王座に一人の少女

芳村アンドレイ

第1話 プロローグ 俺の名は春木

予知夢はたいして当てにならない。決められた未来を変えようとする自分は、果たして本当に何かを変えたのだろうか?


空前の朝はいきなりやってきたりする。まあ、やってきたと言っても、朝なんかは全部空前みたいなものだ。って、それは言い過ぎかもしれないな。その朝は昔の神のように太陽と共に芽生え、夜と共に散り、次の朝にまたやって来る。それはいつもと変わらず同じ神だったのか?たまには、理由も変哲も無く、少しは変わってたりしてもおかしくないと思ったりする。それを拝む人達は気付かなかったり、気付いてもどうも思わなかったりしたのだろう。


俺の朝もそうだ。前例のない、その朝は初めての朝で、昨日とは理由も無く変わっていても、俺は気付かなかったり、気付いてもどうも思わなかったりした。まして、俺の朝は拝む程すごいものでもないけど。どうでもいい神なんかは、どうでもいい朝と手を繋いでとっくに首を吊っている。そして今朝も、俺の朝は古代エジプトの神と、旅行に行く子供のように気楽な顔をして森へと行った。

と、なると思っていた。


ごめん。今日はやけに「と」を使いたがる。もちろんそれは嫌がらせや、使いたいから使ってるのではなく、今日はそれを使わないといけないような朝だからだ。なにせ、今俺の横には、死にに行くはずの今朝とラーがいるからだ。っていうか、どっちともブサイクだな!

やっぱり、空前はいきなりやってくる。

もっとわかりやすく説明しよう。


俺の名前は新谷春木という。ごく普通の地味な生活を送っているサラリーマンだ。就職先は一年前から務めている。様々なゴム部品を作る会社で、上司が決めた部品のデザインをコンピューターで修正したりする。毎日がうつ病へと進む道を、自分で舗装している感じだ。ちなみに俺は定時に帰る。


マンションに帰った後は近くのジムで汗を多少流し、買い物を済ませたりする。夕飯は自分で作り、一人で食べる。それが足りなかったら、文句を言わずにシリアルを水で食べ、財布に貯めようとしているお金を眺める。雑用や仕事を終わらせ、またくる朝に備えて眠りにつく。


そして、6時50分に鳴る、調子の狂った目覚まし時計の暴言に起こされる。

それで、まあ、それがみんなの察しての通り、そのようには起きなかった。

聞きなれた騒音に目を覚ますと、それを止めようと目覚ましに手を伸ばした。おいおい!いつもと同じだって?これからもっとあるから早まらないで聞いてくれ。まあ、俺は手を伸ばしたんだ。

しかし、ボタンをどれだけ押しても鳴り止まないんだ。とうとうこのぼろ時計もあの世行きかと思ったら、時計がなんとまだ6時32分を指していたんだ。亡骸を前に手を合わせようと思ったけど、部屋を響かせる騒音がまだ止まないんだ。やけくそになって、時計を枕の下に放り投げ耳をふさいだ。


俺のほうが実は狂ってしまったのかと思った。音量が全く沈まず、ぼーっと枕を見つめた。永遠に続いた三秒後、騒音がやっと消えた。他にする事が無く、とりあえず時計を見る事で始めた。6時33分と記してある。机の携帯を背伸びして手にとり、それを確かめた。あってる。なんと、死んでしまったと勘違いしていた時計くんが生きていたのです。親友を無くさなかった事にほっとし、改めて時計の針を見た。目覚ましの設定は早くなったりしてないし、複数ある凹は全てずっと前からあったものだ。


「窓の外。炎上。六時四十分」

はい?


声がした。可愛らしい女の声だ、さっきまで鳴り響いてた騒音と同じ感覚のが。もしかして自分が喋ったのかの思い、口を動かし、軽く「あー」って言ってみる。やっぱり違う。今回もまた、特にやる事もなかったので、とりあえず5分待った。目覚まし時計の精密さなんてろくでもないし、携帯の画面にアナログ型を表示させた。ちくちくと迫り来る6時40分を針で追った。15秒前までくると、妙に心が慌てだし、息もしてない事に気付く。血圧が上がってるのがわかる。手を心臓へ当てた一瞬、俺は携帯から眼を放し地面を見た。秒針が12を過ぎたのがその時だった。

誰だって自分は特別だって思いたいよな?


自らが解き放った煙幕を突き破り、膨大な火柱が遠くで星へと伸びた。散りゆく火花は点灯に照らされる粉雪を装い、まだ七月だというのにクリスマスの味がほんのりとした。まったく、サンタの気短さにも呆れるよ。


俺の影は部屋の奥まで引っ張られ、外の騒ぎの静まりと共に戻って来た。どうやら俺は、いつのまにか予知能力を身に着けたらしい。

後々考えてみれば、俺はかなりすごい事を結構易々と受け入れている。地味な生活からの解放になったからか、その声にもう一度喋って欲しかった。もちろん俺がすぐに気づく訳がないけど、もしかしたら狂ってしまったのかと何度も自分に問いた。原理も理由もしらないし、それを探そうと思うだけ無駄だというのは知っている。頭がおかしくなった、で済む話なら俺はそれを頑固拒否する。せっかく掴んだこの漫画設定を絶対に放したくない。そうだった、俺はそもそも漫画家になりたかったんだ。どうして好きでもねー会社で働いてんだ?漫画家の道は険しいっていうけど、超売れる奴もあるじゃん。年に数億とか稼げるんじゃん。そうだよ。教えてくれよなあ?もっと特別な道を進みたくて何が悪い?


と、かなりの主人公設定で生きる事を選んだ俺だけど、結局、なんというか、いつもの会社に戻ってしまった。

宝くじなどを当てた人は一晩の間で超派手になるっていうけど、超能力では違うらしい。物理的な権限がないと自分の価値を疑ったりしてしまう。今もまさにそうだ。微妙に覚えてる夢を真剣に思い出そうとしていると、だんだん、本当は夢の内容なんてどうでもいいみたいな、知らないうちにその事について考えていた事も忘れてしまう。だけどこれは違った。正直夢だと思ってしまった時がいくつかあった。しかし、常にだ、常に、脳内の声について考えている自分がいた。コンビニの漫画コーナーの非力さに再び驚く自分や、会議で先輩の提案を聞く自分がいても、そういう重大な時を押しのけるように声が脳に入って...

「新谷!聞いてんのか?会議中に何居眠りしている!」

また怒られちゃった。

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