第9話 林家パーティー3日目

朝から、桜花おうかは慌ただしく活動していた。

山本やまもとたち工作課は、車と武器の手配を急ぎ、緑川みどりかわたち事務課は、今回の作戦で消費されるお金と、最近使ったお金の計算をしたり、発信機と盗聴器を監視しながらその記録をとったりしていた。

また、峰崎みねざき島本しまもとは隊員を集めて、作戦の構図と動きの確認をしている。

琴音ことね望月もちづきも会議室に籠り、2人で段取りのチェックをしていた。


「作戦開始は20時です。余裕をもって行動することを心がけてくださいね」

「わかりました。………琴音さん」


はい、と琴音は手元の資料から目を離した。望月の視線はずっと資料の上だ。


「今回、私と琴音さんの担当場所が異なっているのは、半年前のことがあったからですか?」


琴音が顔をしかめる。何かを言いかけ、咄嗟に口をつぐんだ。


半年前…琴音が現場に行かなくなったその原因、


「望月さん」


鋭い声に、望月が反射的に顔を上げる。


「大丈夫です。私は、変わったんです」


それだけ言うと、素早く手元の整理をし、立ち上がった。

そして、少し乱暴に歩き、ドアノブに手をかける。


「琴音さん!どこへ…」

怪人かいとさんに!…怪人さんに、無線の用意をお願いしてきます」


琴音は、振り向きもせず、部屋を出ていってしまった。


(やってしまった……)


望月は拳を握る。


「今、言うべき事じゃなかったよな…俺はいつも、あの子にお節介を焼いてしまう」


買い物に行こう。と、財布だけ持って望月は外へ出ていった。




……結局、お昼になっても望月は戻ってこなかった。

腹が減ったら帰ってくるだろうという島本の予想もハズレ、琴音は心配と後悔に苛まれた。

周りの人たちは、気にする必要はないと言ったがそうもいかなかった。


やがておやつの時間もやってきて、琴音は落ち着こうとコーヒーをいれた。

その時、仕事場の扉が開く。


奏多かなたさん!」

「琴音さん」


声が重なり、一瞬たじろいだが、琴音は続けた。


「ごめんなさい、感情的になってしまいました」

「いえ、私こそすみません、大人気ないことをしました」


2人は頭を下げたまましばらく動かなかった。

それを見ていた峰崎は、逆向きに座った椅子に頬杖をついて言った。


「ああ見ると、まるで親子ねぇ…」

「そうすると奏多が何歳の時に琴音サンは産まれたことになるんだ?」

「なんでそういう発想になるのよ」


「琴音さん、お詫びのケーキを買ってきました」


琴音より後に頭を上げた望月が、手に提げている箱を掲げてみせる。


「え?!」


琴音は手で口を覆った。


「え"っ」


電卓を打っていた緑川は険しい顔をする。


「それ、あなたのお金よね…?」

「ああ、もちろんだ」


望月はデスクにケーキの箱を置き、開いた。


「小さいが、全員分あるぞ」


おおお、と歓声が上がる。


「まて!琴音さんが先だ!!」


琴音は苦笑して言った。


「…なんか、すみません……」

_____________________________________________


夕日が沈み、月が昇りかけていた。

パーティーに潜入するため、ドレスアップをした琴音と潜入隊数名が仕事場に入った。

ピンクと白の色合いに、花やリボンが散りばめられ、裾にはレースがほどこされたフリフリのドレスは、琴音の雰囲気とよく合っていた。


「いやぁ〜♡琴音ちゃんかわいい〜♡」


緑川が黄色い歓声を上げる。

琴音は少し照れた様子で微笑んだ。


「少し、目立ってしまうと思うのですが…」

「大丈夫ですよ、会場に行ってしまえば気になりません」


真っ赤なストレートタイプのドレスを着こなした峰崎は、満足そうに言う。


「私たちはそろそろ出発します。突入隊の方々も、間に合うように配置についてください」

「琴音さん、それなりの車を用意しました。琴音さんたちはそれに乗ってください」

「ありがとうございます、怪人さん」



外に出た琴音たちは硬直した。


「……リムジン」


山本に言われた通り、桜花のビルから少し離れたところに行くと、真っ黒なリムジンが停まっていた。

中から人が出てきてドアを開ける。


「しかも運転手付き…」


琴音は消え入りそうな声で呟いた。


佑衣子ゆいこさん、ゆきさんは何か言っていましたか…?」

「……唸ってました」


琴音と峰崎、他数名は固まった体を無理やり動かしてリムジンに乗り、会場へ向かった。



屋敷に着いた琴音たちは、受付をすんなりと済ませ、会場に入った。

会場は、学校の体育館のような広さだった。白いテーブルクロスがかかった丸いテーブルがいくつも置かれ、その上に豪華な料理が並べられている。

鮮やかな色の衣装を身にまとった人々でごった返していて、峰崎の言う通り、琴音たちも上手く溶け込むことが出来た。


「…すごい人ですね」


あまり人混みの中に行かない琴音は、目眩を起こしそうだった。


「さすが、林グループって感じ…」


峰崎も思わずため息をついてしまった。


「琴音ちゃん、私は第三者応接室を少し見てきます」

「了解しました」


峰崎は、一度会場から退出する。

それと同時に、20時を知らせる鐘が鳴った。会場は暗くなり、ステージにスポットライトが当てられる。


「時間になりました。作戦開始です」


工作課が用意した小型無線機に向かって、琴音は声を潜めて話した。


わぁっと歓声が上がったと思ったら、ステージに小太りな男性が現れる。


(あの人が、林家の当主…)


「えー、皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます。楽しいひとときをお過ごしください。それでは、おてもとのグラスを持って……カンパーイ!」


当主がステージ上からいなくなると、会場全体の明かりが再びついた。

人々は談笑しながら、料理に手をつけ始める。

琴音は気を集中させた。屋敷の外に不審な車はなかったし、外の班からの報告もない。例の組織が会場にいる可能性は極めて低いが、気を抜くわけにはいかない。

そこへ峰崎も戻ってきたので、琴音たちは分散し、会場内を徘徊することにした。



取り引き予定時刻の10分前。外の班から無線が入った。


「屋敷の外に不審な車が停りました。運転席、助手席から人が出てきます。赤みがかったロングヘアの女と、金髪ショートヘアの男です。2人とも、黒い衣装を着ています。それから、少し大きめなカバンも持っています」


来たか…と桜花のメンバーは警戒した。

今度は、桜花のビルで発信機と盗聴器の監視をしている緑川の声が聞こえる。


「当主が第三応接室に入りました。予定より少し早く取り引きを行うようです」

「……取り引きが終わって、人気のない所へ移動したところを狙います」


潜入隊と琴音は会場の扉の方へゆっくりと動き、少しずつ合流していった。琴音は、山本から受け取った拳銃を手探りで確認する。


5分くらい経っただろうか。


「取り引き、終わりました」


と無線が入る。


「行きましょう」


琴音と峰崎を先頭に、第三応接室を目指した。


応接室に近づいた所で、暗くて狭い通路を見つけた。

周りには幸い、人はいなかった。琴音は通路の入口の両側につくように、指示を出す。

そっと拳銃を取り出し、ロックを外した。


そして


「桜花です。あなた方を拘束しに来ました」


通路の入口に峰崎と立ちふさがり、中にいた2人に拳銃を向けた。

男も、琴音たちに拳銃を向ける。女は、冷ややかな笑みを浮かべた。


「桜花…あらぁ。じゃああなた、あの夫婦の娘ね」

「ダイとルリですね。武器を下ろしてください。私たちの指示に従いなさい」

「ふふっあなたに会えるのを楽しみにしていたわ…琴音ちゃん」


ねっとりとした言い方に、ゾワッと鳥肌が立つ。


「…銃を下ろしなさい」


(撃たなきゃ…拳銃を、撃ち落とさなきゃ)


気持ちとは裏腹に、琴音の手は小刻みに震えていた。


(撃たなきゃ、撃たなきゃ)


引き金に指はかかっているが、引くことが出来ない。


「……え?」


突然、半年前の出来事がフラッシュバックした。

琴音はついに、立ち尽くした。


異変に気づいた峰崎が、ダイの持つ拳銃に向けて発砲した。

サイレンサーを付けなかったため、パァンという音が響いた。

ルリも拳銃を素早く取りだし、琴音たち目掛けて発砲する。


「危ないっ」


峰崎は、琴音に被さるようにして伏せた。

その隙に、ダイとルリは通路の奥へ逃げてしまった。

奥には、非常階段があったのだ。


「追って!!」


後ろで控えている隊員に、峰崎は叫ぶ。そして、無線に向かって


「ダイとルリが非常階段を使って逃走しました!」


と言い放ち、呆然としている琴音を連れて通路の奥へ進んだ。敵を追うことより、琴音を落ち着かせることを優先させた。

その場で座り、震える琴音の手を握る。とても急で、突然の出来事だったため、整理されない頭をフル回転させた。


「人は、急には成長できないです。……琴音ちゃんはよくやった。現場に来れたじゃない。大丈夫。ちゃんと前進してる」


琴音のドレスに、涙が一粒、一粒と落ちていく。

峰崎は、しゃくりを上げる華奢な方 肩をそっと抱き、幼い子をあやす様に何度も、何度も背中を優しくさすった。


無線からは、


「すみません。取り逃しました」


という声が、事の終わりを告げるように聞こえていた。

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