「予想外だっつーの」
小屋の中、奏恵はソファーで寝ていた。
「ん〜、架唯……」
意識が浮上し目を覚ました奏恵は、架唯の名前を口にしながら顔を上げた。最初は寝ぼけていたが、目の前に明人の整った顔があったため意識が覚醒。目を開き驚きの声を上げる。
「──えっ」
珍しく明人は依頼人より深く夢の中に居たらしく、まだ瞳を閉じている。額には汗がにじみ出ていた。
「凄い汗……。どうしたんだろう」
明人の汗を拭いてあげようと手を伸ばした瞬間、隣からいきなり子供の手が伸びてきて彼女の腕を掴んだ。その手の正体はカクリ。無表情で立っており、黒い瞳に見られた奏恵は一瞬、肩を上げた。
「今は触らないでくれるかい? 集中しているのだから」
明人の右手は奏恵の肩を掴んでおり、なぜか徐々に息が荒くなっていく。
「あの、大丈夫なんですか?」
「処理に戸惑っているらしい。私にはどうする事も出来ない」
「処理に?」
奏恵がカクリの言葉を復唱するように口を開いた瞬間──
────ドゴンッ
「っ、明人!!」
「えっ、嘘!!」
なんの前触れもなく、明人の体が後ろにあったテーブルと共に壁まで吹っ飛んでしまった。
奏恵はいきなりの事で行動出来ず、その場で固まってしまい。カクリは慌てて彼へ近付き声をかけた。
「明人、大丈夫か?」
────ポタッ……ポタッ……
明人が座っている床に赤い液体が落ち、床が染まっていく。どうやら額が切れてしまったらしく、血が流れてしまっていた。
「ん、何が……」
ゆっくりと目を開ける明人だが、状況が分かっていないのか血の出ている頭を支え、周りを見回した。すると、奏恵の所で目を止める。
「まずい!! っつ!!」
明人は急いで体を動かそうとしたが、頭に痛みが走り顔を歪めてしまう。
カクリは彼女の方を見て、その光景が信じられずそのまま固まってしまった。
「な……。成功したのではないの、か」
カクリが戸惑いの言葉を零し、奏恵は顔を青くしその場に立ち尽くす。体をカタカタと震わせているため、自身の後ろにいる”何か”を感じているのだろう。
「明人よ、なぜ……。成仏するはずではなかったのか……?」
奏恵の後ろには、どす黒い空気を纏った架唯の姿があった。
体は黒く、顔を確認できない。
今の架唯は生への執着が強すぎて成仏する事が出来ず、そのまま怨霊になってしまったと考えられる。
『いやだ、やっぱり嫌。一人は、嫌』
”嫌だ”と呟き続け、奏恵に手を伸ばそうとする。だが、何かによってそれは弾かれてしまった。
それは、カクリの魔力が込められている小瓶。明人が咄嗟にポケットの中にしまってあった小瓶を、架唯目掛けて投げていた。
『ギャァァァァアアアア』
「っつ!!!」
「おっも!!」
「〜〜〜!!!」
架唯が叫んだ瞬間、三人はいきなり重い圧が体にのしかかり、地面に手をついたり倒れてしまったりと。立ち上がれない状態になる。
「くそっ……、俺は霊媒師や陰陽師じゃねぇんだよ!!!」
ポケットに手を入れてから、もう一つの小瓶を取り出した。
「カクリ操れ!!」
「致し方ない」
カクリは尻尾と耳を出して足に力を込めた。重い圧力に負けず、低い姿勢のまま一気に架唯へと近づく為走り出した。
「お前の匣はもう戻らない。だから、封印してやるよ」
足を広げ圧に負けないように立ち上がる明人。小瓶の蓋を取り、架唯の方へと向けた。
「さぁ、俺のため。記憶を戻す鍵となれ!!」
眉間に皺を寄せて苦しそうだが、負けじと彼は叫ぶ。目の前まで走ったカクリが両手を架唯へと向けた。
『がっ……ガガッ……』
すると、架唯の動きがいきなり止まる。カクリが汗を流し、何とか操っていた。
「架唯!! 貴方は一人にならない! 一人にしない! 私の事祈っててくれるんじゃないの!? ずっと私の事を見ててよ!!」
奏恵が必死に叫んだ瞬間、架唯は抵抗をやめた。
「お願い!! 封印は辞めて!!」
叫びながら明人の方に走り出し、彼女は小瓶を奪おうと手を伸ばした。だが──
「──もう遅い」
明人が口にすると、架唯の姿は消え、黒い光が小瓶の中へと吸い込まれる。
奏恵はそれを見て大きく目を見開き、その場に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
「ちっ……、はぁ……。めんどくせぇな」
カクリも明人も体力の限界だった。二人もその場に崩れ落ち、明人は小瓶に蓋をする。
小瓶の中には真っ黒な液体が入っており、架唯の匣がどれだけ黒かったかが表されていた。
「なんで、架唯は私と友達だって約束したのに……」
涙を流し、彼女はうずくまってしまった。そして、そのまま大きな声を上げて泣いてしまう。
「今回は、俺も予想外だっつーの」
小屋の中に残ったのは、後味の悪さと奏恵の泣き声だけだった。
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