音禰

「なんでもねぇ」

 明人とカクリは、魔蛭に気づかれないようにそっとついて行く。


 今回の魔蛭の服装はダッフルコートではなく、白いシャツに柄物のパーカー。ダメージジーンズにスニーカーと、楽な格好をしていた。


「一体どこに行く気だ?」

「この先にあるのは──病院ではないかい?」

「病気か? ざまぁだな」

「お主………」


 周りの人にも怪しまれないように、魔蛭とは距離をとりながら後ろを歩いている。少しでも魔蛭が振り向けば普通にバレそうだが、そこは明人のずる賢い頭がフル活用されていた。魔蛭の視線や体の向きを見て、視界に入らない場所陣取っている。


 明人が魔蛭を見つけてから約十分程だった時、一つの病院に辿り着いた。


「ここか……。本当に病気か?」

「心配、している訳では無さそうだな」


 魔蛭が病院の中に入った事を確認すると、明人も近づき立ち止まる。口元に笑みを浮かべながら、目の前に建てられている大きな建物を見上げ呟く。それをカクリは、呆れたような表情を向けながら見ていた。


「さて、ここで立ち止まってても意味ねぇな。何があるか知らねぇが中に入ってみるか」

「中に入るのか──って、明人よ待て」


 カクリを置いていく勢いで、明人は早々に病院の中へと入ってしまった。


 院内は患者、看護師、受付など。人で溢れかえっていた。人気のある病院らしく、待合室がいっぱいになっている。

 子供から大人。おじいちゃんおばあちゃんまで待合室で時間を潰していた。


「人気の病院っつてもよ。こんなに人が居るのも考えもんだろ。病院だぞ。絶対誰か仮病使ってんだろ」

「何言っているのかわからんが、とりあえず目的の人物を……」


 カクリが周りを見回すと、一人の看護師がいきなり話しかけた。


「坊や、一人なの? お父さんとお母さんは居るかな?」


 看護師が心配そうに問いかけた。カクリが迷子になっていると勘違いしてしまったらしい。


 カクリも明人も魔蛭を探すため周りを見回していたのと、少し距離が開いていたため他人だと思ったのだろう。

 その様子を明人は口に手を当て、声を出さないように笑っていた。


「いや、私は……」

「ん? 大丈夫だよ。お父さんと来たのかな? それともお母さんかな?」


 カクリを安心させようと目を合わせ、優しい微笑みで看護師は頭を撫でてあげている。本気で心配している看護師に対して、いつものように言葉を繋げる事が出来ないカクリは、明人に助けを求めるように目線を向けるが、肝心の彼はいまだに笑っていた。

 イラついたカクリは、看護師から離れ明人の後ろへと隠れ足を掴む。


「あら、もしかしてお連れさんですか?」

「はい、すいません。少し目を離した隙にいなくなってしまったみたいで」


 明人は話しかけられた一瞬でいつもの外面に変わり、紳士的な声と表情で受け答えをした。


「でしたら良かったです。坊や、お兄ちゃんの手を離したらもうダメだよ」


 カクリと目線を合わせ、看護師は優しく言った。それに対し、無表情のままカクリは小さく頷く。


「では、これで失礼──」

「あ、一つお伺いしたい事がございまして」


 居なくなろうとした看護師を呼び止め、明人は魔蛭について質問した。


「えっと、長い茶髪を後ろで結び、柄物のパーカーをお召になった方──あ、もしかしてマヒルさんですか? よく来て下さるので覚えていますよ。凄くイケメンというのもありますが」


 ほんのり染まっている頬に手を当てながら語る看護師に明人は、表情一つ変えずに淡々と質問を繰り返す。


「その人は今どちらに? オトモダチなんですが」

「あら、そうなのですね。でしたら、あちらの廊下を真っ直ぐ行きまして、突き当たりを右側へ曲っていただきますと『神霧音禰しんむおとね』さんと書かれたプレートがあるはず。そちらにいるかと思いますよ」


 丁寧に案内をしてもらい、明人は「ありがとうございます」と優しい笑みを浮かべながら横を通りすぎて行った。それを看護師は「イケメン……」と小さく呟き、業務へと戻った。


 ☆


「おいおい、手を繋がなくてもいいのか? 坊や」

「気持ち悪い事を言うでない。そもそも、もっと早くに助け舟を出しても良かったと思うのだが?」

「嫌だね。面白いもんをなんで中断させなきゃなんねぇーんだよ」

「隠す事すらしないか……」


 カクリは手を離し明人の横へと移動した。そして、溜息を吐きそのまま歩き続ける。


「それより、なぜあの男はここに?」

「さぁな。まぁ、イントネーションが違っていたし、自分を偽りながらこの病院に入り浸っているのだけわかればいいんじゃねぇの」

「そうなのか。それで、神霧音禰というのは女性か?」

「名前からしてそうだろうな。それに──」


 明人は曲がり角まで来ると、何故か一度立ち止まり考える素振りを見せる。いきなり止まった事により、カクリは不思議そうに彼を見上げた。


「明人?」

「…………いや、なんでもねぇ」


 明人はなんともないような表情を浮かべ、再度歩き出した。

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