「どうでもいいわ」

「こんにちわ、いらっしゃいませ!!」


 秋穂はお店に来たお客さんに大きく挨拶をしていた。それを後ろで由紀子と皐月は微笑ましそうに見ている。


 取り壊しが決まっていた幸せ処だったが、何故か突如として中止となったのだ。

 理由は、突如として建設中だったらホテルが正司が居なくなった事により、進める事が出来ず流れてしまった。

 ニュースにも大きく取り上げられ、秋穂達は少し複雑そうな表情を浮かべながら見ていた。


 正司がなぜ姿を眩ませたのか、秋穂達が寝てしまったあと何をしていたのか。

 三人は今も分からないままだった。そのため、秋穂は真実を求め、何度も明人がいる小屋を訪れているのだが、なぜか辿り着く事が出来ない。

 林の中をさ迷うだけで終わってしまう。



「──また、元依頼人が林の中をさ迷っているようなのだが、良いのか明人よ」

「あぁ? どうでもいいわ。あいつの匣には全く興味ねぇ。あんなに綺麗な匣を抜き取ったらこっちが浄化されるわ」


 林の奥にある古い小屋の中には、明人が小瓶を片手に弄んでいた。



 黒く染った匣は彼にとって大事な物。手に入れる為ならどこまでも追いかける程。


「それに、黒い匣じゃねぇと意味ねぇしな」

「しかし、本当にそれで明人の記憶は元に戻るのかい?」

「知るかそんなもん。ただ可能性はゼロではない。それだけだ。それに、これはただの予備だ。本命は俺の記憶を見つけること」

「それは分かっておる。その為に──」

「誰かが俺の記憶を抜き取った。それだけは変わらねぇよ」


 カクリの言葉を遮り口にする明人。表情は先程匣を眺めていた時より険しく、何かを考えている。


「俺の記憶を取った奴……。それは間違いなく悪陣魔蛭おじんまひるだ。だが、その前に俺にかかっているも解かねぇと、記憶を取り戻したところで俺の中に入れる事は出来ないだろうな。そんで、呪いをかけたのはおそらく一緒にいた人外、ベルゼだ。まぁ、今はどちらも同時進行するしかねぇよ。という訳で、俺は風呂に入る。疲れた」


 明人は立ち上がり、ポロシャツを脱ぎ始めた。


「ここで脱ぐのかい……」

「暑いんだからいいだろうが。なんだ、俺の引き締まった素敵ボディを見て興奮すんのか」

「気持ち悪い事を言うでない」


 明人がポロシャツを脱ぎ色白の肌が顕になった。その際、背中に刻印されている呪いの証が紫色に輝いているのが見える。


 呪いの証である紋章が明人の体に刻まれていた。

 その周辺は黒く染まっており、今はまだ右側の肩から腰までに留まっているが、この先どうなってしまうのかはカクリにも分からなかった。


「あまりゆっくりもしていられぬかもしれんぞ」

「そんなに広がってんのか?」

「背中真っ黒だ」

「嘘つけお前」


 呆れた声を漏らし、彼は小屋の奥へと姿を消した。


「…………あながち、嘘では無いかもしれぬぞ」


 カクリは呟き、本棚から本を抜き取り読み始めた。

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