「やり方による」

「ここです」

「ご案内、ありがとうございます」


 夏恵の案内の元、美由紀の家に無事たどり着く。


 目的地に付いた時、明人は何かを探すように周りを見回した。


「あの、どうしたんですか?」

「いえ、少し気になる事がありまして」


 気になる事とはなんだろう。

 夏恵は疑問に思ったが、それを聞こうとはせずインターホンに手を添えた。


「あの、とりあえずインターホン鳴らしますね」

「よろしくお願いします」


 明人の返答を聞き、夏恵はインターホンを鳴らした。


『はい』


 インターホンを鳴らすと、数秒後に疲れたような声が聞こえてくる。美由紀の母親の声だ。


 先日より声に覇気がなく、病気なのではと疑いたくなるレベル。


「あの、神田夏恵です。今回は美由紀さんを見て頂ける人と一緒に来ています。中へ入れていただけませんか?」

『はい……』


 そうして声が切れた。


「だいぶお疲れのようですね」

「はい、早くなんとかしてあげたいです」


 二人が不安げに話していると玄関のドアがギギギと、ゆっくり開いた。


「どうぞ」


 声から察していたが、やはり美由紀の母親は先日より弱っていた。


 髪はボサボサで頬が痩けてしまっている。目は虚ろで、もう何もかも諦めてしまった表情だ。


 その姿を見る明人も深刻そうな表情で、でも紳士的な対応は忘れずに家の中へと入る。


「こちらが娘の部屋です」


 案内された部屋の前で、美由紀の母はドアを開けようとしたが、明人が左手でそれを制した。


「この後は私にお任せ下さい。貴方は少しお体を休ませなければなりませんよ」


 美由紀の母親の手を優しく包み込み、人を安心させるような暖かい目を向けながら口にする。


「はい……」

「安心してください──とは、今の私では言えません。ですが、少しでもお役に立てるように努力はさせていただきます。お母様は、美由紀様が目を覚ました時、笑顔で迎えられるようにご準備ください」


 柔和な笑みを向ける明人に、母親の目には大粒の涙が浮かぶ。

 彼の手を両手で掴み、力強く握り返した。


「お願いします、お願いします……」

「かしこまりました」


 何度も頭を下げる美由紀の母親に対し、明人は変わらず微笑み返す。


 その後、落ち着いた美由紀の母親は、リビングへと戻って行った。


「あの、私は……」

「流石に女性の部屋に男女お二人と言うのも如何なものかと思いますので、部屋に居ていただけると助かります」


 明人は微笑みながら伝え、夏恵は戸惑いながらも小さく頷いた。


「では、失礼します」


 ノックを二回し、中へと入る。


 中は何も変わっていないどころか、何一つ動かした形跡がない。

 前と変わらず生活感がなく、どんよりとした重い空気が部屋の中に漂っている。


「こちらのお方が美由紀様でしょうか」

「はい」


 部屋の角に三角座りしたまま動かない美由紀を明人は見つけ、前にしゃがみ表情を確認した。


 目は虚ろのままで生気を感じない。本当に生きているのかと不安になる。


「確かに、これは危ない状況ですね」


 苦い顔を浮かべ、明人はどうするか考える。


 夏恵は場所すら移動していない美由紀を見下ろし、悲しげに瞳を濡らした。

 何も食べていないらしくやせ細っており、髪もボロボロ。顔色も酷く、青い。

 

「ダメ、なのかな……」


 目に涙を浮かべ、美由紀の手にそっと触れた。


 二人の様子を見て、明人は、直ぐに戻す。


「少しを覗かせていただきます」

「え、記憶を?」


 記憶は、覗かせてと言って見れるものでは無い。


 よく分からないと言うように、美由紀は彼を凝視している。

 そんな視線など気にせず、明人はいきなり前髪を上にあげ美由紀と目線が合うように覗き込んだ。


 右側の前髪を上げているため、左側に座っている夏恵からは、何をしているのか横髪で隠れてしまい分からない。


 見えないと逆に気になってしまうため、覗き込もうと明人の髪に手を伸ばした時、いきなり子狐が現れ夏恵の手を抑えた。


「狐? なんでここに?­­」

「こーん」

「かわいい……」


 夏恵はいきなり現れた子狐に疑問を持ちつつも、その可愛さに負け思わず狐を抱きしめた。


 すごく暖かく毛並みも綺麗で肌触りがいい。ふわふわ、サラサラとしている。

 腕の中でちょこちょこ動くのがまた愛らしい。


 子狐は明人の方を睨みながら、なんとか夏恵の視線をそらすため必死に動いていた。


 ────明人よ、早くしておくれ


 そんな子狐の声など夏恵には聞こえるはずもなく、好き放題可愛がられるだけだった。


 ※


 数分後、明人は静かに立ち上がり微笑みながら夏恵に声をかけた。


「お待たせしました」


 夏恵は静かな声にハッとなり、咄嗟に子狐から手を離し明人へと顔を向ける。


「あの、先程の記憶を覗くとは一体……?」

「企業秘密で御座います」


 人差し指を自分の口元に持っていき、薄い笑みを浮かべた。だが、すぐに険しい顔になり、現状を説明し始める。

 

「見させていただいたのですが、どうやら情報不足のようです。今の私には何も出来ません」

「そんな……」


 明人の言葉を聞き、夏恵は顔面蒼白となり項垂れてしまった。


 期待していたため、今の言葉によるショックは測りきれない。

 明人は彼女の様子を見て、彼は肩を優しく支え笑みを向けた。


「そんなに落ち込まないでください、大丈夫です。今は何も出来ませんが、こちらでも考えてみます。今日は家に帰り、ゆっくり休んでください」


 にこっと微笑む明人に、夏恵は小さく頷いた。


 そのあと明人は、リビングに居る美由紀の母親に事情を話し家を出た。


 夏恵は明人にお礼をし帰り、明人は彼女の反対側へと歩みを進める。


 その後ろを子狐がゆっくりと四足歩行で付いて行っていた。


 ※


 明人が美由紀の家を出て少し歩いた所、人気が全くない路地裏で子狐が少年へと変化した。


「どうだったんだい、何か分かったのかい?」

「詳しい事は知らん。だが、面白いもんは見れた」


 面白いものと言っている割には顔は険しく、考え込んでいる。


「何が見えたんだい?」

「……」


 カクリの質問には答えず、考え込む。

 こうなってしまうと周りの声など聞こえないのをカクリは知っているため、ため息をこぼし、彼の考えがまとまるまで待つ事にした。



「…………なぁ」

「なんだい?」

「お前以外にも、力を与える事が出来る奴とかいんのか?」

「居てもおかしくは無い、としか言えない。私は会った事がないのでな」

「使えねぇな」

「……もしかしたらあのお方なら知っているかもしれん」

「あのお方?」

「明人が森の中で倒れているのを見つけたお方だ。知っているとしたら、おそらくあのお方だ」


 カクリは明日にでも行こうと言い、明人も小さく頷きその時の会話はこれで終わった。


 ※


「おい、本当にこんな獣道を通らなければならねぇのかよ……。もっと楽な場所はねぇーのか?」

「文句言う体力があるならまだ問題ないだろう」


 次の日の朝、明人とカクリは小屋がある林から西へ真っ直ぐ行った所にある森の中にいた。


「つーか、本当にいるんだろうな。お前の言う様は」

「言い方はあまり宜しくはないが、居る事は間違いないだろう」

「ふ〜ん」


 興味なしというように適当な相槌を打ってカクリの後を歩く。


 自然に囲まれ、鳥の鳴き声や葉音が自然と耳に入り気持ちが落ち着く。

 

 そんな自然の中でも、今の明人にとっては苛立ちが増す場所。早く、目的地に着いて欲しいと願うばかり。


 森に入って三十分が経とうとしていた頃、ようやく開けた場所に出た。


「ここか?」

「あぁ」


 周りを見るが何も無い草原で、明人はゲンナリとした顔を浮かべながら周りを見回している。


 緑が生い茂り、涼しい風が吹きカサカサと自然の音を鳴らす。

 小さな葉が踊るように舞い、澄んだ空気が広がっている自然豊かな場所。


 ピクニックなどなら絶好だが、今の明人には苦痛の場所でしかない。

 顔を青くし、口を歪めキッとカクリを睨む。その視線を感じ、わざとらしく心配するような言葉をカクリは放った。


「大丈夫かい?」

「そう聞くならさっさと出せ」

「そう言われても気分屋なお方だ、仕方がなかろう」

「けっ」


 仕方なく、明人は近くの大きな木に背中を預け座り込む。


「すぐ終わるって言うから少ない荷物で来たっつーのによ。ふざけんなよ、こんなの詐欺だぞ」

「人聞きの悪い事を言うでない」


 小さく舌打ちをし、明人は少し寝ようと目を瞑る。だが、タイミングよく突風が吹き眉間に皺を寄せた。


「来たぞ」

「は?」


 カクリの声に風が被さり上手く聞き取れず、明人は聞き返す。

 その時、前方に人の気配を感じ、目を開けた。


「待たせたな、人間」


 成人男性が明人を見下ろすように、口角を上げ立っていた。


 明人は顔を上げ、目の前の人物を見上げる。

 その姿は凛々しく、赤い目がなんでも見透かしているようにも感じ眉を顰めた。


「だいぶ成長したな人間。嬉しく思うぞ」


 少し高めの声ではきはきとしゃべっているため、聞き取りやすい。声変わり前の学生みたいな声。


 左右には狐の耳がぴくぴくと動き、何故が狐の面を右上辺りに付けていた。

 深緑の着物が良く似合う青年。名を、レーツェル。


「お前がカクリの言う化け狐か?」


 片眉を上げ、怪しむような目線を向けながら明人は問いかけた。


「そうか。まだらしいな」

「戻ってない?」


 明人はレーツェルの言葉を聞き、さらに深く眉間に皺を刻む。


「さて、ここに来た理由を聞かせてもらおうか」


 レーツェルは明人の前に膝を突き、いつの間にか手にしている煙管を吹きながら問う。


「煙い」

「おっと、それはすまない。いつもの癖だ、気にするな」


 レーツェルの言葉に言い返そうと明人は口を開くが、これ以上言い返したところで意味がないと察しすぐに閉じた。


「……はぁ。おい、カクリ以外で人間に”力”を与える奴は居るのか?」

「そういう事か。それなら、ここに来た理由も理解できる内容だな」


 見た目からして人間ではなく、明人とはまた違った異質さがあるレーツェル。この世の者とは思えない雰囲気だ。


 何者なんだと警戒しながら、明人は視線を外さないように見続けている。


「そんなに警戒するな人間よ、とって食ったりなどしない。人間の肉はまずいからな」

「おい。それで警戒を解けと? 冗談にも程があるな」

「冗談だからな。食べた事などない」

「当たり前だ」


 これでも接客業をしている身、相手がどのような奴かは一目見れば大体明人には分かる。

 だが、レーツェルだけは何を考えているのかわからない不気味さがあり、手駒に取られている感覚に苛立ちは増すばかり。


「先程の質問に答えるとすれば、解答はYESだ」


 YESという事は、他にも明人のような力を持つ人間が居るという事になる。


「確かにいるが、我々のように人ならざる者の力は人間への負担が大きい。滅多な事では力を授ける事などはしない決まりだ。お前さんの場合 は事だったため、特別に分ける事を許可したのだ。それに、カクリは我々で言うとまだまだ子供。力はそんなに大きくないため授ける事ができた」


 明人はレーツェルの言葉に納得出来たようで、頷いている。

 その時、彼は美由紀の記憶を覗いた時に見えたを思い出していた。


 その二人は明人同様、力を持つ人間である可能性が高い。

 なぜなら、今の彼女の状態は明人が匣を抜き取った時とよく似ており、まるで、人形のようなものだからだ。


 それをどうにかするのは普通なら不可能。

 明人はどうすればいいか思案するが、匣が無いものはどうする事も出来ない。


 大きく溜息を吐き、明人は諦めたような表情を見せた。


「お前さんは助けたいか?」

「は?」


 何をいきなり言い出すんだ。

 明人はジロッとレーツェルを睨むが、そんな視線は何処吹く風。また同じ質問をレーツェルは繰り返した。


「…………おい、細かい事情は話していないだろ。なぜその話になる」

「なんでだろうな」


 明人の表情は怒り爆発一歩手前状態。

 今にでも怒りを溢れ出さんとしている表情に、カクリは少しヒヤヒヤしながらレーツェルの後ろで二人のやり取りを見ていた。だが、その後深呼吸をし、彼は落ち着きを取り戻す。


「……助けられる方法なんてあんのか?」

「あると言ったらするか?」

「やり方による」

「そう言うと思っていたがな」


 レーツェルは明人の目を見て、真剣な表情に切り替えた。


「方法は一つだけ。聞きたいか?」

「もったいぶってないでさっさと言え」

「ふっ。こういうのは大事だろ?」


 明人は「知るか」と言い放ち次の言葉を待つ。


「方法は単純だ。想いの詰まった匣を取り戻せ」

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