「必ず」

「一体、てめぇらは何もんだ……」


 明人はカクリの状態を横目で確認しながら、魔蛭を黒い瞳で睨んでいる。

 歯を食いしばり、怒りで拳を震わせていた。


「明人よ、一度、ゴホッ。落ち着くのだ……」


 カクリは妖なため、背中を一度刺された程度では死なない。だが、痛みはあるため、表情は苦しげに歪められる。

 それでもなんとか立ち上がり、震える体を支えていた。


 その様子が気に食わず、ベルゼは舌打ちを零し、忌々しげにカクリに見る。


「人の心配をしている暇があるのか、貴様に!」

「くっ!」


 カクリは再度投げられたナイフを、今度は右に飛び避けた。だが、一度刺されてしまった事により背中に痛みが走り、上手く着地する事が出来ず膝をつく。


「貴様、何故私を狙う……」

「お主が邪魔だからに決まっておろうが」

「私は、貴様など知らないのだけれどね……」


 カクリは攻撃しようにも武器も何も持っていないし、武術も取得していない。

 戦えるわけが無いため、今は相手の攻撃を当たらないように避けるしか出来なかった。


 そんなカクリの状態を見て、明人は怒り、叫んだ。


「おい、何が目的だ。ふざけるな!」


 奪われた小瓶を取り返そうと彼へと突っ込み手を伸ばす。

 だが、上手く避け、カウンターを仕掛けようと右足で明人の横腹を蹴る。

 それを右腕で受け止め、距離をとるように後ろへと一歩下がった。


「ほぉ、少しは体術も出来るらしいな」

「俺だからな」


 明人は体勢を整え、小瓶を再度奪いに行く。


 カクリの方も、何とか相手の隙をつく事ができないかと、明人の方を確認しながら攻撃を避けていた。


 ナイフがカクリに襲いかかるが、目が慣れ最小限の動きだけで避ける事が出来るようになっていた。


「ちっ。その態度がムカつくのが分からぬか!!!!」


 平然そうに避けているカクリの態度に苛立ち、ベルゼは憎しみにも似た感情を乗せ叫ぶ。

 一本ずつ作り出していたナイフを、今度は一気に五本作り出し、カクリ目掛けて投げた。


 一気に数が増えた事により驚き、体をひねり避けようとするも、カクリは全てを避ける事が出来ず、深々と腕に一本、突き刺さってしまった。


「────いっ!!」

「まだだ!!」


 少しの隙も与えず、カクリが怯んでいるうちにもう一度ナイフを五本作り出し、仕留めるため投げた。


 向かってくるナイフを見つめ、カクリは避けられない事を悟る。

 向かってくるナイフから目を逸らさず、狐の姿に早変わり。

 的が小さくなったのと、小回りが利く子狐の姿なため掠りはしたが、全て避ける事ができ、床へと着地した。


「なっ、なんだと?!」


 ベルゼがカクリの姿に驚いた瞬間、明人はようやく出来た相手の隙を狙うため、魔蛭と距離をとった。

 近くにあった椅子を掴み、ベルゼ目掛けて勢いよく投げる。


「っ、そんなもの効くと思うか!!」


 投げられた椅子を片手で弾き粉砕。

 再度カクリに視線を向ける──が、なぜかベルゼはカクリの姿を確認する事が出来なくなった。


「なっ、んだと……?」

「ベルゼ! 早く始末しっ────?!」


 コーーン


 カクリは魔蛭の死角から狐の姿で小瓶を奪い取り、突如として現れた子狐に彼は驚いてしまい隙を与えてしまう。


 目線が完全に、明人から逸れた。


「よくやった」


 そのような隙を見逃すほど、明人は甘くない。


 カクリが小瓶を奪い取ったのと同時に、魔蛭へ死角から近付き胸ぐらを掴み固定させ、溝内を膝で蹴った。


「がはっ!!」


 魔蛭は目を見開きお腹を支え、その場に崩れ落ちる。


「はぁ。たくっ……、ふざけるなよ」


 まだ油断せず、明人は魔蛭を見下ろす。

 カクリは小瓶を咥えたまま依頼人へと駆け寄り、様子を伺っていた。


「何故、俺を狙う。俺はお前のなんだ。一体、てめぇらは何を考えている……」


 明人が静かに問いかけるが、その問いには何も答えず、魔蛭はお腹を支えながらも静かに片膝をつき顔を上げた。


 その表情は恨みや憎しみ、怒りなど。

 負の感情が溢れ出ており、明人はその表情を見て息を飲む。その体は少しだけ、震えていた。


「まだだ、俺の憎しみはこんなもんじゃない。こんなもので、満たされるものか──」


 憎しみに満ちた表情を浮かべ、放たれた言葉は何とか絞り出したような、悲痛の声。


「今回はここまでにしといてやる。俺も、今回はそこまで本気じゃなかったからな。だが、次は絶対に邪魔などさせんぞ、相思そうし!!!!」


 病室内に響くほど大きく叫んだ瞬間、魔蛭は忽然とその場から姿を消した。


「カクリ、次会う時は必ず貴様を消す。必ずだ」


 それだけを残し、ベルゼも闇に埋もれるように姿を消してしまう。


 明人とカクリは、何も分からずじまいだったため、険しい顔を浮かべるだけだった。


 ※


 二人は小屋へと戻り、今日の出来事について、ソファーに寝っ転がりながら明人は考えていた。



 魔蛭達が帰ったあと、数分後には医者や看護師が部屋へと入って来てしまった。


 ベルゼが中の音を外に漏らさないように結界を張っていたため、争っている時に邪魔は入らなかった。だが、結界を張ってしまうとドアも開かなくなってしまうため、それで騒ぎになってしまっていたらしい。


 医者達が入ってくる前に、明人やカクリは匣を持ち主である真珠に戻し、その場をあとにしていた。



 ため息を吐きながら明人は体を起こし、椅子に乗っかりながら体を丸め寝ているカクリに見る。


 今は子狐の姿になっており、胴体と腕には白い包帯が巻かれていた。


 なぜ、ベルゼがカクリを殺そうとしたのか。

 魔蛭はなぜ、あんなに明人を憎しみに満ちた目で見ていたのか。


 そして、最後の言葉。



 ────次は絶対に邪魔などさせんぞ。相思!!!!



「荒木、相思」


 頭の中で再生された魔蛭の言葉を復唱し、自分の手の平に目を向ける。


「あいつは、俺の失った記憶について何か知ってやがる。一体、あいつは俺にとって、どんな存在なんだ」


 髪をクシャッと掴み、悔しそうに歯を食いしばる。

 徐々に込み上げてくる怒りの感情を、何とか抑え込み、手を下ろす。


「必ず、思い出してやる。俺の記憶を──必ず」


 重苦しい声で呟き、彼は奥の部屋へと行ってしまった。



 カクリは明人がドアを閉めた事を確認し、体をそっと起こす。


「……………明人よ。記憶もそうだが、もう一つも気にせねばならぬぞ」


 哀し気に呟き、少年の姿に戻る。

 自分の怪我した方の腕を摩り、不安げに目を揺らしながら小屋の外へと出て行ってしまった


 ※


 夜、建物の影で魔蛭とベルゼが何かを話し合っていた。


「良かったのか。あやつに匣を返してしまって」

「構わねぇよ、本命はあいつじゃない。本命は、成功した事により浮き足立ってる。せいぜい、今を楽しむがいい」


 月の光が一切入らない暗闇の中に、魔蛭の狂ったような笑い声が鳴り響いていた。

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