「後悔しても遅いからな」
陽光が差し込む林の中で、片足を引きずりながら歩いている人物がいた。
「な、んでよ! なんで。私の代わりがあんなクソの役にも立たないあいつなのよ!」
甲高い叫び声。怒りが込められている言葉を吐き出しているのは、ボールを踏んで転倒し、怪我をしてしまった巴だった。
診察の結果は捻挫。だが、試合が来月に迫っているため、無理に出す訳にはいかないという事になり、代理を秋がする事になった。
秋はみんなの練習が終わった後、顧問に無理を言って居残り練習を毎日していた。そのおかげで技術が身に付き、今では周りの人達についていけるくらいになっていた。その事にも苛立ち、顔を赤くする。
「なんでよ!! ふざけんじゃないわよ!」
自分が出れない事はもちろん許せないが、それより、自分の変わりが今まで雑用に使っていた秋だったため、自分が秋より劣っていると悲観してしまい感情のままに林の中を歩いていた。
風が吹く度、巴を囲う木が音を鳴らし揺れる。奥に行けば行く程光が届かなくなり、辺りが暗くなってきた。そんな状況だが巴は気にならず、怒りのまま進み続ける。
「あいつ! あの噂の所に行ったんだわ。じゃなかったらありえない!!」
巴が向かっているのは、秋もお世話になった”匣を開けてくれる小屋”の事。
学校内では知らない人はいないと思っていいほど有名なため、巴も知っていた。
「ふざけんじゃないわよ。ふざけんじゃないわよ!!」
叫びながら必死に歩いていると、いきなり開けた所に辿り着く。そこには、古い小屋がポツンと木々に隠されるように建てられていた。
「ここね!」
巴は小屋を見つける事が出来た喜びで目を輝かせ、片足を引きずりながらドアを乱暴に開ける。
ドカドカと中に入り、中を見回すが誰も居なく、人の気配すら感じられなかった。
「ちょっと! ここなんでしょ、出てきなさいよ! 願いをかなえなさいよ!」
小屋の中に向かって甲高い声で叫ぶが、人が出てくる気配が全くない。家主を探すため、小屋の中に入り込みソファーの背もたれや本棚を使い歩きまわった。
「っ、つ!!!」
捻挫した足に痛みが走り、顔を歪めその場に膝をつく。歯を食いしばり、眉を顰め痛みが治まるのを待つ。
数秒で痛みが和らいできた巴は、血走らせた目を前に向け、唸りながら再度立ち上がる。
「あのクソ女。絶対に許さないんだから!!」
憎悪の籠った声が響き、巴はテーブルを思いっきり叩いた。
「ちっ。早く出てきなさいよ!!」
巴の声を合図に、奥にあるドアがゆっくりと開く。そこからは欠伸をしながら、面倒くさそう首を鳴らす明人が姿を現した。
「たくっ、うるせぇな。こっちは仮眠中なんだよ」
なぜか明人の態度が秋の時とは違う。
言葉遣いや態度、立ち居振る舞いがまるで別人。だが、巴は明人の紳士的な態度など知らない。そのため、今の態度に違和感を感じず彼へと近付いて行く。
溢れる怒りを隠しもせず、叫ぶように明人へ問いただした。
「ここって人の望みを叶えてくれるんでしょ?! 噂で聞いたんだから!! だったら、私をバスケの試合に出せるようにして!!」
怒りで興奮状態の巴を、明人は蔑むような目で見下ろしながら両手で耳を塞いでいる。キィーキィーと叫ばれ、明人はげんなりとした顔を浮かべ耳を塞ぎ明後日の方向に目を向けた。
「ぎゃーぎゃーうるせぇよ……。なんの話しだ」
「なんの話しじゃないわよ! 噂で聞いたのよ! ここは望みを叶えてくれるって!!」
麗の言葉に明人はめんどくさいと言うように眉間に皺を寄せる。ため息を吐き、耳を塞ぎながら聞き返した。
「お前、何勘違いしてんだよ。望みだぁ? んなの叶えられるわけねぇだろ」
明人から言い放たれた言葉に、巴は聞いていた話と違うと叫び散らす。
いい加減にしてほしく、明人は片手で巴の両腕を拘束するように掴んだ。その事に驚き、彼女は一瞬言葉を詰まらせる。明人を見上げ、怒りの表情を見せた。
「ふざけないで。試合に出るのは私よ。あんな雑魚が私を差置いてなんて、絶対に許さない!! 私が、あんな奴に負けるなんて!!」
「そんなに人を見下したいのなら、いい方法があるぞ」
巴がぶつぶつと呟いていると、明人が耳から手を離し問いかけた彼の口角はなぜか上がっており、獲物を狙う獣のような瞳を浮かべている。そんな明人の目線は巴へと注がれる。
「どんな方法よ、私にやって!!」
「そうか。なら、少し待ってろ」
それだけ伝えると、明人は奥のドアに姿を消した。入れ替わりに、カクリが巴の前に立ち見上げる。
「本当に良いのかい?」
「何がよ。餓鬼が大人の会話に入ってくるんじゃないわよ」
「自分が大人だと勘違いしているみたいだね。怒りに身を任せ、ただただ喚き散らしているだけの子供だというのに」
「なんですって!?」
カクリの言葉に言い返そうと右手を伸ばし、彼の胸ぐらをつかみ上げる。彼は軽いため、女の巴でも簡単に持ち上げられてしまった。
「もう一回行ってみなさいよ。私が、なんだって?」
「何度でも言おう。君は、感情を制御できず、怒りのまま行動している子供だと。いや、子供の方がまだましなのかもしれないね」
「言わせておけば!!!!!」
巴が左手を振り上げた時、奥のドアに姿を消した明人が戻ってきた。そのため、巴の振り上げられた左手は動きを止める。
「あまりうるさくすんじゃねぇ」
二人からの視線を気にせず、明人は頭を乱暴に掻き近づく。開いている方の手には秋の時と同じく、黄色の花が浮かぶ小瓶が握られている。
そんな小瓶をくるくると手で回しながら、彼女の目の前に立った。
「さてと、いいか? 俺がこれからやる事はまず――――」
「細かな説明なんていらないわよ!! それをやれば私は試合に出られるんでしょ?! なら何でもいいわよ!!」
「…………本当にいいんだな?」
「何度も同じ事を言わせないで!! 早くやりなさいよ!!」
「そうか、なら――――」
明人は右手で巴の頭を鷲掴み、無理やり自分と目線を合わせた。
「いった! なにすっ──」
「後悔しても遅いからな」
巴は文句を言おうと明人を見たが、それより右目の五芒星が視界の全て覆ってしまう。そのまま、気を失うように瞳を閉じた。
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