「信じるからこうなるんだ」
ベルゼがいつの間にか明人の隣に立っており、血塗られになった彼を楽しげに見下ろしている。
カクリの方は、動けないように黒い霧のようなもので手足が縛られていた。
「明人、明人!!!」
カクリが何度も名前を呼ぶが、それが気に触り、ベルゼが彼の首筋に鋭く尖った影を添えた。
「大人しくした方が身のためだ。死ぬ訳にはいかないだろう」
動けないカクリは歯を食いしばる事しか出来ず、ベルゼを憎しみの籠った血走った目で睨んでいる。
「な、んで。お前──」
「貴様には絶望した。今ここで、お前への契約を解除する。そうすれば、貴様はこの男に記憶を戻す事など出来なくなる。まぁ、この男はもう時期死ぬだろう。人間は脆い生き物だからな。面白い余興を見られて楽しかったぞ」
ベルゼはそれだけを言い残し、用は済んだというようにドアから出ようと、床をコツ……コツ……と鳴らし歩き出した。
「おっと、そう言えば。これはもう要らんな」
ベルゼはベストの中から見覚えのある
カクリはそれ見ると、目を見開き顔を青くする。口をわなわなと震わせ、悲観している。
「力を失った神など、我にとって赤子当然だ。それに、この面がなければあやつはただの化け狐。せいぜい足掻いてもらおうか」
「それじゃ行こう」とベルゼはカクリに巻きついている影を操り始め、連れて行こうとする。突然の事に反応ができず、カクリはそのまま影の中に沈み、姿を消してしまった。
「ククッ。それじゃ、貴様にももう用はない。さっきの言葉通り、契約を解除する」
ベルゼは真陽留に手を伸ばし「いい夜を過ごせ」と口にし、手を力強く握った。それにより、真陽留は何かに気づき自身の右手を見る。
刻まれていた契約の証である六芒星が徐々に消えていく。
「なっ、ま、待てよベルゼ!! なんでこんな事をするんだよ!! お前の目的はなんだよ!!」
「我の目的は、子狐の力を我のものにする事。それ以外には何も無い」
「なら、なんで僕と契約をした!! 関係ないだろ!!」
「それは、貴様の恨む相手の近くに、我の目的の人物が居たからだ」
「そ、そんな。なら、お前は僕を利用して──」
真陽留はベルゼと会話を交わしているうちに、自身の立場を理解してしまい、どんどん声を小さくし、絶望したような表情を浮かべた。
「当たり前だろう。お主の事など最初からどうでも良い。だが、流石の我も、今まで共にした相棒を此処で殺すのは心が痛い。契約解除だけで済ましてやるのだ、安いものだろう?」
話している途中で、六芒星は完全に消えてしまった。真陽留は全てに絶望し、力なく膝から崩れ落ち俯いてしまう。
「悪魔を信じた自分を恨むんだな。クククッ、アハハハハハッ!!!!」
ベルゼは笑い声と共に、その場から影の中に入り姿を消してしまった。
取り残された真陽留は動く事が出来ず、ゆっくりと顔を上げ、ベルゼが居た場所を生気を失った瞳で見続けた。
───なんで、こんな事に
真陽留は虚ろな瞳を明人に向ける。彼は、先程呪いを解くのに体力を使い果たしてしまった。それから追い打ちをかけるように、ベルゼからの攻撃。腹部からの出血もいまだ止まっていない。ソファーや床を赤く染め続けている。このままでは、出血多量で死んでしまう。
──何が、間違いだった
──どこで道を間違えた
頭の中を疑問が埋め尽くす。今までの光景、やってしまった事実。放ってしまった罵詈雑言。後悔が真陽留の思考を鈍らせた。
──いや、違う
──全てが、間違えていたんだ
真陽留はもう全てに諦めてしまい、小屋の天井を仰ぎ、涙を堪えているように顔を歪ませる。
「僕は、一つの過ちで、全てを失った──」
懺悔のように真陽留は小さな声で呟く。その声には、悲しみや怒りなど。負の感情が混ざり合っており、堪えていた涙が溢れ、自暴自棄になり大きく口を開け笑い始めた。
「終わりだ、全て、全てが……。は、ははは、あははははは!!!!」
小屋の中には彼の悲しみに満ちた笑い声が響き渡る。
自分が犯してしまった一つの過ち。その過ちによって三人の人生を狂わせてしまった。その事実が彼の心に深く刺さり、心にひびが入った。
ひとしきり笑ったあと、真陽留は床に手を付き床を涙で濡らす。
「僕は、本当に馬鹿だ。悪魔なんて信じるからこうなるんだ。馬鹿が、大馬鹿だ」
今更後悔しても遅い。時間は戻ってくれない。それでも、真陽留は後悔ばかりを口にする。
「ごめん、ごめん相想。ごめん、音禰。僕が、僕が間違ってた……。ごめん、ごめん──」
何度も何度も謝罪を口にする。しゃくりあげ、肩を震わせながら懺悔を口にし続ける。
そうしたところで、失った物は戻らない。自分の手で失ってしまった大事な者は、もう──戻らない。
その場に蹲り、何度も、何度も。謝罪を繰り返す。
真陽留の泣き声。後悔の言葉と共に、草木が踏まれているような音が聞こえ始めた。それは走っているようで早い。音は一人分。
人の息遣いがどんどん近づいてきた。
真陽留が失望していると、ドアの方から女性の妖艶な声と、慌てたような息遣いが聞こえた。
「
その声には怒りと悲しみ、それと同時に決意が含まれた声が、絶望に包まれた部屋に響き渡った。真陽留はその声に反応するようにゆっくりと体を起こし、ドア付近に目を向ける。
そこに立っていた人物を目にして、彼は止めどなく流れていた涙が止まり、口を開けたまま何も話さなくなった。
「お、とね?」
茶髪のロングヘアを風で靡かせ、病院の服を身にまとっていた音禰。肩で息をしながら眉を吊り上げ立っていた。そして、その隣には楽しげに真陽留と明人を見る、ファルシーの姿も、確認出来た。
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