「大丈夫だろう」

 カクリが目を開けた時、何故か周りは眩しく。予想外の光景に目を閉じてしまった。

 今カクリが立たされているのは、真っ白な空間。床や壁はなく、浮遊感がある。


「──なっ!? 明人。これでは匣を抜き取る事は困難だ。なぜ──」


 カクリは焦った様に誰もいない空間へと話しかけていた。だが、カクリの疑問に答える声はない。


「明人よ。もしかして、匣を抜き取るのではなく開けるつもりかい? そのような事をしてやる必要は無いと思うのだが……」


 疑問と困惑の言葉に対しても返答がない。いつもの明人ならぶっきらぼうにでも返事をしているため、聞こえてないという事は無い。


 どうすればいいのか考えていると、白い空間の中でうずくまっている一人の女性を見つけた。


「……そうか。今回は開けるつもりなのだな。なら──」


 カクリは覚悟を決め俯き呟いたあと、再度顔を上げてうずくまっている女性──麗華へと歩み寄った。その顔は少し納得していないように見えるが、明人の意思を尊重し、何も言わずいつも通り話しかけた。


「いつまで、そうしているつもりなんだい?」


 極力優しく、相手が安心できるような声で話しかける。その声に対し、小さく身体を震わせ、彼女はゆっくりと顔を上げた。


 その瞳には、透明な涙が浮かんでいる。


「何を泣いているんだい。泣きたいのは本当に君なのかい?」


 麗華の表情を確認すると、そのように冷たく言い放つ。その言葉は諭しているようにも感じ、彼女を元の道へと戻そうとしている事が分かる。


「分かってる。私じゃないの。本当に泣きたいのは麗羅だよ。私、どうしよう……」


 後悔の声と共にまた涙が溢れて、手で拭きながら「どうしよう」と呟き続ける。

 このようなケースは今まで無く、カクリは少し焦り言葉を詰まらせていた。


「私……。麗羅が好き。大好き。でも、麗羅はそうじゃないの」

「……どういう事だい?」


 麗華の言葉に、カクリは静かにそっと問いかけた。


「昔からずっと一緒で。ご飯、お風呂、お出かけ。ほとんどの時間を一緒に過ごして。すごく楽しかった。でも、そんな関係も高校生になればなくなってしまう」


 彼女はカクリの方を確認せず、ポツポツと話している。彼も何も言わずに、静かに聞いていた。


「誰でもいいから傍にいて欲しくて。告白されたのが嬉しくて、断りたくなくて。それで、何人の人と付き合って──それがバレた」


 手を震わせている。その時の光景を思い出し、恐怖が頭の中で再生されていた。


「どうすればいいのか……。怖くて怖くて。だから、顔が同じの人と入れ替わればって思って……。私、本当に馬鹿だ。こんなことしても意味なんてないのに。それで、麗羅を危険な目に遭わせて……。本当にバカ」


 後半は声が小さくなり聞き取りにくくなってしまったが、カクリにはしっかりと届いた。腕を組み、どう返そうか考える。


「…………その感情は”後悔”であっているかい? もしそうならば、私は君に寄り添う事など出来ない。その気持ちを完全に理解できていないのだから。だが、その後悔という名の罪を償う手伝いなら出来るかもしれぬ」

「──えっ?」


 カクリの言葉に、麗華は顔を上げた。


「君の黒い匣は抜き取るしかない。だが、私の主は開ける方を選んだ。君は、匣を開けたいかい?」


 麗華はカクリの言葉を理解できたが、目をぱちぱちと瞬かせカクリを見続ける。それを、彼は何も気にせず、返答を待ち続けた。


「……私は、まだよく分かってないけど……。でも、麗羅に謝る事が出来るなら。罪を償えるなら!! お願いします!!」

「今の君なら、もう大丈夫だろう」


 カクリが言うと、右手を上げパチンと指を鳴らした。すると、真っ白な空間にヒビが入り剥がれ落ちた。そして、白い空間はたちまち黒い空間へと切り替わる。


「────えっ」


 麗華はいきなりの変化について行く事が出来ず、その場から動けなかった。

 カクリもいつの間にか姿を消しており、どうしていいのか分からず、ただただ周りを見回しているだけだ。


「ど、どうなって……」


 焦っていると、後ろに突如として半透明な手が現れ、彼女の背中に触れる。その瞬間、この黒い空間に暖かく、優しい声が響き渡った。


『後悔しているのなら、自分で考え行動しろ。もう、お前には”寂しいという名の感情”はないのだから』


 その声を最後に、麗華の瞳から零れ落ちる透明な涙が宙へと浮かび、彼女はそのまま瞼を閉じた。


「────ありがとう、ございます」

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