作戦会議

「だって」

 明人が考え込んでから十分程度が経過した。それでも、良い案が浮かばなかったのか。それとも、リスクについて考えているのか。

 彼は一向に口を開かない。それに対し、真陽留と音禰は顔を見合せ心配そうな目を向ける。


「相想、大丈夫かしら。私達も何かヒントくらい──」

「だが、多分今僕達が何を言ってもこいつの耳には届かないと思うぞ。考え込むと周りの音や声は聞こえなくなる。こいつはそういう脳だからな」

「……そうね」


 真陽留は明人の障害について理解があった。音禰も同じく知っているため、頷くしかない。ファルシーも何も言わずにずっと空中で待機していた。


 それから、また時間が経過しようとした時。明人がやっと口を開いた。


「真陽留、お前はもうただの人間になったんだよな」

「え、あ、あぁ。契約破棄されてるし、ただの人間になっていると思うけど……」


 なぜそのような事を聞くのか真陽留にはわからず、質問された事の答えをパッと口にした。そうしなければ、また倍の言葉で返ってくる事が安易に想像出来る。


「なら、騙し討ち──できそうだな」


 明人が何か企むような笑みを浮かべ、言葉を零す。

 普段ならその表情に嫌な予感しかしないが、今回ばかりは期待してしまう。二人は期待の籠った瞳で彼を見て、ジリジリと近付いて行った。


 明人はそんな二人からの期待の眼差しに耐えきれず「こっち来んな。普通に聞こえんだろ」と、そっぽを向いてしまう。その行動に、二人は顔を見合せ思いっきり笑った。


 ☆


「いいか、一回しか言わねぇからしっかり聞けよ」

「はい!!」

「なんで僕だけ二回……」


 明人は、笑っている二人にげんこつを落とした。だが、音禰には優しく、真陽留には強めのを二回。


「ウザかったから」

「左様ですか……」


 真陽留はもう諦めたように肩を落とし、音禰は「どんまい」と言いながら頭を撫でてあげた。

 そんな二人を気にせず、明人は説明しようと口を開く。


「今回の相手は悪魔だ。それも、力を取り戻した完全なる悪魔。今までみたいにはいかないだろうな。それに加え、こちらにはカクリという人外もいなくなった。つまり、俺は本当にただのか弱い人間様だ。守ってもらわんと何も出来ない可哀想な人間だ」


 最後の言葉に、真陽留と音禰は否定するように首を左右に大きく振る。ファルシーも口元を引きつらせた。


「んで、カクリがいなくなった穴をファルシーに補ってもらう。音禰と契約したって事で間違いないか?」


 空中待機をして話を聞いていたファルシーに、明人は見上げながら質問する。


「いいえ。仮契約と言ったところよ。本契約となると話は変わってくるわ」

「どう変わるんだ?」

「子狐ちゃんみたいに子供なら構わないの。力は弱いし、人間に負担はあまりかからないからね。でも、私やベルゼの場合は話が変わってくるの。必ず、何かしらの代償を払ってもらう事になるわ」


 ファルシーは腕を組みながら説明を続け、明人は口を挟まずに真剣に聞いていた。


「例えば片目や片腕。聴覚や触覚、声帯とかね。でも、そこら辺ならまだ可愛い方じゃないかしら」

「可愛いとは……」


 音禰がボソッと呟く。その隣で、真陽留が顔を俯かせていた。明人はそんな彼の様子を横目で確認したあと、目を細める。


「それで私、ずっと疑問に思っていた事があるのよ。貴方は悪魔と契約をし、禁忌を犯したわよね? 悪魔に何を捧げたの?」


 ファルシーは真陽留に目線を送りながら深刻に問いかける。その声は軽い物ではなく、先程から話していた声より低く、重い物だった。そのため、真陽留は思わず肩を震わせる。


「禁忌って……。いや、真陽留はそんな事してない──よね? 私は寝てただけだけど、そんな事、してるわけ無いわよね?」


 不安げに真陽留の肩を掴み彼女は問いかけるが、期待の言葉は返ってこない。ずっと無言を貫いている彼に、明人が口を開いた。


「おい、禁忌とはなんだ。人を生き返らせるとかか?」


 その問いは真陽留ではなく、ファルシーに向けられたものだった。


「確かに蘇生は禁忌中の禁忌。絶対にやってはいけない事よ。でも、それだけじゃないの。人の記憶を他人に入れ込む──それも本来は禁忌とされている力なのよ。だから、今回は奇跡が起きたとしても過言ではないわ。もし、記憶を移すのに失敗していたら、体が持たなかったら──成功確率は極わずか。まぁ、それを成功させてしまっているのだから、すごいわね」


 ファルシーは険しい顔を浮かべながら真陽留を見る。そんな彼女の言葉に、ただ彼は俯くばかりだった。


「もし失敗していたらどうなってたんだ?」

「術者はもちろん、記憶を抜き取られた人、記憶を入れこまれた人。最低でも三人は脳死するわね」


 ここでファルシーは説明を終わらせる。すると真陽留がいきなり驚きの表情を浮かべ、早口で焦ったように彼女へと問いかけた。


「ちょっと待てよ、最低三人? 失敗した時の代償は、俺の命だけじゃねぇの?」

「あら、もしかしてあの悪魔からはそう聞かされていたのかしら。そんな訳ないじゃない。人間の命は私達にとっては軽いものよ。そんな物一つで力の代償を払えるわけ無いじゃない」


 ファルシーは当たり前というように、真陽留に言い切った。その事が信じられず、体をわなわなと震わせ顔を青くし、二人を見た。。その目には懺悔のようなものが含まれており、音禰は戸惑いを見せ、明人は表情を変えずに見返している。


「なるほどな。まぁ、悪魔にとっては俺達の命はその程度。堕天使が言うように人間の命は軽い。すぐに死んじまう。仮に死んだとしても、次に乗り換えればあいつの場合問題ないという訳だな」


 明人は今の話を冷静に分析していた。もしかしたら明人自身が死んでいたかもしれないのに、その事に対しては何も触れず、淡々と考えを巡らせている。

 音禰は少し顔を青くしたが、明人の様子を見て首を振り気持ちを切り替えた。


「そ、そんなの絶対に許せないよね!! 絶対に退治しようよ!!」


 片手を上に突き上げ気合いを入れ直す。そんな二人に真陽留は目を丸くし、疑問をぶつけた。


「いや、なんでお前らはそんな普通で居られんだよ。僕は、お前らを殺していたかもしれないんだぞ。なのに、なんで何も言わねぇだよ」


 怒りからなのか、それとも悲しみからか。真陽留の口調は荒く、二人に今のどうしようも無い感情をぶつけた。


 そんな彼に明人は呆れ、音禰は笑みを浮かべる。そして、同時に口を開いた。


「「だって、今生きてるもん/からな」」

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