12月2週目 後編
「……ということがあったんだよ」
事の顛末を西野に話し終え向き直る。
「ふーん。なるほどな。なかなかおもろいことしてたみたいやな!」
「おもしいろいわけあるか……ほんとにここ数カ月大変だったんだからな……」
「嘘言え!この会社でもトップクラスの人気者の森田さんに毎週飯作ってもたってんだろ。大変なわけないじゃないかよ!」
自慢してるのかと言いたげな視線をこちらに向けてくる。
「いや……それが本当に大変なんだって……先週なんてな……」
そう先週の土曜日にした話をしようとすると、ポンッと俺の右肩に手が置かれる。
俺の右側は壁で、人がいるわけないはずなのに手が置かれたことに違和感を感じながら振り向くと。
「なにが大変なんですか?」
やけに迫力のある笑顔を張り付けた千咲がいた。
「あ、いや……大変ってのはだな……」
「なにが大変なんですかー?んー?先輩のことを思って私はご飯作りに行ってるんですけど」
ゴゴゴゴ……と後ろに黒い影が見えた俺は、このまま会話していては分が悪いと踏み正直に謝ることにする。
「すみません……僕が悪かったです」
「分かればいいんですよ分かれば!じゃ、お隣失礼しますね!」
すると、なぜか強引に俺と壁の間に割り込んで来ようとする。
「い、いや……ここは定員オーバーだがらちょっと……」
そう言って断ろうとしようにも、どこからそんな力が出るのか、考えられないような力で割り込んでくる。
「はぁ……」
最後は俺が横にずれスペースを開ける。すると、千咲はそのスペースに体を滑り込ませ座るとこちらに満足げな顔を見せてくる。
「ほんとなんなんだお前……」
「なにって、かわいい後輩です!先輩の身を案じて馳せ参じました!」
「馳せ参じていらなかったです」
「なんてこというんですかー!ひどいです!どう思います?西野さん!?」
想定外のフリに完全に傍観者となっていた西野も驚いた表情を浮かべたがすぐに元に戻りニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら
「うんうん。これは高杉が悪いな!」
「はぁ?何言ってんだお前も!?」
「ですよね!ほら西野さんもそう言ってますし!私ここにいますねー」
「いや……周りの目線が痛いんだが……」
辺りを見回すと少なからず千咲の行動がみられていたようで辺りからの視線を感じる。
特に男連中の刺さるような視線が怖い……
更にそんな視線で見てくるなら声くらいかけてこればいいのに一定の距離を保って視線を向けてくるのみである。
しかも、当の千咲はそんな視線などお構いなしに女性特有の柔らかい体を密着させ話しかけてくる。
「なにキョロキョロしてるんですか?そんなことしてないで私の話聞いてくださいよー!」
「なんでそんなにお前は余裕なんだよ……てかお前近いからちょっと離れてくれ」
「そんなの無理ですー!私の横壁じゃないですか!」
「いや。そこにスペースあるのわかってるからな……」
「……ちぇ、ばれてたのなら仕方ないですね。ほら、これでいいですか?」
千咲が少し横にずれると間にスペースをできる。
「ああ、助かったよ。あのままいたら視線で俺が殺されてたぞ……」
「なんですかそれー!?そんなわけないじゃないですか!」
楽観的なのか本当に気が付いていないのかは分からないが、いつも以上にテンションが高いためおそらく本当に気が付いていないのだろう。
「そんなわけあるんだよ……」
「ふーん……先輩が何言ってるか分からないですー」
お酒が入っているからかいつも以上にヘラヘラしている千咲をみてなぜか少し心配になる。
「おい、ちょっと飲みすぎだぞ。水飲んで落ち着け」
「えー!そんなに飲んでませんよー!ちょっと!私のグラス取らないでください!」
いまだにヘラヘラしている千咲から無理やりグラスを取り上げ水を渡す。
「わかったわかった。また今度飲んだらいいから、今日はこれくらいにしておけ」
「えー!じゃあ今度飲みに連れて行ってくださいね!約束ですからね!」
(ここで断っては、千咲は飲むことをやめないだろう。まぁどうせ酔っぱらって覚えてないだろうから適当に約束しておくか……)
「ああ、わかった。また今度な」
「絶対ですからね!お願いしますよ……」
ビシッと俺のことを指さしたかと思うと、その指を力つきたかのように下ろす。
「わかったっての……」
そんなことを話していると正面に座っていた西野が口を開く。
「いやー!お前が話していた以上に仲いいなお前と森田さん!」
「何言ってんだ……どこをどう見たらそうなるんだよ……」
「えっ!?お前自覚ないのか?これは森田さんも相当苦労するだろうな……」
「なんでこいつが苦労するんだよ……なぁ?」
そう言って横を向くとそこにはスヤスヤと寝息を立てる千咲の姿があった。
「え……?この短時間で寝たのか……?」
目ので手を振ってみるも起きる気配はない。
「うん……そうみたいだな」
「おーい。起きろー」
さらに肩を揺さぶるが一向に反応はない。
「ま、年末で疲れたんだろ。そのうち起きるだろうし、しばらくこのままにしておくか」
「たしかにそれもそうだな」
西野の提案に同意し、俺と西野はまた飲みなおすのだった。
☆☆☆
「なんでだ……なんでこうなった……」
俺は今猛烈に後悔していた。
あれから飲み会はお開きとなり、帰宅しようとしたのだが千咲が一向に起きないのだ。
西野はと言えば俺の懇願を完全に無視し
「森田さん家近いって言ったし送るの頼むな!」
そうサムズアップしたかと思えば颯爽と家に帰っていった。
「くっそあいつ……ちょっとくらい手伝ってくれてもいいだろ……」
悪態をつきながら千咲の部屋へと向かう。
「確か俺の部屋の2階下って言ってたよな……」
なんとか目的の部屋の前に着き、部屋の傍に座らせた千咲に声をかける。
「おーい、家着いたぞー。鍵どこだ?」
「んー……なんだか先輩の声が聞こえる気がする……幸せ……」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ!起きろ!」
耳元で大声を出す。すると流石に目が覚めてきたのか
「んっ……なんですかそんな大きな声出して」
僅かにだが目を開ける。
「なんですかじゃねぇよ……とりあえず部屋の中まで運ぶから鍵出してくれ」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます。どうぞ……」
そう言って差し出された鍵を見ておもわず固まってしまう。似たような形の鍵が二つ、ハートのキーホルダーでまとめられていたのである。なんでもないことかもしれないが、なぜかそれに照れてしまっていた。
それによって少し受け取るまで時間がかかってしまい、千咲がこちらを不思議そうな表情で眺めてくる。
「…………すまん、ちょっと借りるぞ……」
千咲から鍵を受け取り、鍵を捻るとガチャリと音がして扉が開く。
「おーい。開いたぞ」
「すみません……ちょっと足に力が入らなくて。申し訳ないんですけど、立ち上がるの手伝ってもらえませんか?」
「ああ、そうだな」
肩に手を回し立ち上がらせる。そのまま部屋に入り玄関先に座らせると、家に着いたことで少し落ち着いたのか、先ほどよりも落ち着いているようだった。
それで安心した俺は
「じゃ、俺帰るから。お疲れ様」
そう言い立ち去ろうとすると千咲に袖をつかまれる。
「あ、あの……ちょっと上がっていきませんか?送ってくださったお礼もしたいので……」
「まぁそうだが。さすがにこんな時間に女性の部屋にいるのはなにかと問題だろうし今日は帰るよ」
「そう……ですか……」
俺が断ると露骨に悲しそうな表情を浮かべる。
俺はその表情に耐え切れなくなり
「わかった、わかったよ……ちょっとだけだからな」
と気が付けば快諾してしまっていた。
「ほんとですか!チューハイくらいなら出せますから一緒に飲みましょう」
一気にパーッと表情が明るくなり笑顔を見せてくる千咲。その切り替えに違和感を感じた俺は問いかける。
「……お前ここに座るまでは本当に酔っぱらってたんだよな……?」
「え?なんのことですか?当り前じゃないですか!」
「お前……いつから起きてた?正直に返答しないと今すぐ帰るぞ」
すると千咲は
「……先輩が西野さんに悪態ついてた時あたりからですかね」
ばつの悪そうな顔をしながら答える。
「おい……だいぶ前から起きてたってことじゃねぇか……」
「本当のこと答えろって先輩がいったんじゃないですかー」
なぜか開き直ったような様子の千咲はニヤニヤとこちらを見ながらそう言ってくる。
その表情に妙な苛立ちを覚え
「うるさい!俺はもう帰る」
なにかを俺の背中に言ってくる千咲を無視して帰るのだった。
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