「お前の知っている全てを」
「たくっ、うるせぇな」
「何っ!?!?」
魔蛭の焦り声と共に、いつもカクリが聞いていただるそうな声が小屋の中に響いた。
カクリはハッとなり、体を引きずりながら明人を見た。
「明人……」
明人が魔蛭の振り下ろしたカッターナイフを掴み、胸に刺さる直前で止めていた。だが、素手で刃部分掴んでしまっているので、手から血がポタポタと流れ落ちている。
「何でお前がここにいんだよ……」
明人が目を覚ました事により、先程よりは状況は良くなった。だが、それでも明人は息が荒く、顔も青い。
今もナイフを受け止めているだけで精一杯の様子だ。
カクリが震える体を無理やり起き上がらせ、魔蛭をどかそうと突進する。だが、当然のようにナイフが飛んできてそれは叶わない。
それどころか、カクリの肩、腕、背中にナイフが刺さってしまい身動きが取れない状態となる。
体から力が抜け倒れ込んでしまい、血がどんどん流れ出る。このままでは妖であるカクリだとしても命が危ない。
この状況を整理するかのように、明人は冷静に周りに目線を向けていた。カクリの様子に一瞬だけ眉を顰めるが、すぐに魔蛭を見てカッターナイフをグググッと押し返した。
「ちっ、あともう少しだったんだけどなぁ……」
「それは残念だったな。さてさて、この状況。まったく、人が寝ている間を狙うなんて卑怯の極みだな。寝込みを襲うんじゃねぇよ。確かに俺はイケメンだが男になんぞ襲われたくねぇわ、気持ちわりぃ」
余裕そうないつもの笑みを浮かべながら軽口を零す彼に、魔蛭は顔を赤くし怒り出した。
「冗談も大概にしろよ。このクズ野郎!!」
「ぐっ!!」
明人の頭を空いている方の手で鷲掴み、魔蛭は自身へと引き寄せた。
「今すぐ死んでくれ。そうすればあいつは俺のもんになる。お前は、要らないんだよ」
「あいつ、だと? 誰の事だ」
「今のお前は忘れてるわな。まぁ、今後も思い出させる気は、ねぇけどな!!!」
手を離した瞬間、明人の頬を拳で思いっきり殴った。その勢いで彼は横に倒れソファーから転げ落ちる。
今は呪いの影響もあり、体が言う事を聞いてくれない。
「ベルゼ、その狐少年をしっかり見張っとけ。殺してもいい」
「言われなくても殺すつもりだよ。──の後にな」
ベルゼは小さく返事すると、一瞬外に目を向けた。口角を上げ、面白いおもちゃでも見つけたような表情を浮かべた。だが、すぐに目線を小屋の中へと戻す。
カクリは血を流し過ぎてしまいもう意識が半分無くなっている。
目が虚ろで、今にも気を失ってしまいそうな状態だ。
明人も殴られた事によりそのまま倒れ、起き上がろうと手を着くが力が入らないのか、上手く立ち上がる事が出来ていない。口の中が切れ、鉄の味が口内に広がる。
「今度こそ、さようなら」
魔蛭のカッターナイフが、倒れ込んでいる明人の背中を刺した。
「がはっ!!」
「あ、ちっ。狙いがズレた。今度こそ心臓を──」
魔蛭の目は、もう何も映していない。明人を殺すだけための人形のように、ただひたすらに、カッターナイフを振り下ろす。
明人を映す瞳は、復讐の炎を宿し。彼の体全てを包み込む。
背中から勢いよくカッターナイフを抜き取った魔蛭は、またしても振り下ろそうとする。それを横目で見ている明人の漆黒の瞳には、魔蛭の苦痛で歪んでいる顔が映し出された。
「──残念だったな」
振り上げられたカッターナイフは真っすぐ、明人の心臓に下ろされ突き刺さる──そのはずだった。だが、魔蛭の表情は笑顔ではなく困惑。驚きの表情を浮かべていた。
「はぁ…………。おい、起きろカクリ」
「なっ──」
ベルゼも何が起きたのかわかっておらず、出入口で固まっていた。それもそのはず。
なぜなら今の状態は、魔蛭は床で寝ており、カッターナイフは明人の手に。そして、彼はカクリを抱え傷の具合を確認している。
普通の人間なら背中が刺されてそんなに俊敏に動けるはずがない。魔蛭は驚きのあまり目を見開き、その場から動けずにいた。
魔蛭がカッターナイフを振り下ろした瞬間、明人はバッと手を出し腕を掴んだ。反撃が来ないと思っていた魔蛭は、腕を掴まれた事に一瞬動揺する。その隙に、明人が魔蛭の足を引っ掛け、そのまま床へと倒す。その際に緩んだ手から、カッターナイフも奪い取った。
一瞬のうちに明人は魔蛭から武器を奪い取り、相手を無力化する事に成功した。
「さて、ここからは俺からの質問タイムだ。俺の記憶についてと呪い。全部お前の仕業だろ。全て話せ」
魔蛭が持っていたカッターナイフを片手で弄び、床でいまだに動かず天井を見上げている魔蛭を見下ろす。その視線は刃の如く鋭く、冷たい。
何か余計な事をすれば殺す、と言わんばかりの視線に魔蛭は横目で見た後、苦し気に言葉を零す。
「くそっ、呪いのせいで動けないはず。なぜ──」
「俺だからな」
「理由になるか!!!」
魔蛭はその場で体を起こし、感情のまま彼へと襲いかかる。だが、明人はその行動に驚かず手に持っていたカッターナイフを地面に捨て、向かって来ている魔蛭の胸ぐらを右手で掴み、左手で右手を固定する。
魔蛭の両足の間に右足を入れ横に思いっきり引っ張り転ばせ、うつぶせに倒れた彼の背中に腕をつけ拘束させた。
途中、背中に激痛が走り。舌打ちをし眉を顰めるが、それでも力を緩める事はしない。
「ちっ、何をしている魔蛭!!」
ベルゼが明人にナイフを放とうとした時、カクリが明人に抱えられた時、こっそりと渡されていた懐中電灯で彼を照らした。
「なにっ?!」
光で目が眩み、ベルゼはナイフを投げる事が出来ない。影で作られていたナイフは、そのまま溶けるように床に落ちなくなってしまった。
「明人……」
カクリは床に座り自身の傷を抑えながら、明人の方を確認する。
腰や背中、頭からも血を出している状態。それでもなお、明人の安否を心配していた。
「おい、話してもらおうか。お前の知っている全てを」
明人は怒りを露わにし、掴んでいる腕に力を込めた。
「いっ!!」
「話せ」
強く掴まれている腕からギリっという音が鳴り、魔蛭は痛みで歯を食いしばりながら明人を睨み、口を開いた。
「──お前の、十八歳前の記憶は全て俺が──いや。
魔蛭から放たれた言葉に、明人は目を見開き、驚いた表情を浮かべた。
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