千華さんは生徒をまとめられなかった。会長に向いていないわ」

「でも‼︎」

「でも、なに?上に立つ者がいじめや生徒内での差別に対応できないなんて許されることではないわよ?安心しなさい。千華さんはこれからも、雑用として生徒会に居させ、自由も与えてあげるから」


千華先輩がイライラしながら座ると、雫先輩は5秒ほど目を閉じて、ゆっくり目を開けた。


「それと明日、結愛ゆあさんと乃愛のあさんの停学が解けるわ」


その二人が何者かは分からないけど、その名前を聞いた瞬間、空気がピリついたのが伝わった。


「それじゃ、明日よろしくね」


生徒会室を出ると、千華先輩は焦ったような表情で僕の両肩を掴んだ。


「蓮!」

「なんですか⁉︎」

「結愛と乃愛には気をつけて」

「何者なんですか?」

「生徒会メンバーだよ」

「生徒会メンバーが停学ですか?」  


僕達の会話を聞いて、梨央奈先輩はニコニコしながら話に混ざってきた。


「そう!停学になったのに、あの雫が生徒会を辞めさせない。おかしいな〜、やだな〜、怖いな怖いな〜」

「怪談喋ってるみたいに言わないでくださいよ」

「まぁ!蓮くんのことは千華が守るつもりでしょ?」

「うん!絶対に私が守る!」

「ちょっと待ってください⁉︎僕、なにかされるんですか⁉︎」

「されるかもしれないし、されないかもしれない!」

「ち、千華先輩!絶対守ってくださいね⁉︎」


待って。僕今、ものすごくダサくない?


「勿論だよ!」

(蓮に頼られた!好きな人に頼られるって、こんなに嬉しいんだ!)


翌日、瑠奈に言ったら面倒くさそうと思い、何も言わずに朝早くに一人で学校に向かった。


学校が見えてくると、校門前には雫先輩が立っていて、雫先輩の両サイドには、瑠奈と同じくらい低身長で、制服の上に黒いパーカーを着て、大きなフードをかぶった二人の女子生徒がいた。


あれが結愛先輩と乃愛先輩かな......なんか怖いな......全く顔見えないし。


「雫先輩、おはようございます」

「おはよう。蓮くんは千華さんの隣に立ってちょうだい。やることは昨日説明した通りよ」

「はい」


その時、雫先輩の左に立つ女子生徒が微動だにせずに話しかけてきた。


「私には挨拶ないの?」

「お、おはようございます!」

「うん」

「えっと......こっちの人も、おはようございます」


もう一人の女子生徒は、すごく眠そうな声で「おはよ〜」と答えた。


千華先輩の隣に行くと、千華先輩はいきなり大きく息を吐いた。


「はぁ〜。ハラハラした〜」

「なにがです?」

「挨拶忘れたでしょ」

「あ、はい」

「許してもらえたの奇跡だからね⁉︎蓮が生徒会入ってなかったら半殺しだったよ?」

「そんなに⁉︎」

「いい?話しかけて来た方が結愛で、眠そうな声してるのが乃愛。どっちもヤバイんだけど、1番気をつけるべきは乃愛」

「え?逆じゃないんですか?」

「ギャップが怖いの!ギャップ!」

「は、はぁ」


それから生徒達が登校してきたが、髪を染めていた生徒は黒く染め直し、ピアスを開けていた生徒はピアスを外し、余計な物を持ってくる生徒もいなかった。

この学校において、雫先輩の一言は何よりも力がある。

要するに怖い。


「あー!蓮いた!」

「あ、瑠奈だ」

「ねぇ......瑠奈ちゃんに髪染めさせなかったの⁉︎」

「そりゃいつものことですし」

「瑠奈ちゃん......ヤバイよあれ」

「蓮〜!蓮ったら!」


瑠奈が校門をくぐろうとした時、結愛先輩が瑠奈を呼び止めた。


「止まれ」

「は?なに。早く蓮と喋りたいんだけど」

「誰に口聞いてんだ?」

「アンタだよ?ア.ン.タ!」

「......」

「あれ〜?何も言い返さないんでっ⁉︎」


瑠奈は結愛先輩に腹を膝蹴りされて、地面に転がってもがきだした。


「千華先輩!あれ、なにやってるんですか⁉︎」

「ダメだよ。絶対助けに行っちゃダメ。蓮も同じ目に遭うよ」


結愛先輩は瑠奈に跨り、瑠奈が無抵抗になっても顔を殴り続けた。


「なんでみんな止めないんですか⁉︎」

「二年生と三年生は分かってるんだよ。あの二人の怖さを。一年生は関わりたくないんだよ」

「み、見てられません!」

「蓮‼︎」


僕は瑠奈を助けるために走った。


千華は蓮を止めるために走ったが、それよりも早く動いたのは梨央奈だった。

梨央奈は蓮の首にチョップをし、蓮を気絶させた。


僕が目を覚ますと、保健室のベッドの上だった。隣のベッドには瑠奈が眠っていた。


「瑠奈?」

「んっ......」

「大丈夫?」

「痛い......顔がジンジンする」

「やっぱり髪染め直さない?さすがにあれはヤバイよ......」

「怖かった......あの目......本当に殺されると思った」

「二人共起きた?」

「あ、雫先輩、居たんですか」


雫先輩は、保健室の先生が座る椅子に座っていた。


「瑠奈さん、髪は染め直す気になったかしら」

「そうだね......染めようかな......」

「瑠奈⁉︎」

「そう。それは良かったわ。これからは真面目に頑張りなさい」

「......」

「応援しているわ」


雫先輩は保健室を出て行った。


「瑠奈、僕は教室戻るけど」

「私はもう少し寝る」

「分かった」


瑠奈、どうしちゃったんだ?いきなり大人しくなっちゃって......あの瑠奈が、結愛先輩に本気でビビってるのかな。


昼休みになり、僕は今日も屋上に向かった。


雫先輩居ませんように、居ませんように‼︎


「あ」

「あ、蓮くん!」


そこに居たのは梨央奈先輩だった。


「屋上でご飯?座っていいよ!」

「はい」


まぁ、雫先輩よりはマシかな......


「ごめんね?蓮くんを気絶させたの私なの」

「え⁉︎」

「あのまま突っ込んでたら、蓮くんボッコボコのポヨンポヨンのキュィーンだったよ?」

「ごめんなさい。ボコボコ以外の意味が分かりません」

「ちなみに、千華に助けてもらえるから安心って思ってたりしないでね?あの二人が停学になったのは、雫をボコボコにしたからなんだから」

「......はぁー⁉︎し、雫先輩を⁉︎あの雫先輩を⁉︎」

「うん!」

「いや、ニコニコするとこじゃないですよ。いつもニコニコしてますけど。で、なんでボコボコにしたんですか?」

「それは知らない。絶対話してくれないの!でもね、三人の中に悪い人は居ないって私は思うよ?」

「いや、どう考えても結愛先輩と乃愛先輩が悪いですよね」

「今の、聞こえてたら殺されちゃうよ?」


僕はビビリ、慌てて口を押さえた。


「大丈夫!あの二人は帰ったよ!」

「脅かさないでくださいよ......そういえば僕、前々から思ってたんですけど」

「うん!なに?」

「雫先輩って、怖いし酷いなーって思うけど、実は優しいとこもあるんじゃないかなって思うんです」

「......どうしてそう思うのかな」

「確信的なことは何もないんですけど、なんとなく、実は優しい人なのかなーって......梨央奈先輩?えっ......」


いつもニコニコしている梨央奈先輩が、僕を見つめて涙を流していた。


「なんで......泣いてるんですか?」


梨央奈先輩は涙を流しながらニコッと笑った。


「いつか、雫の心を救ってあげてね」


その涙と笑顔は、今まで見たなにより、不思議と僕の心を締め付けた。


「居たー!」

「千華先輩⁉︎」

「早く弁当食べて!」


梨央奈は千華にバレないように、すぐに涙を拭いて、いつものようにニコニコした。


「千華の弁当で蓮くんが死んだらどうするの?蓮くんは死んじゃいけないの。絶対に」

「なに当たり前のこと言ってるの?」

「そうだ蓮くん!いろいろ話したいから、明日は遊びに行かない?」

「え⁉︎」

「ずるい!私も行く!」

「ダーメ!」

「まぁ......梨央奈は蓮のこと好きとかじゃないし、一回だけなら......」

「ありがとう!」

「いやいや!勝手に話進めないでくださいよ!」

「蓮くん?先輩命令です!」

「......はい」

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