「お前が戻せ」
「お見苦しい所を見せてしまって申し訳ございません」
明人は想いの匣が入った小瓶をポケットに入れ、夏恵を家まで送った。
夏恵の家に付き、玄関先で明人が頭を下げ謝罪。夏恵は慌てて顔を上げさせる。
「へ!? いっ、いえいえ! こちらこそ、助けていただきありがとうございます」
明人の下がった眉と心配そうに揺れる瞳と目を合わせ、夏恵は無理に笑みを浮かべながらお礼を口にする。
その後すぐ、夏恵は不安げに質問した。
「それであの……。美由紀は──」
「大丈夫ですよ、治す方法は分かりました。あとはお任せ下さい」
明人は安心させるように笑みを浮かべ、小瓶が入っているポケットに手を添える。
夏恵はその言葉を聞き、肩に入っていた力を抜けた。
「では、また後日、貴方の友人宅にお邪魔させていただきたいと考えております。その時もご一緒がよろしいのですが、明後日はいかがですか?」
「あ、大丈夫です。ちょうど学校も休みなのでいつでも」
「でしたら、明後日の午後二時に迎えにあがります」
微笑みながら腰を折る姿は、どこかの執事をやっていたのかと思うほど凛々しく、美しい。
「──って、明後日、ですか? 明日じゃなくて?」
「明日は少しお時間が取れそうにないのです。申し訳ありません」
明人はすぐに謝罪し、背中を向ける。
「では、これで失礼します。また明後日に……」
明人は歩き出し、夜の闇へと姿を消した。
月は完全に登りきっているはずなのに、何故か明人の近くは闇に覆われ、すぐに姿を確認す事が出来なくなってしまった。
※
「とりあえず明日一日は猶予がある。どうやって匣を戻すかを考えるか」
明人はいつも通りに小屋の中にあるソファーへ寝転び、返してもらった小瓶を片手で弄びながら呟いた。
小瓶は、明人が匣を抜き取った状態によく似ている。だが、似ているというだけで同じではない。
彼が抜き取るのは大抵真っ黒に染まった物。しかし、手に持っているのは黄色く輝いている液体が入った小瓶。
これはそもそも抜き取ってはならない。
これだけ輝いていると言う事は、それだけ夢や想いが詰まっていると言う事になる。
それを無理やり抜き取ってしまったら戻すのは困難。
明人自身、匣を戻す方法など知らない。一日しか有余がないのも難しい案件だった。
「なぜ明後日にした? 今回の依頼人なら一週間後とかでも誤魔化せたと思うが」
「依頼人の心配なんかしてねぇよ。誰だろうと、なんか適当に言えば納得すんだろ」
「では、何故なんだい?」
「もう友人の体が持たん」
「そんなに時間が経っていたかい?」
「たりめぇだ。俺の所に来る前でもう、一週間以上経ってんだぞ、今だってギリギリな状態だ。今すぐに戻してやらんといけないところを明後日にしてんだ。正直、上手くいく保証はねぇ」
小瓶を見ながら険しい顔で言う。
彼の表情から察する事が出来る、今回の依頼は今までの比にならないくらい難しい。
時間も意識しなければならなく、遅くなれば美由紀は、本当の
「だから、明後日なのだな」
「一日でどうにかするしかねぇ」
明人がなぜ、相手の記憶を見たり、匣と呼ばれている人の想いを抜き取ったり出来るのか。それは、カクリが明人に二つの力を分けたからだ。
一つは、”真実を見る”。二つ目は”真実を取り除く”。この二つのみ。
なら、なぜ記憶を取ったり、匣と言う名の想いを引き出したり出来るのか。
それは、明人が自身で考え力の応用をさせたからだ。
記憶は真実しか映さない。
記憶を見るという事は、真実を見ると同じ。隠された想いもまたその人自身の真実。
そう考えた明人がどのようにすれば効率よく、真実を
「おい、カクリ」
「なんだい?」
「
「どういう事だい?」
明人が何を言っているのかカクリには分からず、聞き返した。
「取ると入れるは裏と表みたいな感じだろ。逆の意味だが、完全に切り離す事が出来ない。裏と表が切り離せないなら、取ると入れるも同じ意味だから切り離す事は出来ないはず。なら、取り除くという力で取り入れるを出来ないか?」
「言ってる意味がさっぱりわからん」
「馬鹿なのか?」
「貴様がな」
カクリは頭を抱え何とか理解しようとするが、それでもわからず肩を落とす。
ふざけて言っているのならカクリももっと言い返す事が出来るが、明人は本気。
カクリは彼の真剣な表情を見てしまい、否定が出来ない。
「抜き取る、取り入れる……。どうにかなる気がするんだよな……」
「
「どうやってだよ。手に持ってるだけじゃ無理に決まってんだろ。これはお前の力なんだから本人がしっかりわかってねぇと意味ねぇだろうが。猫に小判、豚に真珠だな。手に余るもん持ってると足元すくわれるぞ」
「余計なお世話だ」
カクリの力だが、カクリ自身使った事などないため、どこまでできるのかさっぱり分かっていない。
そもそも、カクリの力をこのような使い方するのは明人ぐらいなため、彼がわからないのならカクリ自身わかるはずがなかった。
「────ん? 待てよ。意思と一緒に、だと?」
明人は何かに気づくとわ寝っ転がっていた体勢から起き上がり、小瓶を凝視しながら片手を顎あたりに置きまた黙り込んだ。
「明人?」
カクリが声をかけるが、聞こえておらず反応なし。
ぼそほぞと何か言っているがカクリは今、完全に少年の姿をしているため聞き取る事が出来ない。
勝手に聞き取ると、また必要ないほどの文句を言われるのは誰でも予想ができる。
カクリは溜息を吐き、彼の考えがまとまるのを待っている事にした。
※
カクリが待ち疲れ始めた時、明人は声を上げ目を輝かせながら小瓶を高々と上げた。
「そうか、意思だ! 意思と一緒に入れればいい!」
「そうか。そういう事か」と自分一人で納得し、うんうんと頷いている。
「いい案でも思いついたのかい?」
「あぁ」
カクリを見た明人の表情は、子供が公園で遊んでいるようなキラキラした笑みだった。
そのため、カクリは明人の普段浮かべない笑顔に顔を思いっきり歪ませる。
明人と目が合った瞬間、嫌な悪寒が頭を過り、カクリは耳を塞ぎたくなる気持ちをぐっと抑えた。
「お前が戻せ、これをな!!」
テーブルにドンッと叩きつけるように小瓶をカクリに見せつけた。
聞いたカクリは、世界滅亡のような表情で見返す。体に走った悪寒の正体を知り、顔を真っ青にした。
「もう、これしか方法はないと思ってる。ま、細かな説明は明日するわ。俺は寝る、疲れた」
それだけを残し、カクリの反応を一切気にせず部屋の奥へと歩いてしまう。
匣の入った小瓶は、しっかりと手に持ちながら。
そんな彼の背中を目で追い、姿が見えなくなってもカクリはその場から動けない。
そして──
「────ふざけるな!!!!」
やっと我に返ったカクリの怒りは、小屋の中で響いたが誰の耳にも届かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます