「貴方の記憶をいただきます」

 数日はこのような事が続き、秋の心は壊れる寸前だった。誰とも話す事はなく、必要最低限の会話しかしていない。そんなある日、突然体育館に巴の悲鳴が響いた。


「きゃぁ!!」

「巴?!」

「大丈夫?!」


 何かが落ちた音と同時に聞こえた悲鳴に部員達は一斉に振り向く。そこには、顔を歪め左足を抑え蹲っている巴の姿。


「いた。たた……」

「佐々木さん! どうしたんですか?!」


 顧問が驚きの声と共に、巴へと駆け寄り抑えていた左足に確認するようそっと触れた。


「いっ! 痛いです!」

「……腫れていますね。骨は大丈夫そうですけど、これでは試合は無理ですね」


 顧問が口にするように、巴達が所属するバスケ部の試合は来月と迫っていた。

 レギュラーメンバーは既に決まっており、そのメンバーには麗と巴が入っている。二人は普段から仲が良く、連携も取れておりベストパートナーとなっていた。


 そんな巴が怪我をしたとなり、顧問は眉を下げ悲し気に呟く。

 巴と周りにいた部員達は顧問の言葉に顔を真っ青にした。


「だっ、大丈夫です! 私はまだこれくらい!」


 巴は周りを見回し、慌てて立ち上がろうとするもやはり痛むのか、そのまま倒れてしまった。


「佐々木さん?! 無理はダメです! とりあえず今日の練習はここまでにして病院に行きましょう」


 顧問は慌てて巴に言い、肩を貸し歩き出した。

 巴は悔しさと痛み、悲しみと怒り。その他、様々な感情が入り交じった顔を浮かべ歩き出すのだが、その顔はいきなりドア付近に立っていた秋の方に向けられた。


 刹那、何を思ったのか。鼓膜が破れそうなほど大きな声で秋を怒鳴りつけた。


「あんたのせいよ! あんたがあんな所にボールを置いたから!」

「────えっ」


 体育館に響き渡った声は、その場にいた人達全員の耳に届くほど甲高かった。そのため、周りの視線は全て秋へと注がれる。その目は皆鋭く、批判的。

 そんな目を向けられた彼女は、顔を青くし体を震わせ後ずさってしまう。


「ち、違う。私はっ──」


 絞り出した声はとてもか細く、誰の耳にも届かない。


「神楽坂さんが……」

「あれでしょ、いつも片付けさせられてたから……」

「じゃ、これは復讐的な……」

「なんでそれをわざわざ試合前にだよ……」

「ふざけてんのかよ」


 周りの声はどれも批判的な言葉ばかり。誰にも秋の言葉は届いていない。それぞれ、怒り、憎しみ、困惑といった表情を浮かべている。


「ち、違う! 私はそんな事してない!」


 次はみんなに届くように、先程より大きな声で否定したが、それを信じる者はこの場にはいなかった。


「ちょっと! 巴はキャプテンなのよ! 貴方の復讐で欠けていい存在じゃないのよ!」

「そうだそうだ! どう責任取るつもりよ!」

「これで試合に負けたらどうするつもりなの!」


 みんなの声に、秋は逃げるように耳を塞ぐ。それでも完全に声を遮断できる訳ではない。目には涙が浮かび、必死に耐える事しか出来ない。


「ち、ちがう。私、ちがう」


 どんなに否定しても、秋の言葉は周りの人の声でかき消され届かず消えてしまう。

 それでも秋は体を震わせ「違う」と呟き続けた。


 周りからの批判。身に覚えのない事を周りから言われ、壊れかけていた秋の心は限界を迎えた。


「わ、私じゃない!」


 周りからの視線や罵倒に耐えられず、秋は叫び体育館から外へと走り、周りからの批判的な目から逃げた。


「秋!!」


 麗は秋の後ろを付いて行こうとするも、何かに気づきその場に立ち止まる。


 ステージ付近でボールの入った籠が倒れており、ボールが散らばっていた。

 巴が転んだのはステージ付近。秋は出入口に一番近い所に先程まで立っていた。もし、彼女が籠を倒したのであれば出入口付近に居るのはおかしい。


 麗は秋の出て行った方を一目見て、その後部員達の方を確認した。

 部員達は今だ、秋への不平不満をこぼしている。


 麗はその様子を見て、開きかけた口を閉じてしまった。


「…………ごめん、秋。私は、一人になりたくない」


 ※


 学校の近く、裏道を秋は両耳を抑えながら無我夢中に走っていた。

 草木が沢山生い茂っているため、手や足に切り傷を作っているが今はそのような痛みなど感じていないほど取り乱している。


 そんな彼女の目からは、涙がとめどなく流れていた。


「違う、違う!! 違う!!!!」


 頭にこびり付いている周りの声。自分が否定されている言葉、感情。批判的な目。それらすべてを否定するように、秋は叫びながらデタラメに走っていた。


「どうしてどうしてどうして……」


 ”どうして”と。誰にも届く事はない問いかけを呟き続ける。だが、周りには誰もいないため、問いかけに答える声は返ってこない。

 それでも呟きながら無我夢中で走っていると、前回麗と一緒に行った噂の小屋に辿り着いていた。


「はぁはぁ、なんで私……。ここに」


 秋は肩で息をしながら、目の前に突如出てきたような小屋を見上げる。来る気がなかった彼女は、この後どうすればいいのかわからず。眉を顰めながら周りを見回していた。その時、小屋のドアが音を鳴らし開かれる。


「え?」


 開かれたドアの方を向くと、小学校低学年くらいの少年、カクリが不機嫌そうな顔を浮かべ立っていた。

 彼女はいきなり出てきたカクリから目が離せず凝視していると、数秒後。怒っているような声色で、カクリが秋を部屋の中へ促した。


「どうぞ」


 短く、一言だけ。カクリは口にし、秋は困惑の表情を浮かべるのみ。疲労で思考が動かず、いきなりの出来事で体を動かす事が出来ない。

 ドアの隙間から覗いているカクリを見ているのみ。その視線がうっとおしいカクリは眉間に皺を寄せ、秋を見上げる。そして、諭すように鈴の音の声で話しかけた。


「入らないの? 開けて欲しいんじゃないのかい?」

「あ、開けて欲しい? 何を──」

「君の心に潜む黒い匣、開けたいのなら入ってくるが良い」


 そんな言葉を残し、カクリはドアを閉め小屋の中へと姿を消した。


 残された秋は「えっ、えっ?」と。あわあわと手を意味も無く動かし、再度小屋を見上げた。その瞳には強い思いが込められ、横に垂らした手に力が込められる。


「入るしか、ないよね」


 力強く呟き、ドアに近付いて行く。木製のドアに触れ、息を飲み、勢いよくドアを開いた。


 小屋の中には、先日会った紳士的な男性。筺鍵明人きょうがいあきとが木製の椅子に座り、彼女の方を優しく微笑みながら見ていた。


「お待ちしておりました、神楽坂さん。さぁ、お掛けになってください」


 優しく声をかける明人は、異世界からやってきたのではないかと思うほど艶やかで美しい。


 秋は小屋の出入り口で立ち止ったが、すぐソファーへと移動し腰を下ろした。


「では、まずはどうなさったか。お聞きしてもよろしいですか?」


 明人の言葉に、秋は今まで我慢していた思いを吐き出すように話し出す。次第に思いが爆発し、涙が流れ嗚咽をこぼす。そんな彼女に明人は、何も言わずただただ聞いているのみ。途中話が止まっても、急かすような事はせず耳を傾け続けていた。


 ※


「なるほど。そうでしたか」

「はい。それでいつの間にかここに来てしまって……。箱は持ってないんです。前回のも、鍵はあるので開けられる物だったんです。すいません」


 涙を拭き、落ち着きを取り戻す。

 何とか最後まで話しきる事ができ、最後に前回のお詫びも口にした。

 頭をテーブルすれすれまで下げ、何度も謝罪する。すると、明人は彼女の肩に手を置き、顔を上げさせた。


「謝らないでください。貴女方のように勘違いをしてしまう方もいるのです。気にしないでください」


 秋は、その言葉で力が入り上がっていた肩を下げた。


「それと、今回は大丈夫です。貴方は今”匣”をしっかりと持ってきています」

「え?」


 箱を持ってきていると言う彼だが、秋は荷物を学校に置いてきてしまっているため手ぶら。何か勘違いをしようにも手には何も持っていない上に、ポケットも箱が入るほどの大きさでは無い。

 秋はよく分からないというような表情で、彼を見た。


「訳が分からない。という顔をしていますね」

「えっ、はい……。あの、私はこのように手ぶらです。箱などは──」

「安心してください。貴方はちゃんとを持っています」


「ここに」と言いながら、明人は自分の胸を指しながら伝える。


「私が開ける匣は貴方の心にある、閉ざされてしまった想いなのです」

「閉ざされてしまった、想い?」

「はい。貴方は自分の意見、考えを言えずにずっと我慢してきました。それ故、今はその想いに蓋をしてしまっているのです。それはもう、自分では開ける事が出来なくなっています」


 秋は静かに彼の言葉へ耳を傾けていたが、理解できず眉を顰める。


「心の蓋は自分で開ける事が出来ません。なので、私がそのお手伝いをします」

「お手伝い、と言いますと?」

「詳しくは言えません。ですが、確実に貴方の心の匣を開ける事が出来ます。ですが、やはり私もボランティアなどで行っている訳ではありません。お代は頂きます」

「あの。私、今──」

「安心してください。今の貴方もお持ちの物です」


 今の秋は部活からそのまま出てきてしまったため、財布などがある訳がない。自分のポケットを何度も確認し、再度明人に目線を戻した。


 それを確認した後、彼は妖しい笑みを浮かべ口を開く。


「貴方のをいただきます」

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