「強制開口」
「………話を聞ける状態、ではなさそうだね」
カクリは今、いつも通り、依頼人の記憶の中に入り話をしようとしたのだが、周りの光景がいつもとまるで違う。
明人が匣を抜き取る時のような空間。
闇が広がり、先が見えない。
目を細め星が居ないか探すと、少し遠くに小さく蹲っている彼女の姿があった。
「やれやれ、これは骨が折れそうだね」
眉を顰めため息を吐き、覚悟を決め静かに近付いて行く。
「私の声は、聞こえているかね?」
「………じゃ……い。………わた……なん………がう……」
膝を抱え、ブツブツと何かを呟いている。
カクリは今半分狐の状態なため聞き取る事ができ、その場にしゃがみこみ優しく問いかけた。
「君の記憶は見させてもらったよ。これは君のせいではないね。とばっちりもいいところだと思う。だからこそ、そんな所で蹲っているのは勿体ないと思わないかい?」
「…………わた……ちが……」
先程と変わらず、星はブツブツと呟き続ける。
カクリの声は、彼女に届いていない。
「やはり駄目らしいね。あとは蓋を閉めて、元通りに──」
カクリは星に話しかけるのを早々に諦め、その場から立ち上がりその場を去ろうと目を離す。
刹那、殺気に似た気配が体に突き刺さり、星へと勢いよく視線を戻した。
そこには星が憎しみ、怒りなどを感じさせるほど強い瞳でカクリをじっと見ている姿。
目には憎悪が渦巻く闇が広がっており、憎しみ以外の感情を読み取る事が出来ない。
さすがのカクリも恐怖を感じ、一歩後ろへと下がった。
「どうしたと、言うのだ……」
何が起きたのかわからず、カクリはその場から動く事が出来ない。
まるで、金縛りにでもあったかのように指先一つ動かなくなる。
星は目を離さず、ゆらりと立ちあがり、カクリの方へとゆっくり歩き始めた。
「なっ、なんなのだ……」
星の豹変にカクリは顔を青くし、冷や汗を流す。
彼女の異様な雰囲気を感じ取り、足が上手く動かず立ち尽くしてしまった。
星は動かないカクリの目の前まで歩き、手を伸ばせば届く距離で止まった。
カクリは少年の姿をしているため、彼女を見上げる形になる。
「どうしたのだ。君は……?」
なんとかこの状況を打開しなければと星に話しかけるが、返事はない。
カクリはどうするべきかと彼女をじっと見ていると、いきなり腕を伸ばしてきた。
「ん? やはり何かっ──」
星が動き出した事に少し安堵したが、すぐに言葉を続ける事が出来なくなった。
何を思ったのか、星がカクリの首を両手で掴み、強く締め始めた。
「ガハッ!」
驚きと困惑で、抵抗すらできず、されるがまま。
「かっ……な……なぜ……だ……」
女子の力とは思えないほど強く、カクリは徐々に足が地面と離れてしまい、宙吊り状態になってしまった。
何とか離れようと足をばたつかせたり、星の手を掴む。だが、その抵抗は無意味らしくビクともしない。
「私は……何も……悪くない。……どうして、……なんで私ばっかり……。許せない………、許せないのよ……」
彼女からの重くのしかかる声に、カクリは掠れた声で何とか答えようとする。
「何も悪くない。私は……何も……」
「お……主は……悪くなど……ない。……あん……し……しろ……」
言葉を何とか絞り出したが、その言葉は虚しくも星の耳には届かない。
彼女の、カクリを掴む力はどんどん強くなり、爪がカクリの首に食い込む。
「……お……主……や…………め……」
カクリの限界が近くなり、顔が
記憶の中でもし気絶してしまったり死んでしまうと、もう二度と現実の世界へと戻る事が出来ない。
そのくらい、人の記憶の中は儚く危うい。
「私は、何も悪くないわ!!」
甲高い声で叫び、首を締め上げる力が更に強くなる。
憎しみ、怒り、悲しみ。その全てが込められた叫び声が、辺りに響き渡った。
「私は、私はぁぁぁあああ!!!!!!」
耳に残る声が暗闇に響き、カクリは薄まる視界で何とか耐えていたが、とうとう限界が近くなってしまい目を閉じかける。
その時、周りの景色が急に色つき、明人の強い言葉が響いた。
『匣、強制開口』
暗い空間に響く明人の声。
応えるように星の手が緩み始め、力が抜けたようにその場へと倒れ込んでしまった。
カクリはいきなり離されてしまった事により、地面へとしりもちをつき、咳き込む。
「げぼっごほっ……な……、明人……」
首に手を当て、呼吸を整えるカクリの目に映ったのは、苦しそうに頭を抑える星の姿だった。
「あっ………あぁ………あああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
星の聞くに絶えない悲痛の叫びが真っ暗な空間に響き、耳を思わず塞いでしまう。
「……………今回ばかりは、黒すぎたな明人よ」
カクリは耳を塞ぎながら、哀れみのような瞳で星を見る。
叫んだ後、彼女は力が尽き、その場にバタンと倒れて、これ以上動かなくなった。
カクリ達の居る空間にヒビが入り、虚しい音が響く中、崩れ落ちた────
※
「今回は駄目だったな」
「黒すぎた。あれではもうどうする事も出来ん」
今は病室で、星の眠っているベットに二人は腰掛けていた。
明人は諦めたような表情で星を眺めている。
「どうするつもりだ?」
「とりあえず、匣を開けた事には変わりねぇよ。外の奴がそれでも暴れるんだったら、もう記憶を抜くしかねぇ」
「無理、なのだね」
「…………もう一度やるにはリスクがありすぎる、にも関わらず成功の確率は0.09%ぐらい。まぁ、成功させるなんて言ってねぇから問題ないだろう」
「………解くぞ」
「どうぞ?」
カクリは指を鳴らし、病室の周りに張っていた結界を解いた。
ドアが開き、興奮気味な真珠が勢いよく入ってくる。
「どうでしたか?!」
真っ直ぐ明人へ近付き、叫ぶように問いかける。
期待しているような目を向けられてしまい、バツが悪そうに彼はすぐに目を逸らし、舌打ちをした。
「ちっ、失敗だ。こいつの匣は黒すぎた。これ以上やると、脳が持たずに脳死するだろうな。まっ、今も死んでんのと変わりねぇが」
「…………え、そ……そんな……」
その言葉を聞き期待を裏切られた真珠は、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
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